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「Live European Tour 1973」 ビリー・プレストン

ローリング・ストーンズの1973年ヨーロッパ・ツアーは、彼らの歴史において傑出したパフォーマンスだった。なぜこのツアーだけがこれほどハイ・クオリティでハイ・テンションだったのか長年の謎だった。ミック・テイラーを擁するフォーメーションはこのときまでに4年に及ぶライブやレコーディングを立て続けに行っており、バンドとしての習熟度が高かったのは間違いない。しかし、直前のオーストラリア・ツアーではここまで神がかった演奏ではなかった。何があったのだろうか。麻薬の影響という人もいるが、もちろんそんなことではない。

1960年代後半から活躍した、ビリー・プレストンというソウル/ファンクのミュージシャンがいた。ソロとして「Nothing From Nothing」などのヒット曲を持つだけでなく、サポート・ミュージシャンとしてビートルズやローリング・ストーンズをバックアップし、停滞がちだったこれらのバンドがさらに飛躍するきっかけを作ったことでも知られる。そのアフロも巨大だが音楽的な功績も偉大であり、ソウル・ミュージックにおいてレイ・チャールズとスティービー・ワンダーをつなぐ役割を果たしたと言える。

彼の残したライブ・アルバム「Live European Tour 19739」は1973年のヨーロッパ・ツアーを録音したものであり、まさに全盛期と言えるビリー・プレストンバンドの火を吹くような勢いを体感できる。ぜひ、この演奏を聴いてみてほしい。ほとんどのサブスク・サービスで聴けるはずだ。もしないのであれば、そのサービスはすぐ解約するべきだ。一度このアルバムの演奏を聴けばその濃密でハイ・テンションなグルーヴはどこかで体感したことがあると気づくだろう。さらにどこか聴き覚えのあるギターはまさにミック・テイラーが演奏している。そう、実はこのライブはローリング・ストーンズの1973年ヨーロッパツアーのオープニング・アクト、つまり前座として行われたものであり、ゲストとしてミック・テイラーが参加していたのだ。もちろんビリー・プレストンはそのままキーボーディストとしてメインであるストーンズの演奏に加わっている。

一曲目の「Day Tripper」からそのパワーは全開だ。なんとこのライブはローリング・ストーンズの前座にも関わらずビートルズの楽曲が3曲も演奏されている。こんな暴挙が許されるのもプレストンならではだろう。しかも、いずれのビートルズ・ナンバーも"こうだったっけ?"というレベルで獰猛なファンク/ゴスペルに様変わりしている。特に「Let It Be」はもともとビートルズとしては違和感がある宗教色の強い曲だが、このビリー・プレストンのパフォーマンスを聴くと、彼もソング・ライティングにかなりの影響力があったのだろうと想像してしまう。

「The Bus」は10分にも及ぶジャム・セッションなのだが、その長さを感じさせない密度の高い演奏だ。無尽蔵のエナジーで終始聴くものを圧倒する。この時代のファンクというものがいかに野獣的なものだったのかをリアルに感じ取れる。

「That's The Way」という曲は私はこのアルバムで初めて知ったのだが、有名な曲なのだろうか。"それは神が決めたことだから"というまさに「Let it Be」に通じるテーマを持つ曲なのだが、こちらの方がより荒々しくも美しい。敬虔なキリスト教徒だった彼の揺るぎない信仰心が感動的なゴスペルだ。

終盤では「Outa Space」「Higher」「Get Back」がメドレーで演奏され怒涛のエンディングを迎えるのだが、次々と打ち寄せるファンクに呼吸困難にならないよう十分に注意してほしい。最後まで聞き通せばかなりのカロリー消費になるだろう。

果たして前座のバンドがこれほどの熱演を繰り広げたら、メイン・アクトはどう思うのか。普通なら"ちょっと勝てないないな"、などと心折れてしまうかもしれない。しかし、当時のローリング・ストーンズはそうではなかった。果敢にもその挑戦を正面から受け止め、まさにビリー・プレストンバンドを凌駕するパフォーマンスを見せてくれたのだ。もちろん、前座での興奮をそのまま持ち込んだプレストン自身とミック・テイラーの貢献も大きいだろう。当時は1日に2ステージが普通だったので、この2人は計4ステージをこなしていたことになる。いずれにせよ、ローリング・ストーンズの1973年ヨーロッパ・ツアーの熱奏は、ビリー・プレストンが作り出した熱風によって爆裂したものだったのだ。

ビリー・プレストンは少年時代から天才と言われており、10代前半からレイ・チャールズやリトル・リチャードのバック・バンドで活躍していた。しかし、まだ幼かったが故にバンド関係者から性的虐待を受けていたらしい。今でこそそれが如何におぞましく残酷な犯罪であるかを我々は知っているが、当時の彼を救う者はいなかったようだ。輝くばかりの音楽的才能と溢れる笑顔で偉大なバンドの危機を救い、多くの人に感動と安らぎをもたらした彼が、実は忌まわしい過去のトラウマに苛まれていたとは、正義のもろさと人間の強さを感じずにはいられない。

2004年にビリー・プレストンは亡くなったが、ポピュラー音楽史に大きな足跡を残した。まだ形成途上にあったソウル/ファンクに哲学的な深みを持たせ、芸術表現としてさらなる高みに押し上げた。そして世の中が少し楽しく、優しいものになったのだ。まれに5人目のビートルズというダサい呼び方をされる彼だが、二度とそのような言い方をしないでほしい。ビリー・プレストンはこの世に唯一無二であり、今日も我々の背中を押してくれる心の友なのだ。


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