悪魔はホコリに宿る・第三話

 愚低寺―――
 恨みの念が渦巻いている場所。
 榎に呪い絵馬が五寸釘で打ち付けられていた。
 それを手で撫でるノル。
 と、後ろから蘭子が声をかけた。
「やっぱりやるの」
 うなずくノル。
「だってこの絵馬、苦しみが溢れてるもん。このままだとこの人に3倍も呪い返しがいく。そんなの悲しいじゃん。それに仕事こないし」
            〇
 金田澄江(45)の部屋は服で埋もれていた。
 文教地区にあるマンションの一室。
 防護服姿のノルと蘭子は洋服をごみ袋に詰めていった。
 澄江の家の偵察に「小さなクモ」を使った。ノルが顔に飼っている「小さなクモ」は目となり動いてくれた。
 澄江は自称キャリアウーマンで会社では鬼のように後輩たちに仕事を振り、多くの後輩たちを壊していた。
 一方、私生活はだらしなかった。ゴミ部屋と化した部屋の中で、自慢SNSをしたり、マッチングアプリで婚活を頑張ってもいた。スピリチュアルも大好きで、パワースポットなどにも頻繁に出かけていた。
 そんなパワースポットで蘭子が偶然を装って澄江に接近。ノルに習った占いをした。もちろん「小さなクモ」からの情報があるので、すごく当たる。
そして「部屋をきれいにして運気を上げよう」という話を持ち出し、ハウスクリーニングを依頼させることに成功した。
 澄江は「学校はどこですか?」など学歴を聞きたがった。
 ノルと蘭子が中卒と知ると、「私、一流大学出で良かった、出会う人たちが違うのよ」とか「まあ、学歴なんて生きて行くのに関係ないかもしれない。ただ一流企業に縁がないかもね」など説教のようなマウンティングをするのだった。
                〇
 澄江は服の仕分けでどんどん捨てていたのに、クローゼットに満杯に入っている服を捨てたくないと言い出した。
「クローゼットの中は、すべてサイズアウトしてますよ」
 それらの洋服は、澄江の母が選んだものだという。
 良い物だし、捨てられない……服のサイズに自分を合わせるためにいつもダイエットをしているという。
「痩せない私が悪いのよ」
 澄江は暗く言った。
「そんなものを買ってくる親が悪いんだよ」と蘭子。
「あなたに関係ないでしょ」と澄江。
「アイスランドの魔法使いのことわざで、悪魔はホコリに宿るっていうのがあるんですよ。ピカピカにして運気を上げましょう」
「でも」
「もちろん無理にとはいいませんが」
「最後のチャンスだよ」と蘭子。
「え?」
「きれいにして気分を変えようってこと。自分を変えようよ」
「私を変える?」
 と、激しくドアチャイムが鳴らされた。 
 出ると、ドアの前に澄江の母が鬼のような形相で立っていた。
 澄江の実家は隣の部屋だ。澄江の母親は、ペットカメラを部屋に仕込み、澄江の様子を見張っていたのだ。
 澄江の母は、ごみ袋の洋服を部屋中にばらまいた。
「せっかく私が買ってやった服を捨てるなんて!」
「お母さん、ごめんなさい」
「あんたが痩せたらいいんでしょ、まるで私が悪いみたいに」
「私を捨てる気か!」
 自分が買ってやった服を捨てる娘に、年を取った自分が捨てられるような気がしたのだ。
「捨てられるぐらいならいっそ……」
 興奮した澄江の母は包丁を握った。
「キャー!」
 澄江を守るように立ちはだかるノル。
 そして……興奮した澄江の母が倒れてしまった。
            〇
 澄江の母は脳梗塞で半身が不自由になってしまう。
 母親は絶対に施設は嫌だという。
 リハビリも嫌った。
 デイサービスも行かない。
 母親の介護……食事も風呂もトイレもすべて澄江がやらないといけない。
 澄江は一流企業を介護離職しなければならなくなった。
               〇
 ノルに、新たな護符が体に焼き付けられた。それは呪い返しを受けた印。
 ノルが手に取った呪いの絵馬は、澄江にパワハラを受けてうつ病になってしまった女性社員のものだった。
 その女性社員………風のうわさで、澄江の苦境を聞いて少しだけ溜飲が下がった。しかし、ざまーみろとは思えなかった。
 パワハラ音源なんて録音して流出させるなんてこともできなかった。
 パワハラの証拠となるものもなく、ただ悶々と心を病んでいった。
 なんとか復讐したくて、ただただ呪っただけ。
 その呪いが効いたかどうかわからないが、もう人を呪う気持ちは無くなった。
 過去にとらわれても仕方ない……そんな気持ちになっていた。
               〇
「あのおばさん、とっくに地獄に堕ちてたんじゃないの? わざわざ呪いを発動させなくても」と蘭子。
「あんな母親のもとに産まれてんだもん。地獄じゃん。それに介護とか。これからもずっと大変じゃん」と。
「気になるなら、アフターサービスで定期的に掃除しに行けば」
「は? なんで私が」
「徹底的に掃除したら気分も晴れると思うよ。ただあの人にはそんな時間は無いだろうし。蘭子が徹底的に掃除したらいいじゃん。悪魔はホコリに宿る。地獄の中に居ても悪魔がちょろちょろしないだけマシだよ」
「だから何で私が。心配じゃないよ、感想を言ったんだよ」
 二人のハウスクリーニング業は、捨てすぎて苦情が来たりなど、仕事はあれど収入はなかなか上がらない―――。
 超ミニマル生活という貧乏生活をする二人。

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