人生2度目の大きな決断
20世紀の総決算のように、いろいろな出来事があった2000年。
心新たに始まった21世紀初めの年。
公私ともに明るい氣持ちでスタート!!
夏までは全て順調にいっていました。
人生の転機
ところが、夏休みで初めてのハワイ島に家族で旅行に行って帰って来た、翌日の9月11日にあの事件がニューヨークで起きました!
(オーマイガー!!ショック!!)
帰って来るのが1日遅かったら空港閉鎖で飛行機も飛ばず帰れなかったかもしれない、ギリギリのタイミングでした。
世界中の人が暗く重たい氣持ちになり、とても明るい氣持ちになれない状態でした。
TVでは、ほとんどの番組で9.11事件の報道ばかり。
当時は、まだ事件の真相を知らなかったので、心が乱れ混乱状態でした。
そのような中、また大きな出来事が起きてしまいました。
その内容は、ここでは割愛させて頂きますが、やはり「命」に係わる大きな出来事でした。
その日は奇しくも、9月15日で、ちょうど私たちの結婚記念日で
敬老の日の祝日でした。
これは、さすがに私たちに対する重大なメッセージ!!と捉え、
夫婦で、これからの生き方について、真剣に毎日話合いを重ねてきました。
お店の譲渡
そして、決断した事が
「お店を手放すこと」
私たちは、これまでに環境問題や、これからの生き方について常日頃から考え、小さな事(出来ること)から実践してしていました。
それでも実際問題として、会社を運営していく以上は、売り上げを伸ばしていかないと従業員のお給料も支払えないという、ジレンマがありました。
もっと身の丈に合った生活がしたい!!
そう考えた時、どうしても仕事のカタチを変えていかないと先に進めない状態でした。
私たち家族だけの問題だけではなく、従業員や1000名を超える会員さんの事を考慮し、1つづつ慎重に検討に検討を重ねていきました。
私たちの想いは、「誰にも迷惑を掛けずに退任する事」だったので、しっかりとした考えをまとめた上で譲渡先を探す事にしました。
先ずは、フランチャイズの本部の社長に話を持っていってみることにしました。
話をしたら当然ですが、ビックリされて開口一番に「もったいない!!」と
言われました。
当時の業績は毎年、黒字決算でしたので、表面的に見たら全てが順調で申し分のない経営状態。
一時は、このまま経営を続けて別の場所に住み、細々と身の丈に合った生活をするか?とも思った事もありました。
しかし、それでは人生を変える事にはならないし、力が分散して良い方向には向かえない、と大きな決断に至ったのです。
私たちの我がままで多くの人たちに、ご迷惑を掛けないようにと、譲渡する金額も原価償却した計算で提案させて頂いたら、二つ返事で引き受けてくださる事になりました。
従業員と会員さんも快く引き継いで頂く事に合意して頂けました。
結果として、オーナーチェンジしただけのカタチとなりました。
私たちとしては、それが望みでもあったので、とても有難かったです。
移転準備
移転するまでに約1年掛けて準備をしていきました。
高齢になってきた義母と伯母にも思い切って話を切り出しました。
義母と伯母は既にマンションに移転して数年が経っていて落ち着いていた時期でもあり、これまでの話を聞いて、かなり驚かれましたが、なんとか理解してもらう事が出来ました。
義母の氣持ちを考えたら、とても寂しく心細い思いだったと思います。
可愛い孫たちとも離れてしまう寂しさ。。
私たちの今までの経緯を知っていたので引き止められなかったのだと思います。
移転準備を進めるにあたり、退去日は決まったものの、肝心な移転先が、決まらず困っていました。
あと1ヶ月で退去というところになって、以前から沖縄北部で土地建物相談所を運営されていた男性に、今までの経緯を説明しました。
唯一、真剣に私たちの話を聴いてくださり、いろいろと相談に乗って頂いていた方でした。
そうしたら、いきなり「荷物の置き場に困っているのなら、ここに送っても良いよ」と!!
まさかのお返事に私の方がビックリ( ゚Д゚)!!
お話によると、以前、沖縄そば屋を経営していたらしいのですが閉店後、放置しているとの事で、お座敷型の広い畳の間が廊下を挟んで30畳程あるとの事。
主人に話をして翌週に早速、現地調査に行ってもらいました。
私たちの引越し以外にスタッフを3名連れて行く事になっていたので、かなりの量の引越し荷物を一カ所に運び込まなくてはならなかったのです。
沖縄に調査に行っていた主人からの報告によると、広さも十分あるので、そこに個室を4つ間仕切りし、ドアを設置し、シャワーを取り付けたら十分住めるとの事で大工さんを入れて改装してもらう事にしました。
お家賃も格安料金で、しかも、お店のスペースも駐車場も広かったので、そこで全て補える、私たちにとって夢のような場所でした。
オーナーさんも長年、何も使っていなかった場所だから返って綺麗にして貰えて嬉しいと喜んで頂けました。
後で知った話ですが、そのオーナーさんは、大地主さんの息子さんで地域では、とても有名な方だそうです。
沖縄の方にしては珍しく勤勉で日中は、ほとんど外に出る事がなく、お隣にいても月に1度会う程度でしたが、その距離感がちょうど良かったように思います。
思いがけず良い人と場所に出会えて救われる思いでした。
引き続き沖縄への移住に続きます。
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