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斜線堂有紀先生と宇佐崎しろ先生の『回樹』読書感想文

あるところに
斜線堂有紀先生は大好きだけど宇佐崎しろ先生は大嫌いな少女と
斜線堂有紀先生は大嫌いだけど宇佐崎しろ先生は大好きな少女がありました。

二人は14歳。
同じ中学に通っています。

ある日の昼休み。

斜線堂有紀先生は大好きだけど宇佐崎しろ先生は大嫌いな少女が指についたジャムをなめながら教室に戻ると
斜線堂有紀先生は大嫌いだけど宇佐崎しろ先生は大好きな少女がなぜか自分の席に座って、あてつけのように宇佐崎しろ先生のイラスト集をめくっていました。

人の席を占拠するのは百歩譲って大目にみるとしても、宇佐崎しろ先生の絵を見ているのは容赦できません。
なぜなら斜線堂有紀先生は大好きだけど宇佐崎しろ先生は大嫌いな少女は宇佐崎しろ先生が大嫌いだからです。
だから斜線堂有紀先生は大好きだけど宇佐崎しろ先生は大嫌いな少女は、斜線堂有紀先生は大嫌いだけど宇佐崎しろ先生は大好きな少女にこんなこといいました。

「宇佐崎しろって変な名前だよね。なに宇佐崎って。名字が三つくらい混ざってる」

それを聞いて斜線堂有紀先生は大嫌いだけど宇佐崎しろ先生は大好きな少女は不愉快になりました。
なぜなら少女は斜線堂有紀先生は大嫌いだけど宇佐崎しろ先生は大好きだからです。
よって斜線堂有紀先生は大嫌いだけど宇佐崎しろ先生は大好きな少女は、斜線堂有紀先生は大好きだけど宇佐崎しろ先生は大嫌いな少女こう言い返したのです。

「斜線堂有紀は中途半端。なに斜線堂って。直線でも曲線でもない。中途半端よ」

そんなことを言われた日には黙っていられません。
だからはじまる口喧嘩。

「宇佐崎しろって串カツのソースを二度漬けしてそう」
「斜線堂有紀ってフィンガーボールの水を一気飲みしそう」

「宇佐崎しろはどんぶらこって流れてきた桃をその場で食べそう」
「斜線堂有紀は罠にかかった鶴をファミチキにして食べると思う」

「宇佐崎しろはお地蔵様に傘をあげない」
「斜線堂有紀は子供たちと一緒にカメをいじめる」

「宇佐崎しろは、ちょっと理解が深まった程度のことを『解像度が上がった』とか表現するタイプ」
「斜線堂有紀は、好き勝手にゲームしてるだけのことを『ナラティブ』とか表現するタイプ」

「宇佐崎しろはエゴサーチに夢中」
「斜線堂有紀はエロサイトに夢中」

「宇佐崎しろはどんなゲームもベリーイージーにしないと遊べない」
「斜線堂有紀は一面番長」

「宇佐崎しろはFF2のアルテマみたいに役にたたない」
「斜線堂有紀はラストエリクサーみたいに結局役にたたない」

「宇佐崎しろはモータルコンバットと間違えてツインゴッデスを買う」
「斜線堂有紀はバハムートラグーンと間違えてレーシングラグーンを買う」

「宇佐崎しろはフローラとビアンカどっちを選ぶって訊かれたらデボラって答えるあまのじゃく」
「斜線堂有紀はフローラとビアンカどっちを選ぶって訊かれたらルドマンって答えるあまのじゃく」

「宇佐崎しろは本当はファイファンって略すのに人の前だとFFって略す」
「斜線堂有紀はFFっていわれてもファイナルファイトのことだと思ってる」

「宇佐崎しろはフェイクニュースに釣られそう」
「斜線堂有紀はファミマガのウソ技に釣られそう」

「宇佐崎しろは卑怯だからダウンタウン熱血行進曲で、れいほう学園ばかり使う」
「斜線堂有紀は卑怯だからKOF96で、ゲーニッツしか使わない」

「宇佐崎しろはナムコのアカウントにダンシングアイをPS5でリメイクしろとかクソリプ送ってそう」
「斜線堂有紀はゲームセンターのアカウントにギャルズパニックを設置しろってクソリプ送ってそう」

「宇佐崎しろはPS5の抽選にはずれまくる」
「斜線堂有紀は転売屋からSwitchを買ってゲームギアが送られてくる」

「宇佐崎しろは通信ケーブルを持ってないから誰ともポケモンを交換できない」
「斜線堂有紀はリンクスしか持ってないから誰とも一緒に遊べない」

「宇佐崎しろのぼうけんのしょはいつも消えてる」
「斜線堂有紀がドリームキャストの電源を入れるといつもピーって音がする」

いかにもいまどきの若者然とした言い争いは途絶えることなく、気づけば放課後。
こんなことをつづけても気分がわるくなるだけなので二人は本屋さんに向かいます。
そこでも事件は起きました。

