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『マザー・スノー』優希のタラント②

優希の良き先輩である山路清子(38)は、週の内3日はこのドラッグストアで勤務しているが、残りの4日は飲食店で働いている。

1週間365日フル稼働のハイパーウルトラ主婦ワーカーなのである。

彼女には同じ年で会社員の夫と、今年で9歳になる娘がいる。

「なぜ山路さんはこんなに働いているのか。旦那との離婚でも考えているのか。」と、店主やパート仲間たちから度々噂をされている彼女だが、単にずっと働いているのが好きな性分というだけであった。


菓子パンが大好物であり、店で余った廃棄パンを店主の許可を得て持ち帰っては、いつも冷凍庫にビッシリとストックしている。

録画しておいたBS放送の韓流ドラマを深夜に見ながら、冷凍しておいた菓子パンをトースターで解凍して食すのが、山路清子が唯一楽しみにしていることである。


優希自身も大して健康志向という訳ではないのだが、

(山路さん、近い将来は身体が絶対ヤバいことになるで。血管年齢とか既にヤバそう。)

と、内心では心配しているのである。


バックヤードは狭い上に薄暗く雑然としていて、入ってすぐ右側には店主専用のパソコンデスクが設置されている。

左側には従業員が休憩したり、作業したりする机が2台横並びに置かれてある。

少し奥行きのある大きくて灰色のその机の上には、販売期限を過ぎて撤去され、色褪せて少しホコリっぽいパッケージの、サプリメントや知育菓子などが乱雑に置かれている。


薄暗いバックヤードの中店主の織田信行が、煌々(こうこう)と光るパソコン画面に照らされて、彼の少し脂ぎった褐色のおでこを黒く光り輝かせていた。

その真剣な横顔に優希は、「おつかれさまで〜す、休憩いただきます。」と声をかけると、パソコン画面から目を離さずに織田は「はーい。」と、気だるいバリトンボイスで返事をした。

「あ、そうそうユキちゃん。」

優希がしゃがみ込んで、廃棄登録済みの菓子パンたちが入れられている買い物カゴの中を物色しようとした、その時。

織田が腰掛けている回転式背もたれ椅子をグルっと、自身の身体ごと動かして、優希がいる左側の従業員用机の方に向け、話し出した。


「本部から全国の各店舗に通達があって。

ここのドラッグストア『ファーマシー・マート』の公式キャラクター図案を本部が今、各店舗の従業員から大募集してるんだよね。

ユキちゃん、応募してみない?」


優希は愛しの板チョコパンをしっかり右手で握りしめつつも、すっくと立ち上がり勢いよく振り返った。


「公式…キャラクターですか…?」


(やってみたい。)



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