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時は止まるし止まらない。

僕がアイデアを出し、彼が実行する。いつもそうだ。

彼はどうしたらよいかとは考えない。無言で考えたふりをする。僕はいつもそんな彼の顔を見ながら『じゃあこうしよう』と提案する。彼は楽しそうにそれを実行する。彼は黙って黙々と働く。僕はそれを満足げに眺める。実際にやるのはめんどくさい。だって彼がやったほうが確実だから。僕たちは同じ職場に住み込みながら学校に通う。そんな毎日を送っている。

彼はマラソンが得意だ。いつも黄色いマラソン用の腕時計をしている。すごくかっこよくて憧れるが、僕にはクリスマスに買った彼女とお揃いの白いG-SHOCKがある。お気に入りだしこれで十分だ。

ある日、二人でかなり飲んだ。僕はぎゃははと笑いながらたまたま持っていた残り数枚の”写ルンです”を出し、肩を組んで自撮りした。

終電がなくなったが僕はタクシーに乗り、彼は家まで10キロ走って帰る。走りながらこっちを向いて笑顔で手を振る。僕はタクシーの車窓から小さくなる彼を見ながらアイツホントにアホだな。と思う。でも良い奴だから好きだ。
あくる日、思い出したように現像したその写真はいい笑顔だった。僕は何気なく壁に貼った。

25年前の今日、彼は死んだ。

水難事故だった。警察の霊安室に通されると彼はぐっすりと寝ていた。ほんとうにすやすやと。傍らには彼と一緒に見つかった黄色い腕時計。泥だらけでビニールに入れられていた。

貧血を覚え狭くなる視界の中、震える手でそのビニールを手にした。デジタル液晶は何事もなかったかのように時を刻んでいた。

彼の”時”を刻んでいた時計は彼の”時”が止まっても平然と時を刻んでいた。

なぜだかこの”黄色い腕時計”が憎くて憎くて握りつぶしてやった。丈夫で水に濡れても沈んでも平気な顔をしている腕時計をぶっ壊してやりたかった。腕時計は直ぐに元の形に戻った。彼はもう戻らないのに。なんでだ。なんでだ。猛烈に悔しかった。


今、写真立てにいる彼は大学生だ。若い。その隣にいる僕も若い。

今、写真を眺める僕はおじさんだ。おなかも出てきた。まごうことなきおじさんだ。

僕は、君が知っているあの時の彼女と結婚したよ。僕と彼女に似た子供もできたよ。笑い上戸のいい奴らだよ。もうすぐ娘はあの頃の僕たちの歳になるよ。と、話しかける。

写真に手を合わせながら今日も僕は”おまえの分も人生楽しんでるからな”と。あと、"僕がそっちにいくまでもうちっと待っててくれよな"とも言う。

いつ何が起こるかわからない毎日、悔いのないように。魂が燃え尽きるまで。

全力で生きよう。

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