「信じられない!」
同じ本を手にとった二人は同じタイミングで同じ言葉を叫びます。

「斜線堂先生の小説に宇佐崎しろのラクガキがついてる! なんで?」
斜線堂有紀先生は大好きだけど宇佐崎しろ先生は大嫌いな少女は、大好きなアニメをビデオに録画予約していたのに、なぜか野球中継が入っていたような理不尽さに頭を抱えます。

「それはこっちのセリフ。せっかくの宇佐崎先生の新作なのに、どうして斜線堂有紀の駄文がくっついてるの?」
斜線堂有紀先生は大嫌いだけど宇佐崎しろ先生は大好きな少女は、明らかに自分よりレベルの低いハガキがファンロードに採用されていたのを目の当たりにしたような不条理さに顔をゆがめます。

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テキスト/斜線堂有紀 イラスト/宇佐崎しろ
つまりそういうことだったのです。

あふれんばかりの不平不満罵詈雑言を相手にぶつけたくなるものの、ここは本屋さん。
そんなことをすればSNSで拡散されて学校と家を特定されて人生が終了するのは目に見えています。
だからこのイライラは明日に持ち越し。
無理やりパピコを引き離すように、二人は互いに背を向けてぷんすかしながら家路についたのでした。

帰宅、夕食、入浴をすみやかにすませて買った本を開きます。
斜線堂有紀先生は大好きだけど宇佐崎しろ先生は大嫌いな少女はその言葉の旋律に心を奪われ
斜線堂有紀先生は大嫌いだけど宇佐崎しろ先生は大好きな少女はその繊細なタッチに感情をくすぐられるのです。

四時間後

ところで斜線堂有紀先生は大好きだけど宇佐崎しろ先生は大嫌いな少女にはモナリザの意味がわかりませんでした。
モナリザというのは、ほほえみでおなじみのあのモナリザです。
上手いか下手かでいえば上手いとは思うけれど、そんなに歴史的に騒ぐほどのものなのか首をかしげてしまいます。
そもそも絵画の価値は適当すぎる。
以前、海外のアトリエでゴッホだかバッハだかのスケッチが発見され、それにばかげた値段がつけられました。しかし発見から数日後、そのスケッチの作者が実は近所の美大生だとわかるや否や、価格は暴落。
これが芸術の正体じゃないかと斜線堂有紀先生は大好きだけど宇佐崎しろ先生は大嫌いな少女は思ったものです。
作品そのものに価値を見い出したのであれば作者が誰かなど関係ないはず。むしろその美大生を鳴り物入りでデビューさせればいいのに。
結局、作品ではなく背景にしか興味がないからそんな残酷なことができるのだ。
きっと絵の価値はその時代の権力はあっても教養のない何者かが気分で決めて、それが無条件に崇められ、時間の経過とともにやがて歴史的名作として祭り上げられてしまうのだろう。
絵はかわいそうだな。幼いころからそんなことを思っていた斜線堂有紀先生は大好きだけど宇佐崎しろ先生は大嫌いな少女はそのような経緯から絵に興味を持てないでいたのです。
だったらどうしてかれこれ二時間以上も宇佐崎しろ先生のイラストをじっと見つめているのでしょうか。
斜線堂有紀先生は大好きだけど宇佐崎しろ先生は大嫌いな少女のはずなのに。
宇佐崎しろ先生の描いた、一人の女性。
その女性は静かにこちらに視線を向けてきます。
まるで海の底から、あるいはすぐ目の前から。
宇佐崎しろ先生の描いた女性は斜線堂有紀先生は大好きだけど宇佐崎しろ先生は大嫌いな少女を捉えつづけているのです。
斜線堂有紀先生は大好きだけど宇佐崎しろ先生は大嫌いな少女は、宇佐崎しろ先生の絵から目が離せません。まばたきすら許してもらえません。
よくも今まで勝手に私のことを嫌ってくれたね。今夜はとことん付き合ってもらうよ、そう耳元でささやかれた気がしました。絵に。

