目がない世界 本編

 人類は視覚に依存している!

私が生まれる前…ある一人の博士がこの言葉を胸にある一つの製品を作った。
インフォメーショングラス 通称 IG。このメガネはそう呼ばれ、全人類の視覚を休憩させることに成功した。

ピコン!お母様(登録名 鬼ババ)がお呼びです。おはようございます。めぐみ様。

またこのメッセージで私の一日が強制的に始まる…。たぶんそろそろ…

ピコン!お母様(登録名 鬼ババ)から音声が届いています。再生します。
「めぐみ!早く起きなさい!」

ほら来た。毎日、早く起きないと5分おきにこれが届く。
はぁあ…またつまらない一日を始めるかぁ...。

ピコン!おか…
ピコン!おはようございます。めぐみ様。今日もあなたの目になります!

さて、今日も寝るまでずっと目から情報が流れ込んでくるぞぉ...。
そんな事を思いつつ、私は階段を下りる。IGをつけて間もない頃はこけそうで怖かった事を今でも覚えている。たまに思い出して、しみじみすることがある…。そんな階段も今ではすっかり軽やかだ。
ダイニングにはもう二人が朝食を食べ始めていた。

ピコン!お父様(登録名 父さん)、お母様(登録名 鬼ババ)からメッセージが届いています。「おはよう!」

目の前にいるのだから直接言えばいいのに...。そんな事を思いつつ自分のIGに返信を頼む。

ピコン!お父様(登録名 父さん)、お母様(登録名 鬼ババ)に返信しました。文章「おはよう」

朝食は何を食べているのか分からなかった。箸を使ってないことをみるとパンを食べているのだろう。でも、なにパンを食べているのだろう?味は…普通だな。まぁいつものことだ。特に気にもならない...。
ふっと時間を見る。そろそろ9時か...。
IGが出来てから職場や学校なんてものはなくなった。全てがこのメガネのおかげで、一部屋…もっといえばベットの上で出来るようになったのだ。つまり、運動する気がなければ一日を家の中で終えることがほとんど…日常になったのだ。
不便か便利か…どちらかで答えろと言われたら…どっちなんだろね...。
あっそうだ。一つだけ不便な点を思い出した!親以外の人とのコミュニケーションの方法だ。友達や恋人の作り方が…なんだろう…文学的?物語を読んでいるような?いい言葉が見つからないけど…写真や動画って奴がないから文字や音声だけで会話して、その人を判断しなきゃいけない。だから、自分が、私が、俺が、僕が、いかに素晴らしい人間かを皆、自分を表現する言葉?文章?を試行錯誤して作り出して、その言葉を駆使してお互い会話する。そして、その言葉に心を惹かれたら…友達、恋人の成立だ。それが今の人付き合い…らしい…。今、私の目の前にいる二人もそうやって出会ったみたいなの…。私は、古臭いけど直接会ってお互い顔が見える状態で会話をしたいと思っている。確かに自分の顔を見られるのは恥ずかしい。でも、直接顔を見合っていれば、お互いの言葉が次第に真実の、嘘偽りなく、その場しのぎではないものになっていくと私は信じている。だって、その方がずっと楽しいと私は思うんだけどなぁ。やっぱり私って少し…いや、だいぶずれてるのかなぁ?

ピコン!一通メッセージが届きました。
みずき(登録名 いい奴)「めぐみ!今日も元気につまらなくしてる?私は今、とてもいいアイディアが浮かんでウキウキしてるっ!そ・れ・は・ね…試しに今から二人で会ってみない?授業なんてサボってさ。そして、そこでIG外してみようよ!一体今、しゃべっている人はどんな顔で、どんな格好なのか気になるでしょ。そ・れ・に…IG外した世界はどんななのか?気にならない?私、想像するだけで…ワクワクしちゃう!ねぇめぐみもわくわくしてるでしょ?いいお返事待ってるね。」

