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プッチン


 プッチンしてやろう、とお皿を当てて容器ごとひっくり返したら、プッチンするまでもなくプリンがするする降りてきた。無事にぷるぷる器の上でしていて、拍子抜けする。プッチンするつもりだったのに、まあいいか、ぷるぷるだし。なめらかに食べた。
 食べ終えてほんの少しの時間ぼんやりしながらスマホを眺めて、今日見に行った展示の作家さんの投稿をSNSで見てから、流しにお皿とプリンの容器を置いた。また、「プッチンしなかったな」と思った。プッチンしなかったから、容器の後ろのツマミはそのままぴんと立っている。お皿をさらさら泡立てたスポンジで洗いながら、帰りに立ち寄った百貨店のことを思い出した。何も買わないのはいつだって申し訳なく思う。店員さんの顔と簡単なやりとりを思い浮かべて、自分のいまの仕事と重ねた。単価や扱っている商品は違えど、ものを売っていることには変わりないものな。お店に入ってきて、何も買わずに出てゆくお客さんの、気持ちを想像した。
 帰りにアポロとインスタントラーメンを買いたかったので、近所のスーパーの閉店時刻が近くて忙しないのは嫌だったので、コンビニに寄った。コンビニに入る前に「プリン買おう」と明るい気持ちで決めた。
 エースコックのワンタンメンが小さい頃から好きだったので、久しぶりにそれを買おうとインスタント麺のコーナーへ向かったら、ことごとく無かった。昨日から、丼に入ったアツアツのスープを手で包んで、麺をすすりたいな〜とぼんやり思っていたのだった。昨日は買い物をしないことにしていたので、今日、明日食べられるようにラーメンを買っておくことにした。展示を見たらおなかがすいたし、何はともあれ食べなければ、と思った。それで、種類を決めてコンビニに入ったものの、コショウをかけて食べるところまでイメージできていたけれど、ワンタンメンは無かったので、どうせならこれまでにあまり食べた思い出のないサッポロ一番みそラーメンにした。その前に一度カップヌードルシーフードを手に取ったけど、そこそこ値段がするし、そこまでお金を使うつもりがなかったから、やめた。
 何気なくアイスクリーム売り場を見て、クーリッシュでも買ってやろうかな、と値札をみて、こんなにしてたっけ?と思った。自分で意識して選んでクーリッシュを買っていた記憶があまり無いから、元からこれくらいだったのかもしれないけど。これも、そんな予想外の出費をするつもりではないので、買うのをやめた。
 そういえば、電車に乗る前に立ち寄った食料品店で、そこはちょっと昔の自分がよく立ち寄ってはよくものを買っていたところで、「おお、こんな時代もあったなぁ…」としみじみした。チーズやバターやフレーバーティーやチョコレートや、パンなど、仕事帰りや休憩時間に立ち寄ってはこまごま買うのが楽しかった。そもそも輸入菓子やちょっと変わったおつまみ系スナックが好きなのは中学生の頃にヴィレッジヴァンガードなるものに出会ったからで、図書カードが使えることをいいことにあらゆるグミやさきいかやショートブレッドやウェハースを買っては試していた。ちまちま食べては輪ゴムで袋を封して、レジ袋にまとめて家のお菓子置き場にひょいと引っ掛けていた。
 プリンはいくつか種類があって、なめらかだとか焼きだとか、コンビニオリジナルだとかいろいろあったけど、今日の気分はお皿にプッチンだったので、プッチンプリンにした。焼きプリンも好きだよ、と思いながら。
 アポロは迷いなく、さっ、と取った。迷いようもない。アポロはアポロだから。家に帰ってすぐに開けて、手にごろごろ出して食べた。大人になるとお菓子が小さくなったように感じることもあるけど、アポロは大きかった。
 りんご色のハンカチや、布でできたアポロや、短歌が刷られた紙のおにぎりや、食卓のそばに馴染む窓かテレビかあるいは日常のワンシーンそのままの絵や、そこで話したりしたことを思い返す。展示っていつも不思議だ。行かないとわからない。行かなかったらなにがわからなかったかもわからないからただ「行かなかった」という事実だけが残り、行けば、ふくふくと、その場にしかない出来事に出会う。びっくりするほど儚い。展示を過ぎたら作品たちは散り散りになる。そのことを展示を見ているあいだに思い出すけれど、展示を見にいくかどうかさまざまな状況で迷っている時はどうしたってどうしようもない。行きたいものは行きたい、と思っている。今回も例に漏れずちゃんと悩んだ。悩んでしまう、毎回楽しいのに。悩まないでいられる日々を送りたい一方で、あれこれ自分なりのもがきを懸命にしているとやっぱり悩む。そうして悩んで出掛けて、悩んでいたりウツウツとしていた名残で電車ではあくびばっかりして、たまに外の流れていく景色や雲間から差す光を見て、最寄り駅に着いたらそこからは知らない土地を歩いて、その歩いている間は普段の生活から離れて「目的地に着く!」ことだけを目指していてすっきり爽快で、町並みもクリアに見えて、そうしていよいよゴールかと思いきやそこから展示みて、その場所の方とあいさつをして、絵や文や布の、ひとつひとつや全体に向き合ったり離れてみたり、しみじみしたり、笑ってみたり、なにか思い出したり、それを伝えようとしたり、関係のないようなあるような話をしたりして、じわじわと帰るタイミングを感じて、持ち帰りたいものを選んで、名残惜しくもあいさつをし、来た道を戻っていく足取りは見慣れた町をゆくそれとほとんど変わらず、そのまま電車に乗り込んで、わざと各駅停車にしてみたりして、噛み締めながら眠気に負けながら帰ってくる。
 「展示に行く」っていうのが、こういうのを全部含んでいて、時にはここに近所のカフェでカレーを食べるだとか、思いつきでプレゼントを選ぶだとか、そういうのが増えてさらに膨らんでいって、なんというかその全部が、作家さんと場所(ギャラリーとかお店)の方と、あとはその町全体と、こちら側の生活との、突然の接点で、それはいつなんどきも新しいので、楽しくって、そういうことができるって本当にすごいなあ!と毎度おもう。

 なにを感じてもよくって、それがうれしい。今日みた展示でも、心の触れるところがあって、それは滅多と人前に出さないところで、だからそれを抱えたままであるのが実は苦しくって、けれど本当に繊細な、あやまって扱ったら余計にこじれてしまいそうなところだからやっぱり苦しいままで、それがふと、そのままおんなじ形でなくともふと触れて振れた時に、間違いなく苦しみが少し軽くなった。少しでも大ごとだった。

 展示の期間が終わったら、わたしのもとにアポロが届く。手にのっけた時のきらめきを胸に眠って、朝起きてすこし忘れていてもきっとなんだかやわらかい気持ちで、過ごせるだろう。

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