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「Paint It, Black」ローリング・ストーンズ

"赤いドアを見ると、黒くぬりたくなる"

ミック・ジャガーはこの曲の冒頭、陰鬱に語りはじめる。それは歌というよりは独白だ。しかし、数秒後には一転して錯乱したように怒りを爆発させる。

"夏服を着た女たち! 俺は顔を上げることもできない!"

その爆発力は凄まじく、まるで彼が敬愛するジェームズ・ブラウンのようだ。1966年にリリースされた名曲「Paint It, Black」は、3分ほどの間にこの沈痛と激昂を2度3度と繰り返しながら激しさを増してゆく。ローリング・ストーンズとしては珍しいマイナー調のメロディーに、謎めいた歌詞は何を意味しているのか、リリース当初からさまざまな解釈があったらしい。麻薬の影響であったり、反戦のメッセージなどと言われているようだが、その言葉に素直に耳を傾ければ、この曲は愛するものを失った喪失感を表したものだと分かる。

ああ、それだけのことか、と思ったかもしれない。
しかし、我々の精神に最も大きなダメージを与えるのは、株価の暴落でも推しの熱愛でもない。それは近親者の死である。人間は誰しも他人との関わり合いの中で、はじめてその人たり得る。身近な者がいなくなるということは、物理的にその人の人生の一部が消失したことを意味する。そして、人間と同様に地球や太陽のような星々もやがては消滅してしまうことは周知の事実である。この銀河はもちろん宇宙全体で星の数は少なくなっており、やがては永遠の暗闇だけが残るという研究もある。宇宙の歴史の中では瞬きほどにも値しない我々の人生に、どれほどの意味があるだろうか?
この問いに答えたくないからこそ、人々は商売をしたり、戦争をしたり、宗教を信じたりしているのだが、そんな努力にもかかわらず、近親者の死は我々にその暗黒をまざまざと見せつけてしまう。我々の存在を支えるものは何なのだろう?
「Paint It, Black」はフラメンコ調に掻き鳴らすギターと怒涛のドラム、唸るベースが死の暗黒へ飲み込もうと渦巻く中、生命の炎を燃え上がらせる熱唱がその存在を叫ぶ、生と死の舞踏を表した極限の傑作であり、新しい時代のゴスペルだったのだ。

なぜ突如としてこんな深淵な曲が作られたのか、何かきっかけとなる出来事があったのか、今となってはその背景や経緯は不明だ。
だが、この曲のリリースから半世紀近い後、2014年のローリング・ストーンズの日本公演直後に、ミック・ジャガーは長年連れ添った恋人ローレン・スコットを亡くしている。
彼の受けた精神的ダメージは計り知れないが、その後に予定されていた公演は全てキャンセルされ、再開の目処が立たないほどだった。世界的な名声と莫大な富を持ちながら、最愛の人間を守れなかった彼の挫折感と無力感はどれほどだったろう。彼はローレンを失ったときに再びステージに立つ理由を見出せなかったのかもしれない。世界中のファンが、ローリング・ストーンズの終焉をもっともリアルに感じた瞬間だった。

しかし驚くべきことに、数ヶ月後彼は復活し、ローリング・ストーンズは今日に至るまで世界中のスタジアムを揺るがし続けている。
YouTubeなどで見る復活直後のライブでのミック・ジャガーは、痛ましくも荒々しく、まるで「Paint It, Black」の後半パートのようだった。残念ながら人間は皆等しく生きている限り、家族や恋人・友人・ペットの死に立ち会わなければならない。その時に受ける心の痛みは、避けることも和らげることも、なぜか誰かと分かち合うこともできないのだ。
だがそのような人生の苦境に直面したとき、我々が何をするべきかはミック・ジャガーの歌と生き様から学ぶことができるかもしれない。
彼は今も彼女の誕生日を祝い、彼女が選んだ服を着てステージに立っているのだ。

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