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「Shine A Light」 ローリング・ストーンズ

Shine A Lightは2008年に公開されたマーティン・スコセッシ監督によるローリング・ストーンズのコンサート映画である。2006年10月ビル・クリントン主催のチャリティーコンサートのドキュメントであり、ニューヨークのビーコンシアターという小規模会場での白熱したライブがマーティン・スコセッシによる臨場感あふれるカメラワークで捉えられている。荘厳なステージセットと客席最前列に配されたモデル風の女たちなど、莫大な予算が投じられたことが伺えるが、それ以上に充実したパフォーマンスはこの時期こそがライブバンドとしてのローリング・ストーンズの絶頂期だったと確信させるものだった。だが、この意見に賛同してくれる人はあまり多くはない。

そもそも、日本国内におけるローリング・ストーンズのファンとはどのような人なのだろうか? 私は公開当時にこの映画を3回ほど映画館で観たのだが、そこに集まった観衆たちの多くは革ジャン・長髪・ビール腹であり、明らかにバンドマンもしくはバンドマンの成れの果てだった。
私は血と金の匂いに満ちたローリング・ストーンズの音楽は、この国の経済を支えるビジネスリーダーこそ聴くべきであり、あのようにタフに狡猾に生き抜いてほしいと思っていた。しかし実際に日本のストーンズ人気を支えているのは中年バイトリーダーたちだったという厳然たる事実が私を打ちのめした。

それはさておき、この映画の冒頭の20分ほどはライブ当日に至るまでのごたごたに終始する。茶番なのは明らかだが、ほのぼのとした雰囲気がなかなか楽しい。しかし、メンバーがエレベーターから出てきたあたりで空気が変わる。
おそらくつまらなかったであろうビル・クリントンの演説が終わり、ローリング・ストーンズを紹介するアナウンスの後、弾けるように演奏される「Jumpin' Jack Flash」からこのライブは始まる。キース・リチャーズのギターは炸裂し、ミック・ジャガーは宙を舞うようなステップで観衆を煽る。ロニー・ウッドはフェイセズ時代を彷彿とさせる輝きをみせ、チャーリー・ワッツとダリル・ジョーンズの渦巻くリズムセクションはマイルス・デイビスのアガルタのようですらある。

この映画を通じて最も印象的なのはフロントマンとしてのミック・ジャガーの進化だろう。2時間を超えるライブでも最後まで全くパワーダウンしないフィジカルも異様だが、ヴォーカリストとしての表現力の向上が著しい。ときに獰猛でときに繊細なその歌唱スタイルはここに極まり、何十年も歌い続けてきたはずの代表曲たちがいずれも新しい境地に押し上げられてしまっている。もちろん音響技術の進化もあるが、ヴォーカルトレーニングや体力作りなどの弛まぬ努力の成果であろう。

「She Was Hot」は必ずしもメジャーな曲ではなく、この映画で初めてこの曲を認識したという人も多いだろう。しかし、ここでの強烈なグルーヴは数々のヒット曲に匹敵する熱量を持っている。終盤のキース・リチャーズのギターソロも臨場感に溢れており、ミック・ジャガーが思わず動きを止めて聴き惚れてしまうほどだ。「Far Away Eyes」ではロニーのペダルスティールギターがやさしく揺らめくなか、ミックはクリスチャン・ラジオの説法のようにまくし立てる。そしてキースのコーラスはその歌詞のようにまったく調子っぱずれだ。運に見放され、誰からも同情されない彼らが眩しい。
ホーンセクションとコーラス部隊が会場を揺さぶる「Just My Imagination」や「Tumbling Dice」の熱量は壮大であり、かつてこれほどのバージョンを聴いたことはない。
ゲスト出演のジャック・ホワイトやバディ・ガイ、クリスティーナ・アギレラももちろん素晴らしくこのショーを盛り上げる。しかし、まったく異質である彼らが交わることで、あらためてローリング・ストーンズの強靭さが際立つのは皮肉だろう。

70年代のローリング・ストーンズのライブ演奏はジャムセッションの延長のようであった。そこに明確な主役はなく、メンバーが思い思いの演奏をする。時として奇跡的な名演が生まれるが、ダラダラとした自己満足的な演奏になることも多い。熱狂的なマニアや評論家には支持されるものの、「ストーンズってなんかカッコ良いらしいよ」ぐらいの人にとっては拷問だろう。しかし、多様化する音楽シーンではそのようなライト層を取り込まなければ競合との闘いには勝ち残れない。それゆえ89年以降のツアーでは、レコードのオリジナルバージョンに忠実にアンサンブルを整理し、ミック・ジャガーのヴォーカルをしっかり聴かせるフォーマットにシフトしたのだろう。さらにバックアップヴォーカルやホーンセクションの大胆な導入によって、大規模なスタジアムでも鑑賞に耐えるサウンドの壁が構築された。
おそらくは相当な痛みを伴ったであろうこの変革は、それ以降のメガツアーの時代を勝ち抜く原動力となった。しかも恐るべきことに、この総勢13名に及ぶローリング・ストーンズ・オーケストラはほとんどメンバーを変えることなくその後も進化を続け、20年近くの試行錯誤の果てに本作のような最高のステージを作り上げるに至ったのだ。それは過去に存在したどんなバンドも経験したことのない挑戦だった。

一方で60年代・70年代のストーンズこそが至高だという主張は老齢のファンたちに根強い。特にギターサウンドを好む元バンドマンたちにこの映画でのストーンズが最高だという意見は受け入れ難いだろう。しかし、ポップソング本来の"歌"に回帰したことで新しいファン層が獲得され、今やそちらが主流になっているのも事実だ。彼がらもし、過去の成功体験に縛られて変化を拒んでいたら、我々はローリング・ストーンズのいない21世紀を生きなければならなかっただろう。

そもそも"世界最高のロックンロールバンド"という称号とは裏腹にローリング・ストーンズが真にナンバーワンだったことはない。結局のところ時代を席巻したトップアーティストはビートルズであり、レッド・ツェッペリンであり、セックス・ピストルズや、マイケル・ジャクソン、ガンズ・アンド・ローゼズだったのだ。つまりローリング・ストーンズはいつもナンバーツーであり、多くの場合それ以下だった。それでも時代ごとのライバルたちと熾烈に争い、敗れては妥協し、時代を変えるのではなく自分たちを変えることで生き延びてきた。それは運や才能に恵まれたとは言い難いあなたや私と同じだったのかもしれない。

この映画では、2曲ごとに過去の記録映像などが挿入されるのだが、終盤でのオーストラリア・ツアーでのインタビューが印象的だ。「60歳になってもこの仕事を続けるか?」と質問され、おそらく30歳ぐらいのミック・ジャガーは「もちろんだ」と答える。その瞬間シーンは33年後のステージに切り替わるのだが、彼が約束を果たしたかどうかはぜひご自身で確認してほしい。






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