うわさをすればなんとやら...。本当にみずきはいい奴だ。私が考えていることが分かっているかのようにメッセージが来る!この子とは最近出会った。最初は暇つぶしだった。たぶんあっちも暇つぶし程度のことだったのだろう。私だって年頃だ。友達…あわよくば恋人が欲しくなる年頃だ。直接会う…なんて夢物語なんかを待っていたら老人になる。腐ってしまってしわしわに...。そんな事を考えていたら、自然に誰かにメッセージを送っていた。そんな時に会ったのがみずきだ。音声での会話はなく、文字だけの会話だけ…なんかすごく怪しい!けど、そんなことは考えなかった。だって、新しい友達が出来るだけでも満足だもの。しばらくした頃、私から直接会って話すことをしてみたいと切り出した。最初はみずきも反対している様子だった。でも、自分の持つ考えを嘘偽りなく話した結果…今日のこのメッセージが来た。

「IG!いい奴に返信して!いいアイディアだね。私も今、そんな事を考えていたところだったよ。じゃあ今から30分後にこの場所で会うことにしない?いい連絡待ってます。…IGよろしく!」

ピコン!了解しました。...しばらくお待ちください...。返信しました!

私は、少し遠い場所を集合場所にした。近くの公園にしようと思ったが、残念ながらみずきの住んでいる場所は知らない。今日会おうと言うくらいだから近くに住んでいるとは思うんだけど…。それに、あの場所は最初にメッセージの募集したときに周辺に住んでいますって書いてあったし…

ピコン!みずき(登録名 いい奴)から返信が来ました。「めぐみ!良い返事ありがとう。わかったわ。その場所で集合ね。でも、その場所私が住んでるところから少し遠いから30分じゃつかないかも。私もできるだけ早く着くようにするけど…もし、めぐみの方が早くついたら、その辺で自由にしてて。」

色々考えてたらみずきから返事が来た…
やった!思った通り、あそこの近くに住んでるんだ!30分でつかないかも?そんなの気にしないよ~。さぁ早速、準備しないとね。

「IG!いい奴に返信して!30分に間に合わない?そんなの気にしないよ~。ゆっくり準備してきてね。私もその集合場所遠いから30分でつかないかもだから。そっちこそ早くついたら自由にしてて。…IG!よろしく!」

ピコン!了解しました。...しばらくお待ちください...。返信しました!

私はやっと自分がしたいコミュニケーションが出来る!そんなワクワクを感じながら集合場所に向かった。
着いた…!どうやら私の方が早かったようだ。急いで来たのもあるのだろう。久しぶりに親以外の人と話すのもあるのだろう。胸の高鳴りが吐きそうなくらいに激しい!

「もしかして、あなたがめぐみ?」

その言葉に一瞬、ビクッと心臓が止まるのを感じた。大きく深呼吸をする…。落ち着いた。声の方を向き、問いかけに問いかけで返す。

「もしかして…あなたがみずき?」

一瞬の静寂があり…

わぁ~!!はじめまして~!!

お互いがお互いに突進するくらいの勢いで近寄る。

ガツン!

どうやら勢い余ってIG同士がぶつかってしまったようだ。
何年間も着けてたせいで距離感がわからなくなっちゃったなぁ~。私はそう思いつつ、IGの位置を整える…。

ん?あれ…?

私は少し違和感を覚える…。たぶん、相手の方も同じことを感じたはずだ。その違和感を拭うかのように先にみずきが切り出す。

「いててて…。ははっ!生まれてからずっと着けてたからIGの存在忘れてたね!もしかしてもう体の一部になってたりしてぇ~。な~んちゃって…。…よし!そろそろ今日の目的として考えてたことをしようか!この邪魔物なんてどかしてさ、お互いのかわいい?かっこいい?もしかしたら…美しい!ご尊顔を見てみようよ!」

「うん!」

私は気づけば頷いていた。実は少し、抵抗感があった…。しかし、このときはそれに勝る好奇心があった!

せ~の~!!

お互い、IGに手をかける。意外に簡単に外れそうだ!外したら、目の部分だけ日焼けしないでIGのあとが残ってたりして!そんなことを思いながら勢いよく外す!

まぶしい!

