一羽でも‥ヒッチコック「鳥」


ねーーっ! 前世が虫だったんじゃないの? 人には苦手なものがひとつやふたつあるはず。私は鳥がこわい‥嫌いと自信を持って言える。それなのに、ヒッチコックの映画「鳥」の映像を時々心の奥底から引っ張り出して反芻してしまう。怖いもの見たさとはこれだなと思う‥
 赤ちゃんの人見知りと同じで見なきゃいいのに、「やっぱり知らない人だ」と確認するように何度も見てしまい、泣くのと似ている。
鳩の「クックルルー」の声にゾワっとくる。「鳩目」と呼ばれるまんまるの眼が生理的に嫌。だからアーチェリーの的を見ても口の中がざらっとして、生唾を飲み込んでしまう。首の動きも鬼のように気持ち悪い。そばに寄って来るとたじろいでしまう。こんなに悪口が書けるのもちょっぴり異常だとも思うけど、こうして吐き出すのは一度やってみたかった。

 こうして鳥について意識過剰なためなのか、定点的に鳥案件の事件が起きる。
いちばん近しいところでは、先月旅先の長崎駅前で、こんなことがあった。
長崎ガイドブックで見た「ミルクセーキ」を飲むために老舗喫茶店の開店を待っていた。まだ開店までには時間がある。小腹が空いたので、唯一開いていたパン屋さんで娘はフレンチトーストを私はクロックムッシュを買う。朝早いためか、イートインは不可。どうせなら気持ちよく食べたいと思い、辺りを見回すとあったあった! いい場所が! 私たちは木をぐるりと囲む丸いベンチの木陰に腰掛けた。
パンを頬張っていると、高く広がった青い空に悠然と鳥の影。長崎駅中の大きなお土産屋さんの看板には「かもめ市場」と書かれている。「あれ、かもめかなぁー?」「どれ? だからかもめ市場?」2人はのんびりと空を見上げている。
「違う!!! あれトンビだよ! ママ」と娘の声に焦りが入り混じったその瞬間に
「やられたーーーっ」
娘の声にはっと我に帰る。一陣の風を感じたが、クロックムッシュに齧り付いていた私は気づかないくらいの猛スピードで娘のフレンチトーストは持ち去られていった。
私は驚きと恐怖で持っていたパンを放り投げそうになるが、また襲われてはならないという自己防衛反応で、ものすごい速さで荷物を持ち、駅構内に逃げ込んだ。
心臓が高鳴り、恐る恐る娘に「どうやって持っていったの? くちばしで?」と聞くと「違うよ‥‥足で! ママ見なくて良かったね」と鳥嫌いの私を気遣うように言った。私は思う。
「トンビに油揚げさらわれた‥」
とはこれか!


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