それはさておき斜線堂有紀先生は大嫌いだけど宇佐崎しろ先生は大好きな少女にとって小説とはレトルトカレーのようなものでした。
別にきらいじゃないけど、間違っても特別にはなり得ない。
だって、文字だし。
絵や音楽とは違う。そこに明確な個性は存在しない。
アイデアの良し悪しで多少の差があるだけ。
程度の低い表現だ。
そう信じて疑わずに生きてきたはずなのに斜線堂有紀先生は大嫌いだけど宇佐崎しろ先生は大好きな少女は斜線堂有紀先生の物語から抜け出せません。
まるで迷宮。あるいは出口のない花園。
いえいえそんなことはありません。出口ならちゃんとあるではないですか。
お困りですかお嬢さん、お出口はこちらですよ。
斜線堂有紀先生の小説は親切に斜線堂有紀先生は大嫌いだけど宇佐崎しろ先生は大好きな少女を物語の外に導いてあげようとしています。
邪魔しないでと斜線堂有紀先生は大嫌いだけど宇佐崎しろ先生は大好きな少女はその手を払いのけます。
小説は首をかしげて肩をすくめました。どうして? あなた物語お嫌いでしたよね? しかも私は斜線堂有紀に書かれた物語ですよ?
うるさい! 一人にして!
そうしないとこの世界にゆっくり浸れないではないですか。
やれやれとため息をついて、小説は文字の海に沈んでいきました。
それで安心して斜線堂有紀先生は大嫌いだけど宇佐崎しろ先生は大好きな少女は丁寧に意識を物語にゆだねたのでした。

これはネタバレですが、いつしか二人の少女は大嫌いなものが大嫌いではなくなってしまっていたのです。
それはさておき、朝はやってくるのです。


昼休み。

斜線堂有紀先生は大好きだけど宇佐崎しろ先生は大嫌いな少女はいいました。
「宇佐崎しろは……服のセンスよさそう」

斜線堂有紀先生は大嫌いだけど宇佐崎しろ先生は大好きな少女はいいました。
「斜線堂有紀は──オムレツ作るの上手そう」

一体どうしたというのでしょう。
昨日までは熟練の鍛冶職人に鍛え上げられた刀のようだった毒舌から一転。
これではまるでバターナイフ。いえ、バターでつくったナイフのようです。

そして放課後。

「わらしべ長者ってあるでしょ? あの主人公が最終的に手に入れるのが宇佐崎先生の描いた一枚の絵なのよ」
「そうかもだけど、私は斜線堂先生の未発表作品だといいな」

「──そうしてたくさんの宝石で作られた宇佐崎先生の体なんだけど、先生はツバメに頼んで自分のパーツを街のまずしい人たちにわけ与えていくの」
「──その泉に斧を投げた正直者は斜線堂先生から金もしくは銀、あるいはその両方の斧がもらえるの」

もはやどちらがどちらのことを大好きで、どちらがどちらのことを大嫌いだったのは判別不能です。

「それである日、一緒に暮らすことになった斜線堂先生と宇佐崎先生なんだけど、二人はお互いに贈り物をしたくなったの。斜線堂先生は宇佐崎先生の美しい髪をより美しくするために最高のクシを、宇佐崎先生は斜線堂先生が大切にしている時計にぴったりの最高の鎖を。だけど斜線堂先生はクシを買うために時計を、宇佐崎先生は鎖を買うために髪を売ってしまったの。だから二人の贈り物は無意味だった? 違う。二人は最高の贈り物をプレゼントして、そして受け取ったの」
「わかるわかる!」
少女は笑顔で同意します。

しかし二人はそこで、はっとしました。

「…………」
「…………」

一番おそれていたことが起きてしまっていたのです。

それだけはいけないこと。
こうなってはいけなかったのに、結局なってしまいました。

時刻は午後六時。
「それじゃあ、そろそろ帰るね」
「うん、また…………」

『また』のあとがつづきません。

だって、もう『また』はないのですから。

少女と少女が会うことはもうありません。
なぜなら今日でこの街ともお別れだから。
そうです。お引っ越しするのです。
相手がどこにいくのかなんて知りません聞いてません聞きたくないです。

どう考えたって、お別れは悲しいものです。
しかしある日、悲しくしならないための秘策を思いついたのです。

相手が大好きなものを大嫌いになってしまえば、ほぼ確実にそいつのことなんて好きではなくなるでしょう。
嫌われ上等です。
だからきらいになってきらいになって、見事なギザギザとなったのです。

だけどギザギザとギザギザだからこそ、近づくとくっついて、いともたやすく結ばれて、世界でいちばん綺麗なマルになるのです。

ロードランナーとワイリーコヨーテのようにどこまでもわかりあえなければよかったのに実際はターミネーターと溶鉱炉のように相性ぴったりの二人。

あの子は遠く離れてしまう。
それでも最後は通じあえた。
それは悲しみなのか喜びなのか。

二週間後。

新天地にたどり着き、少女と少女は家の玄関を開けて外にでます。

「……あ」
「……あ」

あるところに
斜線堂有紀先生は大好きだけど宇佐崎しろ先生は大嫌いだった少女と
斜線堂有紀先生は大嫌いだったけど宇佐崎しろ先生は大好きな少女がありました。

二人は14歳。
同じ中学に通っています。


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