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すべりだい 4

俺「斉藤様、本日はお忙しいところ、お時間を頂戴し誠にありがとうございました。こちらで以上となります。お預かりした資料のうち、下兵庫信用金庫さんの方にお渡しする書類以外につきましては弊所で保管をさせて頂きます。以降のやり取りに関しましては、郵送やお電話でさせて頂きますので、引き続き、よろしくお願いを致します。登記が完了いたしましたら、ご連絡の上、登記済み書類のお送りをさせて頂きます。配達証明付き郵便にてお送りすることになります。
藤木さん、お支払日やその他商品のご説明に関しては、御行からのご説明ということでよろしいですね?」
信金「はい、承知いたしました。桑津さんも本日はご足労頂きありがとうございました。斎藤様の登記の件、よろしくお願いします。」
俺「承知いたしました。それでは斎藤様、藤木様、お先に失礼を致します。」

その日もいつものごとく取引先の金銭消費貸借契約に立ち会い、登記に関する書類を取りおえた桑津さん(俺)は、これからのことを淀みなくスラスラと言い切った後で、早く近くのラーメン屋で濃厚鶏ガラらーめんを食すべく、小柄な事務のお姉さんにあとを引き継いで、取引先を後にした。

司法書士事務所の補助者になってもう、6年。
最初は単発の依頼のお手伝いしかさせてもらえなかったが、未経験ながら大学入学前には2年間土地家屋調査士事務所で働き、法学部在学中はうちの顧問の弁護士先生の鞄持ちをしたり、大学の無料法律相談会にも参加したりしていたこともあって、司法書士業界になじむのには時間がかからなかった。

今ではこの下兵庫信用金庫さんのうち、兵庫県内の4支店を担当し、借換案件の営業を任されていた。他にもハッピーライフな玉ホームの戸建案件、さらにプランズシリーズの塔急不動産やプリリアシリーズの塔京建物、リバイオシリーズの信日鉄都市開発の新築マンション担当として、スポット的に400から500戸の登記依頼を担当させられていた。

量的にはかなりキツイ。立て込んでくると、デスマーチさながら、マンション申請が2,3社かぶった申請日の前の日は、事務所に泊まり込むことも幾度もあった。
今から思えば、一人でやる量ではなかったと思うが、若かったのと残業代が青天井で付くという条件だったので、やればやるだけ金になった。
(基本給は20万円でクソ安かったけどね。)

同僚がバタバタ辞めていく中で、平然とこの量をこなしていたこともあり、所長からすれば、書士の免許もない俺だけど、
「ま、いっか、こいつにやらせておけ。」
的な感じだったと思う。(代わりはいくらでもいる!とほざいてたし。)

勤めて6年ということは、もう卒業して6年も経つのか。
ほんとになりたかった弁護士は、金銭的な問題でロースクールに行けずに諦め、漫然と勤め始めた司法書士の事務所では、テイの良い使い捨て要因として、馬車馬のように働かされている。
司法書士の資格を取ろうと思って入った事務所だが、そんな時間は一切なく、実際使い捨て要員だとは自覚はしていた。

大学の同期では、もう独立して法律事務所を持っている奴もいた。
大学時代から真面目で、市役所に入り、最近二人目の子どもが生まれたってメールくれたやつもいる。
俺はいったい何のために働いているのか。
そんなこと考える暇があったら、一件でも営業先を回って、案件拾ってこい!
そして早く事務所戻って、申請書を作れ!
そんな矛盾する所長の命令をただ毎日こなし続ける日々が続いていて、確かに経験や知識は増えたけれど、日々何かを失っていく感覚だけはかろうじて残っていた。
そろそろ限界がくるのではないか、とも感じていた。

ロストジェネレーションの申し子みたいな俺とは対照的に、俺たちの年代の中でも、その当時の不動産業界に飛び込んだ奴は別だった。
その当時、新築マンションラッシュが続いており、取引先に生息している仲の良いツーブロックゴリラどもからは、ひっきりなしに遊びのお誘いがきていた。

ツ「おーい、仕事バッカしてたら人生おもろない
  やろー!
  今度の火曜さ、なんとViViのモデルのねーちゃん
  たちと合コンあるねん!
  一人枠空いたから、特別にご招待!! 
  来るやろ?なぁ。
  いつもの鉄板ネタ披露してーなー!
  あれあれ、落ちていっぺん死ぬやつ!」

俺「死んでないわ!
  っつかさ、お前らが絶好調だと、
  俺が死ぬわけよ。お仕事いーっぱい。
  あんだすたん?
  残業あざーす!
  遊び?そんな暇はない。」

ツ「はー?!デルモやぞ、デルモ!!
  足なっがー!なおねーちゃんやぞ?
  好きやろ?」

俺「いや、モデルはそこまで興味ない。」

ツ「嘘つけ!!この前ミナミで一緒に歩いてた
  ねーちゃんなんやねんあれ!!
  どこでつかまえてん!!
  紹介しろよ!!」

俺「(えっと、誰のことだ?キララかな。)
  あぁ、あれはイレギュラーや。
  ある意味、事故や。厄災や。
  いつでも紹介するが、後悔するぞ。
  ともかく、今週来週はあかん。
  ってか、お願いしてる建確まだか?
  あれなかったら、調査士動かれへんし、
  表示動かんかったら、こっちも用意
  できんぞ?」

