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すべりだい 3

今から15年以上前の午後9時。
絶賛残業中だった。
といっても、事務所に残ってるのは俺くらいだったので、
メールを確認する。
パティ子「ケーキが焼けたよー。帰りに寄ってくれる―?」
俺「わかったー。疲れてるから、甘いもんがいいわー。微笑」

美人「お疲れさま、週末は会えるの?」
俺「今週は大丈夫そうやよー。がんばって仕事終わらせるわー!」

パティ子「えー、きたらもっと疲れると思うでー。笑」
俺「ほどほどにお願いします。」

美人「じゃあ、行きたいところがあるから、ドライブがいいなー。」
俺「わかった!じゃあ、また時間とか決めよな。」

もともとメル魔だったので、2人に返信をすることは苦でもなんでもなかった。
パティ子は神戸でも結構有名な店にいたので、稼ぎ時の土日祝にはお誘いはこず、逆に美人な彼女はお堅い研究職についていたので、土日メインで会っていた。
パティ子は、もう俺に試作品を食わすまでもなくなっていたはずだが、
しばしば俺に甘いものを食わせ、そのお礼にまた自分を食べさせた。
美人な彼女に会うのは1週間に一度くらいだったが、彼女ともまぁ、その、がんばった。笑
そう、このときまではまだスケジュール管理が楽勝だった記憶がある。
(若かったし。)

その均衡を破ったのが、キララちゃんだった。
こいつはヤバかった。今までお付き合いした子で一番ヤバかった。

出会いもほんと今から考えても意味が分からない。
キララちゃんは、キャバ嬢だった。
なぜキララちゃんかというと、まぁ、あれだ。
整形はしてなかったけど、キララちゃんにいろいろと似ていたのだ。笑

ちなみに、俺は夜の街関連に関しては、まーったく興味がない。
昔も今も、一切興味がない。
キャバクラにいったのも、連れられて行ったのが2回ほどあるだけ。
「なんで女の子にお金払って、横に座ってもらって、お酒飲んでもらわなあかんねん!」という信条だから。
職業に貴賤はないし、綺麗なおねーさんは嫌いではないのだけれど、
親父がそういう夜のバーを経営してて、親父の店でそういうおねーちゃんに幼いときに触れあったからかもしれないけど、もう、おなかいっぱいだった。(何よりも、化粧の匂いが苦手なんです。)

もちろん、キャバ子との出会いも、いわゆる「職場」ではない。
地下鉄の駅で、出会った、いや、出会ってしまったのだ。

その日は、新築マンションの引渡日が近づいており、その日の朝に300セットほど登記申請書を出さなければいけないということで、かなり切羽詰まって、申請書を作成・チェックをしていた週だった。
当然、毎晩終電。
ヘロヘロで毎日帰っていて、精神的にも肉体的にもボロボロだったのだが、そのかいあってか、引渡日当日も無事申請できて、その日ばかりは定時に帰路に就いた。
といっても、まっすぐ帰るのもなんだなと思って、今はなきミナミの鉄板焼き屋で、つつましく祝い酒をして、結局終電で帰ることになった。

当時住んでたところは、地下鉄御堂筋線の長居駅の近くだった。
便利な駅なので乗り降りする人も多く、終電にも関わらずホームにも、かなりの人がいた。
けっこう出来上がっている人もたくさんいて、はいはい、みんな幸せねー、と思っていたら、突然、
「ほんま、いややー!あームカつくあの客ぅ!!!!
 私のおしりはそんな安ないわ!!」
とまぁ、何かにお怒りな、すごいハイヒール履いた若いおねーちゃんが叫んでいた。
パッと見で、水商売の子やなぁ、とわかった。
はい、興味なし、とスイッチを切ったのだが、どうも足取りがおぼつかない。
フラッフラ、あぁ、酔うとるなぁ、と思ってみてたら、ほんとに泥酔状態。
ふと、同じように酔っぱらってたおっさんが、その子の前に急に出たもんやから、その子が避けようとして、ハイヒールをぐきっといわしてから、身体のバランスを崩して、線路の方に身体が傾いた。
「えっ?」という彼女の顔が一瞬ゆがんだのが見えた。
ゆっくりとゆっくりと、暗闇の線路に向かって、彼女の身体が傾いていくのが見えた。
気づいたときには、手を伸ばしていた。必死に伸ばした。
「あぁ、これ、テニスのボレーするときみたいな感じやな。
 でもあかん、届けへんやつや、これ。」となかば諦めたかけたときに、
手首に届いた。
痛いかなと思ったけど、がっと掴んで、ホームに戻した。
驚くほど、軽かった記憶がある。

当時も今も、俺は非力な優男だが、彼女は助かった。
代わりに、俺の眼鏡がホームに落ちていった。苦笑

しばらく何が起こったのかわからない表情をしてたその子がふと、
「これはセーフやよね?」
と聞いてきた。
「あぁ・・でも、眼鏡はアウトやな。」
とだけ俺は答えた。

そこから駅員さんを呼んできて、俺の黒縁眼鏡をマジックハンドみたいなので取ってもらっている間、彼女はずっと座っていた。
よく見たら、ハイヒールの足は折れてるし、足首をひねったようだった。
ただ、駅員さんはもう終電だし、そういう酔っ払いには辟易としているようで、彼女の様子に気づかず、帰って行ってしまった。

「あんたな、女の子が苦しんでたり、泣いてたりしてたら、助けてやるんが、男やで?わかってるか?」

これがオカンの口癖やった。(死んでない)
今から思えば、なんでそんなお節介をしたのか、その当時の俺に小一時間問い詰めたい。苦笑
ほんまに母親の教育は呪いに近いなと最近、つくづく思う。

「歩け・・へんよな。フラッフラやし。」俺がそう声をかけると、
「うん、もう足ガクガクやし、生まれたての小鹿みたいやわ。」と答えよった。
「生まれたての小鹿は、まず、ハイヒール履かんし、泥酔もせんわ。苦笑」
そんな返しをしつつ、肩を貸してやり、ハイヒールは脱がして、裸足で歩かせて、とりあえずホームを出た。

そうしたら、改札出たあたりで、突然座り込んで、うとうとしはじめた。
「うわっ!めんどくさ!!さすがに、これ以上は付き合いきれんわ!」
と、その場にそっとリリースしようと思いかけたとき、さっきの駅員さんと目が合った。


鬼のような目でこっちを見ていた。苦笑

するとその時、またオカンの遺言が降りてきた。(まだ死んでない。)

「あんたな、女の子が苦しんでたり、泣いてたりしてたら、助けてやるんが、男やで?わかってるか?」

で、どうしたか。
とりあえず、家に持って帰りましたよ。苦笑
抱っこして。

長なったから、続きはまた明日。


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