見出し画像

路上の哲学、さんぽ

……

(無言)

いつもおもうけど
ノートの出だしってどうすりゃいいのかね…
ブログとは違うし記事なわけだし

どーもとか

暑い毎日が続いていますねとか

言わなきゃいけんかな。毎回悩む。

You Tubeを始めた。

何年も前からやろうとしてたけど
何を行ったところで

「自粛ムーブメント組」にほかならない。

ネタとか話したいこととかやってて
試行錯誤してやってみたけど
ここにたどり着いた。

「散歩」

最近の趣味でもある。

散歩、

本当に解らなかった。

何が面白いのか…

運動好きの運動バカがじっとしてられなくて
街へ繰り出していると思っていたし
だいぶ変な目で見ていた。

びっくりした。

散歩、奥が深い。
いや、深すぎる。

ダイビングするひとが地上以外に
もう一つの世界を知ってると言うけど

散歩をする人は歩く人は、
地上の世界に気づいてるんだ。

キッカケは

自粛してて太る人を見てて
逆にやせてやろう!
と思ってジョギングし始めた。

もともとは
走るのも大の苦手で汗かくのが
そもそも大嫌い。

運動においての成功体験もないし
正直つまらないなーと。

ところが40過ぎた頃から
運動とか汗かくこととか夏とか
ちょっと好きになり始めて
行動的になってきて

走り始めた。

なんというかその、

面白い。

なんかコツとか覚えちゃったりして
少しずつできるようになっていく感じが
どうにもたまらなくなっていって。

その走ってるときに見た風景が
これまた面白かった。
ゆっくり歩いてみたくなった。

歩くと
風景は全く違う色を出してきて
角度ひとつで発見しまくる大冒険だ。

どこに行ってもいい

立ち止まってもいい

普通に路上を歩いてて
目的がないことなんて散歩以外
生きててないのよ。

道を歩く時、人はゴールがあるわけだ。
家に帰る、飲みに行く、遊びに行く、
会社にいくとか。

そんなふうに路上と関わってるから
目的ための「道」だと思ってるから
「散歩」なんて絶対ムリ
道を遊ぶために選ぶなんて
考えも出来なかった。

だけど

散歩をしてて凄いのは

気ままな少年のように
ワガママに立ち振る舞える。

道が街が自分のものになる

散歩は王様だ。

そして

道も、凄い。

路地、凄い。

主要道路は常に時代ともに生まれ変わり
進化を遂げていくのに

路地裏は少し前に時が止まったまま、
呼吸をしながら生活の音をたてている。
新しい家と古い家が混在していて

軽鉄骨構造の家と
モルタル塗りの砂壁アパートが
隣り合ってるんだよ??
家だと年齢で言えば50歳くらい違うのよ。

それが現役で街に生きている。
モルタルアパートに若者が住んでいる。

昔の八百屋だった看板だけが残って
ふつうの暮らしをしている家とか
過去にここに
息づいたものを証明してくれる。

コインランドリーなんて古いところが
多くてノスタルジーの溜まり場だ。

付け足しであろう変な屋根。
付け足しであろう新しい小路。
付け足しであろう外階段。

付け足しがこれまたたまらん!
妙にそこだけ真新しいから楽しい。
少年隊に急に山ピー入るみたいで。
(全然上手くなくてすまん)

寝っ転がって見た木陰と空のハザマ
緊張感の糸が存在しない猫
愛しくなる小川ながるる小さな公園
街路樹の根っこが主張しすぎて
ガタガタの小路。

散歩をする人たちはこの世界を知っている
散歩をする人たちはなんて自由なんだ

新しい世界に気がついて興奮気味だが
散歩する人たちには「大げさでうるさい」
と言われてしまいそうだ。

ま、それも自由だ。

秋が近づいてる。
道を行くには絶好の季節だ。
道をなんと心得るかでこんなにも世界が
意識が変わるなんて驚きまくりだ。

まだまだどこかに

まだまだ知らないことがある

好奇心という若さと卑しさを持って

明日を待とう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?