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【記憶の断片小説。】 あお

行く手を阻むかのように風に靡く、さとうきび畑の迷路を走る。
助手席に座るおばぁは道案内などはしてくれない。
いや、してくれないんじゃなくて出来ない。
さっきから車の揺れに合わせてこっくりこっくり居眠りをしているからだ。

5年降りに帰省した南の島で、僕はおばぁと2人で島の観光に出ていた。
最初は、島一番でかい大橋へ。
「この島も大分かわったさぁ。」
そう言う彼女だか、どこが変わったんだろう。
僕にはさっぱりだ。何にも変わらないじゃないか。
畑になっているパパイヤもグアバも、風の音に涼しげに響くさとうきびも。
眩しいぐらいの空の青ですら。

この島では時間がゆっくり移り変わって行く。
僕が住んでいる所とは違う空気感に、帰省初日はイライラしたがソレも慣れてきた。
そう、僕はイライラしていた。常に。
理由なんてものはない。
ただ、そういう鬱屈感にまとわりつくようにして都会では生活していた。
何かと競争するように目まぐるしく過ぎて行く時間に立ち止まってみると、自分が数字や記号で出来ているような気がして・・・。
僕は一体誰なの?
半ば現実逃避で久しぶりに故郷へ帰ってきたんだ。

「・・・ここだ。」
視界に入ってきた標識に独り言を呟くと、その通りにハンドルをきる。
島と島を繋ぐ橋は、有名な観光スポットで僕も何度か連れてきてもらったことはあるがもう道なんて覚えちゃいない。
おおざっぱな標識案内に、情報の見落しがないか必死で辺りを見ながら車をすすめる。
と、比較的新しいアスファルトの道路が現れた。
これは見覚えがある、このカーブの向こうはたしか・・・。

突然、目の前の視界が開けて、一気に光度が増して瞳孔がちくりと痛みを訴えた。
津波のように襲って来る光の洪水の向こうに、青が広がった。
青い空にかかる入道雲、透き通る碧の海。その境目をまるでモーゼの十戒の1シーンみたいに橋が割っていた。

橋を渡りきろうとした時、おばぁがちょっと休憩していこうと言うので、袂の軽食店の前へと車を停めた。
鉄筋コンクリートにペンキを塗装しただけの殺風景な店内には、メニューやら大橋を見にやってくる観光客向けのお土産で溢れかえっていた。
おばぁはさっさと店員さんにソフトクリームを頼み、僕にも何か口にしろと言ってきた。
同じものを注文するかと聞かれたが、この暑さで体内の水分を飛ばされそうになってる中食べられるわけが無い。当然、やんわりと断った。
女の人って、こういうときでも、いくつになっても甘いものは別っていうものなのかな・・・

ぼうっとそんな事を考えながら、窓の外を見ていると僕の視界にスカイブルーの塊が突如現れた。
「はい、これかみなさい。(食べなさい)」
「え、さっきいらないって・・・。」
「あいっ、かみなさい!素直が上等どー。」
笑顔でおばぁは、青いシロップの掛かったカキ氷を更にぐいっと僕に差し出した。
断るに断れなくなった僕は短く礼を口にして、店内のデッキチェアーでくつろぐ彼女を残して僕は外へと足を進めた。
海上を渡って吹いてくる強い風と太陽光線の眩しさに思わず目を細める。
水平線はどこまでも続いて、手が届きそうな雲が上へ上へと背伸びをしていた。
もらってしまったものは仕方がない、捨てるのも気が引けるし勿体無い。ここは言う通り素直になるか・・・。
しぶしぶ僕は、舌まで真っ青になる、いかにも身体に悪そうなシロップ掛けの氷を口に運ぶ。
ひんやりとして氷のざらっとした感触が、と一緒に口腔内に広がる。
個体は液体になり、僕の乾いた咽を潤した。

「・・・うまい。」

灼熱の太陽に水分を欲していた僕の脳は、意外な反応を示した。
氷の山を崩していく度、昔よく食ったよな、と子供の頃の記憶を辿り。
田舎の日中は人影がない。大橋を行く車も見かけない。
僕は、道路に向かって歩きだした。
広い橋の上には僕1人だけの影が落ちて、ゆっくりと後を付いて来る。
本当はいけないことだって分かっちゃいるけど、そんなことはどーでもいい。
歩きたいという欲求のまま僕は歩く。子供のように。
ゆっくりと。

僕は何であんなにせかせか歩いてたんだろう。
時計の短い針と長い針、秒針の音にさえ気にして。
もうそんなことも忘れた。


手を伸ばしてかき氷を目線の高さまであげると、ソレは海と空の境界線を無くしていた。
きらきらと光る水面が僕に手を振り、入道雲の隙間から誰かの笑い声が降ってきたように思えた。
夏の熱が、青を溶かしていった。

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