『ミュータンス・ミュータント』百景episode8…「譲れない柚子」
「へい、お待ちぃ」
藍色の作務衣を羽織った大将の威勢のいいひと声で出された黒牛の炙り寿司は、仄かに黒光りするオブジェの如き石の器に、色とりどりで鮮やかな旬の春野菜の焼き物の傍らへ優雅に盛り付けられた。
桜鯛や稚鮎といった旬の魚の一品が美味いと評判のこの小料理屋はカウンター席だけのこぢんまりとした佇まいだが、もはや定番となった薩摩の黒牛を使った炙り寿司などのメニューも人気が高く、舌の肥えた食通が隠れ家的な雰囲気を求めて足繁く通ってくる。
「大将、いつも美味いねぇ」
そう言いつつ、あまりの美味に思わず顔がほころんでしまう。
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