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お椀の中の長い時間(ロングタイム)

富ヶ谷の山手通り沿いにある半地下の京料理店「阿うん」は、目立たないけど潔い佇まいで、通り過ぎるたびに気になっていた。ふと行ってみようかと思い立ちネットで調べたら、完全予約制のランチが6000円。こんな贅沢してよいのだろうかと悩んだが、たまには自分へのご褒美だと甘やかし、勤労感謝の日に行ってみた。

すっぽんの茶碗蒸しに始まりデザートの黒胡麻プリンに至るまですばらしかった。京料理を代表するお椀はクロムツ。七年熟成させた利尻昆布で引いた出汁は、目立たないけど潔い店構えの由来かと納得の美(味)しさだった。

このお椀で食べているのは昆布の生育・収穫・熟成・調理にわたる十年近い歳月そのものだ。究極のスローフードである。

先日、北海道で昆布に異変が起きているというニュースを見た。水温上昇のため昆布の表面に「ヒドロゾア」という糸のように細長い生物がべったり付着しているというのだ。食用として問題はないとはいえ、無視できない変化である。

というようなことを店主に話すと、福井県敦賀市にある昆布の老舗・奥井海生堂が平成元年から毎年昆布を保管しており、それらを見ると昆布の厚さが薄くなっていることが一目瞭然だと教えてくれた。

仕事から離れて贅沢ランチをたのしむはずが、京料理店のカウンターでノートをとることに。どこにいても気候変動から逃れることはできない。