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主戦場

今回取り上げようと思うのは、主戦場という映画。アップリンクで観てきた。

内容を簡単にいうと、“リベラル”と“保守”が従軍慰安婦があったかなかったかを色んな“知識人”に聞くドキュメンタリー。作っている側は“リベラル”サイドなので、保守が論理的に欠落しているように描かれる。

始めは慰安婦問題で、韓国に対する従軍慰安婦はあった、保守側は無かったというし、慰安婦もそれなりに楽しくやっていた、というが根拠がめちゃくちゃなのでOUT。結果、後の代まで韓国に謝罪し続けよ。というメッセージ。
もちろんリベラルサイドで描かれているので、日韓合意という国際的に意味のある規約を無視することの問題などは描かれない。

最終的に安倍内閣批判に持っていくので保守批判→安倍批判という事になり、安倍反対というおきまりの結末で終わり。

途中までリベラルや保守に“”を着けていたんだけど、途中から忘れてしまった。“”の意味はなんちゃってという意味、今後このブログに出てくる、リベラルや保守はほとんどが“”なので基本的に“”がついていると思って読んで、あまり気にしないで。本物の時は、そういう風にいうと思うんで。

今回は彼らの慰安婦問題がどうこうということより、互いの認識や世界館の甘さについて3点言及する。

それが現実として、あった、や、なかったはもう意味がないことに気づいていただきたいのだ。
もし、慰安婦問題を解決したいので「あれば」の話だけれど。

保守を叩きたい、安倍叩きをしたい人にとっては良い憂さ晴らしになる映画ではあるが、実際の解決には役に立たない映画。

1つ目の問題は、慰安婦問題があったか、無かったか、とういう議論そのもの、この映画の第一の問題は真実と事実の区別ができていないことだ。

人間という生き物は相対的で、個別的な生き物なので真実は人の数だけある。
どの立場の人も、その人があると言えばあるし、ないと言えばないのだ。

コナン君は真実はいつも1つというけれども、それは子供だからしょうがない。

一方事実は、現象として現れることなので事実がたくさんあるという事はありえない。
今回の場合のような事実確認のための客観的な資料があるが、あの時の当事者全員を追えるほどでは無い。

あの戦時中に、慰安婦はあったが、そうでなかったところもある、慰安婦と結婚した日本人がいるから、一緒に買い物に行ってから思ったより楽しそうな人たちもいたが、そうじゃなかった人もいる。

AもあったけどBもあった、BはなかったがAはあった、Aはなかったし、Bもなかった。という風に全てのパターンが無限に存在してしまう世界を放棄して、1つの事実を導き出そうとしてもそれは無理なのだ。

慰安婦問題は1つの真実で割り切れるほど単純な問題では無い。

今回の主戦場は事実確認を徹底しているように見えて、結局は真実の議論すなわち、あたかも事実に見えるものを総動員し、リベラルの世界の議論にしてしまっている。それはリベラル側から見た真実を確認しあったにすぎない。

ただ、真実は他者と共有することもできるので、あった側がなかった側と新しい真実を共有することは可能。
でも、それはこの映画の度量の及ぶところのものでは無い。

それは、この映画の第二の問題である他者性の排除があるからだ。

他者性を認めるとは対話、会談、などのコミュニケーションを用いてうまくやって行けるビジョンを他者と描こうとする態度であり、非難では無い。
しかしこの中に、反対側の意見とどう上手く付き合っていくかと言う視点は一切ない。
この映画をみた人が保守側と対話しようとする気にはならない。むしろその逆である、憂さ晴らしに非難をするだろう。

リベラリズムとは本来、自分と異なるものを受け入れて共生していく態度なので、自称リベラリストが保守をバカにし、優越感に浸る演出に一切疑問を抱かない現象自体が日本のリベラリズムがいかに、思想ではなくただの憂さ晴らしの道具なのかがよく分かる。この日本のリベラルの矛盾をこの映画が浮き彫りにしている
もったいない。むしろ事実確認としてのこの映画の良さが、“事実を仲間と確認”したと安心して、安倍を叩くための道具になってしまう。
これが主戦場という映画が社会に与える実際の影響だろう。むしろ、対話からは遠ざかり、溝が深まる一方だ。

3つ目の問題

solve 解決=win 勝利だと思っていること。
白黒が完全に着くと思っているところ。

100%相手に譲歩してもらう解決など実際社会ではほぼ存在しない。
ある程度、自分も歩み寄らなければならないのだ。ある程度、社会生活をしている人には自明でしょう。

正しさは人の数だけある、あなたも正しいし私も正しい
あなたも間違っているし、私も間違っているということがあるのが社会なのだ。
そのような複雑性がないのは、空想の世界でだけの話で、現実はもっと複雑だ。だからジャングルと言われるのだ。
豚さんもいれば蛇さんもいる、いないと言っていたのに後から出てくる、一生遭遇しない人もいる、複雑なのだ。

叩いてばっかで、世の中良くなるほど単純ちゃいまっせ。

この映画を見て評論しながらそんなことを再認識させてもらったことに感謝しているし、ちょっと長かったけどドキュメンタリーの良さはでていた。
特に保守側の頼りのなさが凄まじかった。
慰安婦問題を復習できたことはよかったと思った。もし機会あれば、日本の現状を分かりやすく描いているので見てみてね。

でも、結構人気らしいね。これを機にみんなで考えられることは良いことだ。

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