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カシカのシカタ~目標達成理論とデータの可視化~

ずっと「可視化」の方法に疑問を持っていた気がします。

個人データの可視化をすると、マネジメント側の安心度は高まります。
しかし、プレイヤー側のモチベーションは高まらない、むしろ低くなるのではないか。たとえ高まるとしても、「少数の”デキる人”」だけではないか、と感じてきました。

学校でも職場でも上位の成績が公開されて褒め称えられるのは当たり前です。”競争して成果を出す=正義”だという人には「甘いこと言ってんじゃねーよ」と思われるかもしれません。でも、やっぱり違和感があったのです。

そんな軟弱な自分でも、可視化の指針としてしっくりきたのが、今年読んだ「人と組織のマネジメントバイアス」で取り上げられていた「目標達成理論」です。

今日は、その理論についてnoteにまとめてみます。

データは一つでも、可視化の方法には選択肢があります。

たとえば、私の担当するプロダクトTeachme Bizでも、連携しているプロダクトSalesforceでも、利用者の活動データが可視化できることは重要な価値の一つです。

いままで把握できなかったことが、把握できるようになることで、組織の改善の道筋を立てやすくなります。

私がSalesforce利用者に定着化にまつわるインタビューをしたとき、「Salesforceで行動の可視化をして定着を促す」という話が何度か出てきました。

Salesforce導入フェーズのHow to コンテンツでもダッシュボードの活用は頻出しますし、Salesforceを使いこなすプロ達=ダッシュボードをうまく使いこなす人達、という印象があります。

一方で、「測りすぎ」という本では、「いたずらな計測は不正や機能不全を起こす可能性がある」と書かれています。ニュースでも不正計上やKPI偏重による不祥事は珍しくなく、ただ可視化すれば良い結果に繋がるわけではなさそうです。

個人が自らの利益を最大化することを目的にしているエージェントである限り、すべての測定に基づく報酬の枠組みには避けがたい欠点がある。医師が執刀する手術に応じて報酬を受ける場合(実際、現状はそうなのだが)、それはコストは高いがメリットは少ない手術を数多くこなすインセンティブになる。診察する患者の数に応じて報酬を与えると、それはできるだけ多くの患者を診ようというインセンティブになり、時間はかかるが有益になり得る手術をさぼるようになってしまう。患者の転帰率に応じて報酬を与えれば上澄みすくいをするようになり、難しい患者は避けるようになる。

だが、マイナス影響がいくつかあるからといって実績測定そのものをやめてしまえ、ということではない。問題が予期できる測定基準も、まだ利用価値はあるかもしれない。要は得失評価の問題で、これもまた、判断を要するものだ。

ジェリー・Z・ミュラー(2019)「測りすぎ――なぜパフォーマンス評価は失敗するのか?

プロダクト開発において、データを可視化する方法を考えるとき、”どのデータを可視化するか”だけではなく、”どう可視化するべきか”を考えなければいけません。

そのときに、"データが見やすいか"という観点も重要ですが、”可視化により組織やメンバーにどう影響を与えるのか”の方がもっと重要だと思っています。


営業成績を可視化する方法は1通りではない

例として、営業メンバーの売上を可視化するとき、Salesforceのダッシュボードを使うといっても、やり方は様々です。

全員の売上を可視化するにも、①名前順に並べるか、②売上順に並べる、

全員の成績を公開せずに、③上位あるいは④下位のみ公開する、

そもそも他メンバーの成績を並べずに、個人の売上だけを可視化する方法もあります。

個人だけにするにせよ、⑤達成進捗を見るのか、⑥案件の内訳を見るのかで、ダッシュボードの形は異なります。

元データは同じ”個々人の売上データ”ですが、可視化の選択肢は無数にあり、その方法によって伝えるメッセージは大きく変わってしまいます。

その可視化の指針になりそうだと思ったのが「人と組織のマネジメントバイアス」で紹介されていた「目標達成理論」です。


目標達成理論から可視化の方法を考える

目標達成理論とは、目標に対しての指向性と特徴についての理論です。

「達成目標理論」によれば、目標志向性とは「課題に対する個々人の態度」であり、学習や成長を目的とする「熟達目標志向」と、周りからの評価を目的とする「遂行目標志向」に分類されます。
近年、遂行目標志向には、肯定的な評価を得ることを目指す「遂行接近目標志向」と、否定的な評価を避けようとする「遂行回避目標志向」の二つがあり、「遂行接近目標志向の高い人と 遂行回避目標志向の高い人の行動は異なる」というエビデンスが示されました。