それが最初に感じたことだ。太陽光が目を容赦なく指す。目が光に慣れるのに時間がかかる。先に慣れたのは、どうやらみずきの方だったのだろう。

「はっ…はっ…はえてる!」

そんな予想もしてなかった…いや、少しは予想していたのかもな…そんな言葉をはいて私の前から逃げ出した。最初は私も何を言っているのか分からなかった。しかし、まぶしさと共に頭がはっきりとしてくる…

「あっ…私…いや、俺…男だったな…。」

忘れていた…。IGを着けていた時は性別なんてものは、あまり意味を持っていなかった。表現するなら無機質な人形に、父や、母などの名前だけ…登録名だけが表示されているだけだった。だから、俺は両親を二人と呼んでいた。朝食がなにパンを食べているのか特に気にもならなくなった。近くにいるなら直接話せよ。そんな事を思いつつ、どっちが父でも母でもどうでもいいや。そんな思いが俺を確かに蝕んでいたのだ。それに、散々今どきのコミュニケーションのことについて否定していたのに俺もいつの間にか、めぐみという中性的なキャラを演じていたことに、めぐみというキャラが使いそうな言葉、言いそうな言葉を作っていたことに気付いてなかったのか…。そうか…!なんとなくわかってきた...。排泄や、入浴、性別を嫌でも判断出来る方法を…視覚から得られる性別情報を…IGに任していたせいで、いつの間にか気にしなくなっていた...。格好の事だってそうだ…。準備をすると言って、俺は何をした?服を…何か自分のモノを隠す布を…着たのか?何もしないで外に出なかったか?これじゃあどっからどう見ても露出狂だ!そういえば、さっき俺から逃げたあの男も、きれいな尻をフリフリして逃げてやがったな…。誰も見ないから…見えないからって、ここまで人は裸をさらけ出せる生き物なのか…?これが視覚依存から逃れた人間という生き物の現実なのか?
……ハハッ…なんだろう…なんか笑けてくる…。なぁ本名だったら、みずきよ…お前はもし俺が女だったら、ナニがしたかったんだ?なぁ…下心さえ無かったら俺たち…友になれたんじゃないか?お互い、IGを外す勇気があったんだ…このままお互い、いい奴…親友として付き合っていけたんじゃないのか?なぁこの後、お前はどうするんだ?綺麗な尻をフリフリ…お稲荷さんブラブラ…どこに行って何をするんだ?まさか、またIGに視覚の代わりをする資格を与えるのか?…フッ我ながらくだらないジョークだ…。なぁみずき…お互い友達作りには苦労するなぁ...。俺はお前に気の合う友達や恋人ができることを陰ながら応援してるよ...。その時は最低限の布は着けていた方が世間体的にもいいと思う。俺もこれからは気を付けることにするよ...。
俺は、本来なら逮捕されるだろう格好で…IGを着けていない目でこの世界を見ることにした。自分の目で見たこの世界は…目がない世界…目がいらない世界…人々がIGに目がない世界だった。昔、授業で人々がAIに管理される社会っていうのを勉強した事を今でも覚えている。でも、今俺の目の前で起こっている景色はそれとは何かが違う気がする。俺たちはIGに管理されて生活をしているわけではない。自分の視覚に依存しないようIGに視覚情報を任せているだけで、行動するかしないかは自らの判断で動ける。決してIGに管理されているわけでは無い!…はずだ。
今、目の前にある景色は表現するなら、全員が裸で歩きスマホをしている。そんな景色だ…まぁ十分に異様な景色ではある。確かにIGに管理されていると言われても否定は出来ない…。俺も数分前まであの中に入っていたと考えると勢い余ってIGを地面にたたきつけそうになる。

ピコン…ピコン…ピコン…ピコン…ピコン...…

IGが早く着けろとしつこく鳴っている…。
こいつも…こいつを作った博士も…完全に悪であると断言するにはもったいないくらい社会に大きな便利さを与えてくれた。それに、恥ずかしいことながらこのメガネがなければ生活ができないほど俺もこのIGに目がないみたいだ。一番大事なことは使わないことではなく、付き合い方を改めること、考え直すこと。いつの時代も新しい依存性のある物が出るとこの言葉がよく使われる。IGもその部類になるのかもな…。
俺はそんな事を思い、ふっと空を見上げる。
太陽がやけにまぶしい...。



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