和美目撃談(1)
やはりあれは、今考えるとモノノケとか幽霊の類ではないか、と思うのです。
そうでなかったら、幻覚か…。あの日はかなり疲れていましたし…。
私はいつものように、行きつけの銭湯に行きました。
夕方の5時くらいのことです。
回数券を買ってあるので、それを一枚ちぎって受付の老婆に渡します。
女湯の暖簾をくぐると、脱衣所には誰もいませんでした。
いつものことです。
数年前に近くにスーパー銭湯ができて以来、ほとんど貸し切り状態。
店が潰れるがはやいか、私がくたばるのがはやいか、と老婆は自嘲します。
服を脱いでいましたら、扉の向こうで鼻歌のようなものが聞こえてきました。
若い、というかほとんど子供の声でした。
確かに、よく見ると脱衣所のロッカーのひとつに鍵がかかっています。
私が入浴の準備を終えて、扉の方を振り返ったとき、ちょうどその扉が開きました。
私はその時目に写った光景に釘付けになって、しばらく動けませんでした。
光景、といいますか、その女性の体型に、です。
そのお嬢さんはタオルを頭に当てた状態で出てきました。
背は私と同じくらい、160センチくらいでしょうか。
ですが、とんでもなく痩せていたのです。
いえ、痩せているなんて言葉では生易しすぎるくらい、もう本当にそれこそガリガリに痩せていたのです。
私のように、暇さえあれば温泉だの銭湯だのに通う人間は、それこそ色んな体系の人に出会います。
背の高い人、低い人、乳がんの手術をした人、太った人、痩せた人。
そうです、時には驚くほど痩せた人に出会うこともありました。
でも、いままで出会ったそんな人びととは比較にならないくらい、そのお嬢さんは痩せていました。
でも、痩せている人特有の歩きにくそうな感じもなく、とても生き生きと体を動かしていました。
その様子が、私の恐怖心を余計に煽ったのかも知れません。
気がついたら私はそのお嬢さんに話しかけていました。
「大丈夫ですか?」
なんでこんなことを言ったのかよく分かりません。
お嬢さんはこのとき初めて私の方を向いて言いました。
「えっと…何がですか?」
確かにそうです。こんなに痩せているにしても、今急に痩せたなんて訳はなく、しばらくこの状態のはずです。
それで日常生活を送れているのに、おせっかいというか、見当違いも甚だしいです。
ですが、その時の私は、全然別のことを考えていました。
彼女の顔がすごく美しいことに気付いたのです。
美しい顔、というのは否応なく相手の注意を引き付け、好感を抱かせます。
ですが、それも度が過ぎると、不自然な感じがするものです。
なので、CGなどで人工的に美女を作る場合、あえて骨格を左右非対称にしたり、すこし肌をくすませたりするそうです。
彼女の顔は、自然な領域の美を通り越しているようでした。
とにかく注視してしまうのですが、心惹かれる、というよりは、ゾッとするような…。
私がまた固まってしまっているのを見て、彼女が逆に心配そうに尋ねてきました。
「あの、お体、大丈夫ですか?」
私は大丈夫です、と答えて、辺りの椅子に腰掛けて少し呼吸を整えました。
すると彼女が、紙コップに水を汲んで持ってきました。
隣に腰掛けた彼女はすごく小さく感じました。
彼女はしばらく私の背中を擦っていましたが、離れてくれ、というと、彼女は服を着てさっさと出ていきました。
今思えばひどい仕打ちをしたものです。
ですが、極端に痩せた体、長すぎる足、整った顔。
全てが不自然でただただ恐ろしく、すぐにでも目の前から立ち去って欲しかったのです。
湯から上がって受付前を通るときに老婆に体調を心配されたので、彼女が何か報告していったのでしょう。
日常の憩いの一時のはずが、あの少女のせいで台無しです。
それに何日もたった今でも、彼女のことが忘れられません。
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