曽和, 伊達(2020)「組織論と行動科学から見た-人と組織のマネジメントバイアス

目標達成理論は、以下の通り分類できます。

少し解説すると、この理論では、目標に対する指向性を大きく2つに分けています。

熟達(=学習)目標志向の人は、学習や成長に関わる目標を重視する。そして、遂行目標志向の人は、相対的な評価を重要視するということです。

そして、遂行目標志向は、さらに2つに分けられます。

【遂行接近目標と遂行回避目標】 達成目標理論によれば、周りからの評価を志向する「遂行目標」には、遂行接近目標と遂行回避目標の二つがある。遂行接近目標とは自分の能力について肯定的に評価されることを求める志向性、遂行回避目標とは自分の能力について否定的に評価されることを避ける志向性だ。遂行回避目標志向の高い人は回避型行動を取り、遂行接近目標志向の高い人は達成型行動を取る。

曽和, 伊達(2020)「組織論と行動科学から見た-人と組織のマネジメントバイアス

この目標志向性は、評価指標や組織風土が影響を与える、つまり”変わりうる”そうです。

市場価値などの絶対評価を取り入れれば熟達目標志向が高まり、社内での比較のような相対評価を取り入れれば遂行目標志向が高まります。

■社員の目標志向性には、評価手法や組織風土が影響を与える
学術研究によれば、絶対評価が熟達目標志向を高め、相対評価が遂行目標志向を高めることが明らかになっています。相対評価では、他者と比較されることによって、高い評価を求める社員や低い評価になるのを恐れる社員が生じる。相対評価すれば、社員が他者との比較を意識せざるを得ないのです(そのため、相対評価は集団準拠型の評価方法とも呼ばれます)。逆に絶対評価では、社員は他者と比較されないため、自分の能力向上に集中でき、結果として熟達目標志向を高めます。また社員の目標志向性が「熟達目標志向になりやすいか」あるいは「遂行目標志向になりやすいか」は組織風土によって変わってきます。では、熟達目標志向が高まる組織、遂行目標志向が高まる組織には、それぞれどのような特徴があるのでしょう。

熟達目標志向が高まりやすい組織では、努力や学習に価値が置かれています。こうした組織は、失敗を学習の一部であると捉え、挽回のチャンスを与えます。一方、遂行目標志向が高まりやすい組織は、他者より良い成績を取ることに価値を置き、失敗が許されません。

曽和, 伊達(2020)「組織論と行動科学から見た-人と組織のマネジメントバイアス」より

なお、いくつかの研究によると、熟達目標志向なら、学習行動が促されたり、人に援助を求める行動が活発だったり、結果的にパフォーマンスも高くなったりすることが分かっており、成果を目指すのであれば熟達目標志向が好ましいとのこと。

