私は正しく愛されることがなく育った。
児童虐待という一言で済まされるような日常が当たり前で、それ以外の生き方を知らないし、非日常に思えて苦しくなる。

彼と初めて出会ったのは私が高校生の時だった。
当時、私の担当だったスクールカウンセラーが当事者同士のピア活動に力を入れてくれていて、そこで私たちは出会った。

でも、広大な大地に住んでいる私たちは気軽に会える距離ではなく、会えなかった年もあれぱ、そのピア活動で年に何回か会える時もあった。

彼から会いに来てくれることもあった。
心の底では彼が私に好意を持っていることに気付いていたけど、私は気付いていないふりをした。
関係が変わるのが嫌だった。
私は冒頭に述べたように、正しく愛されたり好かれることに恐怖を感じているのだ。
彼はそこを理解してくれて、私が望まないことはしなかった。

彼に怒りをぶつけることもよくあった。
私は彼のことが好きだった。
でも愛されたり、好意を持たれてしまうと怖くてたまらなく、突き放してしまうのだ。
そうやって怒りを常に抱えては突き放して、連絡をもう取りたくないと一方的に私は伝えて。
彼は酷いことをされているのに、その度に「俺は好きだから、いつでも連絡待ってる」と言ってくれた。

そんなことを繰り返している中、また連絡を取らずに数年経った時、私はまた、彼が恋しくなった。
「俺は好きだよ」と彼は何度も気持ちを伝えてくれていたけど、私がそれ以上の関係を望まずに「ありがとう」とだけ返していた。
彼はいつも穏やかに、決して私には無理強いをせず、自然に振舞ってくれていた。
辛い、苦しいだなんて一言も言わずに、彼は5年間も私を待っていた。

私から彼に連絡を取り、「私のこと、まだ好きですか?」と話した。
全く都合のいい話だ。
自分でも自分の身勝手さに嫌気が差していた。
普通なら、あれだけ酷い扱いをされてきたのだから私のことを嫌いになるものだ。
でも、彼だけはきっと受け入れてくれると私はいつも彼に甘えていたのだ。

「俺はずっと好きだよ」
彼は何年経とうと変わらない。
お互い若いのだし、彼だって5年の間に何もなかったことはないだろう。
でも、特定の女性は作っていないようだった。
お互い児童虐待を受けて育った者で、素の私を知ると男性がたじろぐように、彼もきっとそうだったのだろうと心の中で納得をしていた。

1年弱お付き合いというものをしたけど、私にまた限界が来た。
誰かと居ることが辛くてたまらない。
私のことを適当に扱う男性とパーッと遊んでは自分を傷付けたい。
彼に対して「私のことを怒って」とお願いしたこともあった。
それに、あまりにも感情の起伏がない彼が何を考えているのか分からなかった。
実際には心の中では彼がイライラしていたり、苦しいと感じているのだろうと察することをできるようにはなっていたけど、彼は感情表現をしたがらない。
穏やかなのではなく、心の傷が彼をそうさせているのだろう。
でも、私も苦しい。
人を愛せない。
愛されることすら苦しい。

どんどん追い詰められた私は、彼のいいところより悪いところばかりに目がいき、その度に彼には言葉を噛み砕いて、「そういうのはやめてほしい」と伝えていた。
でも彼には私の言葉がどれもピンと来ていないようだった。
伝わらない歯痒さが何ヶ月も続き、彼は私の気持ちには応えることができない人なのだと思った。

「人は変わらない。自分が変わった方が早い」だなんて簡単に言うけれど、そんな綺麗事を現実で叶えるのは並大抵のことではない。
自分が変わることだって膨大な時間がかかる。
それに耐えられるだけのメンタルの強さが私にはない。

「彼は変わらない。私も変われない。」
苦しい状況が続いている中、彼に対する好きの感情が感じられなくなった。

全く彼との未来が見えない。
どんどん視野が狭くなっていった私は、彼に別れを告げた。

「もう好きじゃないです。お別れしたいと思っています」
「どうして?最近、話せてなかったね。ごめんね」
「先のことが見えなくなってしまって疲れました。」
「君がそう言うなら無理強いはしないけど…俺は好きだよ。」
「ありがとう。気持ちに応えられなくてごめんなさい」
「分かったよ。俺はいつでも連絡を待っているからね」
「私も幸せになるから、あなたも幸せになってください。さようなら」

そう話をして、私たちは離れた。
いつものように、彼は「俺は好きだよ。ずっと連絡を待っている」と言葉を遺して。

それから2年経つ。
また私は彼を思い出している。
今も同じところに住んでいるのだろうか。
仕事を変えたいと言っていたけど、どうしたんだろうか。
素敵な女性を見つけて幸せに過ごしているのかもしれない。
彼だって結婚適齢期の男性だ。
私のことは忘れて次へ行こうと考えても全くおかしくないのだ。

「どうして私のことが好きなの?」
私は殴られて当然の人間なのだから、人に好かれるなんてありえない。

「ん〜、言葉にするのは難しいけど…君のことが好きなんだよね」

私は彼に酷い扱いを受けることを望んでいた。
殴られて当然なのだから、「お前なんか生きている価値がないんだよ」って暴言を吐かれて満足したかった。

彼は怖いほどにずっと変わらない。
高校生のあの頃から、私への真っ直ぐな眼差しは変わらない。
常に私がどうしているか、困ってはいないかと目を配り、私が辛そうにしていると必ず駆け寄ってくれた。
駆け寄れない時があったら、必ず後から「さっきは話しかけられなくてごめん」と言ってくれた。

解離性同一性障害のある私は、常に精神が不安定だ。
上手く振る舞える時と振る舞えない時の差が激しく、振る舞えない時は固まってしまう。
そういった時に彼は私を1人にしなかった。

彼は、私の人生でたった1人の唯一無二の人だ。
良くも悪くもお互い引き寄せられてしまう。
初めからそう決まっている、だなんて直感で感じてきた。
そんな人は初めてで、彼しかいないのだ。

どんなに酷い扱いを受けても彼は私を嫌いになれない。
どんなに苦しくて何度突き放してもまた何度も私は彼を求める。

運命だなんてそんな安い言葉では片付けたくない。
健やかなる時も病める時も、彼と過ごしてしまう。
私たちの意思ではなく、まるで世界が私たちを2人にさせるかのように、既にそう決まっているかのように引き寄せあってしまう。

何度も求めては突き放して、私は本当に馬鹿みたいだ。
普通ならありえないことだ。
それでも、彼はきっといつまでも私を待っている、そう思えてしまう。

私がどん底にいようが上手くいっていようが関係なく、私は彼を求めてしまうし彼は私を受け入れてしまう。

「もう君のことは好きじゃないんだ」
そう言ってくれたらどんなに楽か。
「付き合っている女性がいるんだ」
そうだったら諦められるのに。

お互いブロックせずにやり取りが止まったままのLINE画面を見ては、彼を求めてしまう。

ねえ、2年も経ったね。
私少しだけ変われたと思うんだ。
自分にある障害を受容できるようになってきて、前向きに考えられるようになってきたんだ。
親ともまた繋がってしまったけど、今回は警察にも頼って縁を切る手続きをしているところなんだ。
仕事も辞めたの。
あなたと一緒にいた時は無理に働いては病状を悪くさせていたけど、療養を優先できるようになったんだよ。

ねえ、私は君のことがどうしても好きだ。
まだ私のことを好きですか?
こんな馬鹿な女のことを今も待っていてくれていますか?
もう出会ってから10年以上経っちゃったね。
私たち、不器用すぎるね。

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