ちなみに、遂行”近接”目標志向と遂行”回避”目標志向では、遂行”近接”目標志向のほうがパフォーマンスが高いと書いている文献もありました。

目標志向性と学習行動との関係では、熟達目標と遂行接近目標は学習行動に正の影響を与えており、熟達目標が学習行動に及ぼす影響は最も大きかった。

光波(2010)「達成動機と目標志向性が学習行動に及ぼす影響

パフォーマンスの観点でまとめると、熟達目標志向>遂行”近接”目標志向≫遂行”回避”目標志向、といえそうです。

となると、個々人の成長やハイパフォーマンスを重視するのであれば、個人間を比較する相対評価ではなく、個人成績の絶対評価をするほうが良いように思えます。

目的は、チームの管理なのか、個人の成果向上なのか

そもそも営業ダッシュボードの目的は、チームのパフォーマンスを管理することなのでしょうか。

それとも、個人の成果を向上させることなのでしょうか。

私は、両方が目的になると考えます。

ただし、1つのダッシュボードで両方の目的を達成できるかというと話は違い、どちらの目的も達成できなくなる気もしています。

そこで私は、絶対評価を用いたパフォーマンス向上用と、相対評価も盛り込んだ管理用のダッシュボードを分けるのが有効だと考えています。


目的が2つなら、ダッシュボードも2つ作れば良いのでは?

例えばTeachme Bizでも、いくつかの可視化・管理機能※があります。
※この理論を意図して作ったUIではありませんが

たとえば、タスク配信の機能では、受信者(メンバー)は自分の進捗だけを確認でき、配信した管理者は全体の進捗状況を確認できます。

今年リリースしたトレーニング機能でも、学習者(メンバー)と管理者で見え方が異なります。

学校のテストのように常に順位を出す方法もあるかもしれませんが、現状のTeachme Bizでは”熟達目標志向”寄りの可視化方法にみえます。

とはいえ、組織全体が相対比較や競争を好む文化であったり、競争意識が強い個人の場合は、ダッシュボードだけ絶対評価をしていても、結局は評価を気にしてしまう動きになるでしょう。

その場合は、ダッシュボードも組織文化に合わせて個人比較をしたものにする方が、無駄な時間を回避できて、生産性は向上するかもしれません。

あるいは、ごく限られたメンバーが成果の大半を担う(いわゆるニッパチの)ビジネスの場合は、上位を優遇するように可視化するのも合理的な判断でしょう。

ありきたりな言い方にはなりますが、場合によって適切な可視化の仕方は変わるのだと思います。


まとめと参考文献(と告知)

「場合による」とはいいつつも、全体のパフォーマンス向上を目指す多くの分野では、熟達目標志向にもとづく可視化方法が有効そうに思えます。

一方で、ランキングや比較はエンタメ性が強く、よく目にする形式ですが、パフォーマンス向上の面でリスクがある諸刃の剣だとわかります。使い手の意図と真逆の効果があることや、上位者が気づきにくいという点で、とても厄介な形式だと感じます。

グラフ・可視化に関する本を読むと、可視化のコツとして”読みやすさ”や”アクセント”、”配置による認知効果”にフォーカスが当たることがほとんどです。

今回のように、”可視化の方法が与える効果”という観点から考えるようになり、いままで自分があまり好きじゃなかった(むしろ嫌いだった)ダッシュボードというものに新たな面白さを感じています。

いたずらな可視化は弊害も生むので注意は必要ですが、この書籍をきっかけに自分の使うダッシュボードを見直して、より効果を上げるための方法を模索し始めてるようになりました。

最後に、参考文献と告知を載せて終わりにします。

このnoteの土台になった「人と組織のマネジメントバイアス」は組織に関する様々な影響・バイアスを考えるきっかけをくれました。

また「測りすぎ」は、数値化すること自体に対して考えるにはよい素材が詰まっています。

国内文献レビュー「達成目標理論に関する研究ノート」では、目標達成理論と他の要因との様々な関連が紹介されています。
遂行目標が先送りやセルフ・ハンディキャッピングを生まれさせたり、教師のはたらきかけによる影響を考える研究を紹介していたりと、広くこの理論を紹介しているものです。

その続編「達成目標理論に関する研究ノート(2)──教室における達成目標の国内文献レビュー」では、その名の通り、国内での実験結果を紹介しており、具体的な応用例をさらうのにはいいかもしれません。

実は、このnote、半年以上寝かして下書きのままだったのですが、「人と組織のマネジメントバイアス」の著者、伊達さんとセミナーすることになり、慌てて整えて公開しました。

もう片方の著者とファーストネーム(としみつ)が同じだったりと、縁の感じる組み合わせだったりします。

今回のnoteとはまた異なる内容のセミナーですが、是非ご参加ください。

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