ツ「え?はいはい、りょうかーい!!
  っつかさ、ちょっとは遊べよ。
  モテへん男は仕事もできんぞー。
  俺も今度の合コンでちゃんとした
  彼女つくる!モデルの彼女!
  じゃあなー。(ガチャ」

俺「(あのノリは絶対に、建確のこと
   忘れとったやろ。。)」


ちょっとは、遊べ、だと?
ほんまやそうやな。
禿同やわ。

人生、ちょっとは遊ばないといけない。
「ちょっと」遊びたいわ、俺も。

「ちょっと」だけでええねん。。



ある日、仕事の合間に私用携帯のメールチェックしたら、メールが4通来てた。
上から対応していく。

美人「お疲れさま、あっきー!
   次いつ会えそう?
   最近デートっぽいデート少なくて
   さみしい。」

俺 「ごめん、ほんとごめんな。
   いま仕事が山積みで、2週間ほど
   したら、ゆったりできそうやわ。」

美人「うん、早く2週間経ってほしい。
   そうそう。
   あっきーとお付き合いして5年経つし、、
   お母さんがさ、そろそろって。。」

俺 「え、でも、苦労して院まで行って
   資格とって、バリバリ働きだした
   とこやん?まだよくない?若いんだし。」

美人「あっきーはそういうけどさー!!
   ・・まだ足りないのか。」

俺 「え、何が足りんの?」

美人「思い出がある場所集めてるの!
   7つ集まったら、結婚できるって、
   誰かが言ってたから。。」

俺 「うん、それ、ドラゴンボールやな!
   (たまに天然入るな、こいつ・・)
   お仕事で疲れてる?
   ま、今週末には時間とるよ!」

美人「あっきー好きー!!
   あ、じゃあ、まだ行ってない、
   りんくうのアウトレットと
   観覧車行きたい!
   これで5つ目やわ。
   あと2つで・・・」

オメェちょっと、病んできてっぞ?
でぇじょうぶか!?
オラちょっくら心配だぞ。。

人のお悩み相談に乗るお仕事してるのはええけど、病んだ人相手にしてるから、だんだん侵食されてるぞ。。
もともとちょっと弱いとこあるからなぁ。。
かなり心配になって来た。


次。

パティ子「やっほーい。⸜(๑⃙⃘'ᵕ'๑⃙⃘)⸝⋆︎*゜
     新作作ったから、口の中に放り込みに
     いくね!今日あきくん、
     何時に終わる?」

俺   「今日か・・・そやな、11時過ぎ
     くらいやな。」

パティ子 「おっけー!!( ・∀・)b
      まずは腹ごしらえで♡」

まずは、ってなんだ?と打ちかけてやめる。
こいつはほんと底抜けに明るい。
そしてメールも簡潔、短め。
仕事の方も、ちょっとした新作を手掛けるチームに抜擢されたりして、とても楽しそうに仕事をしている。
いつもこっちが元気をもらう。
ただ、人をチョコまみれにして遊ぶのはやめてほしい。。
今日もなんかやられそうだから、体力温存しておいて、こっちから仕掛けてやろうか。。

で、次。
見てないけどわかる。
たぶん、疲れる奴。

キララ「キララでーす!😘😘
    N〇ke心斎橋店では、
    日本でここだけ!最新のアプリを使って、
    自分でシューズデザインをカスタマイズ
    できる新作シューズを発売中でーす!」

俺  「すみません、このメーリングリストから
    俺のメルアドを削除してください。」

キララ「冷たいなぁ。。
    もうちょっとで私、売り上げトップに
    なれるんやけど、
    売り上げ手伝ってくれたらうれしい😍😍
    次、いつ私の家来てくれる?🥺🥺」

俺  「いつまでも、お水の匂いが消えんのぉ。。
    ってか、売り上げの手伝いやのに、
    なんでお前の家に行くんや?
    店でええがな。
    転売でも始めたんか?」

キララ「そんなんするわけないやん!!
    私がこの店舗を日本一にしてみせるん
    やから!
    そのための、
    ま・く・ら・え・い・ぎょ・う♪💋💋」

俺  「露骨すぎるねん!!
    枕営業する奴は枕営業っていっちゃ
    だめなの!
    ちょっとは奥ゆかしさを学べよー!
    俺はそんな期待もしてへんし、
    頼んでもない!!
    それでなくともお前のお願い
    聞いてたら、玄関ナイキの靴ばっかりに
    なっとんねん!!
    足は2本しかないねんし、
    そんなに要らんわ!!」

キララ「えー、だってさ🥺🥺
    指輪はお揃いのを、あの女と付けててさ、
    もう付けられへんって言ってたしさ🥲🥲
    これやったら二人で考えた愛の結晶
    シューズやん。
    運動音痴なあの女は絶対に履かへんやん😈
    そやから、せっかくお揃いの靴履けるかな
    って思ったん。。。
    私が勝てるとこいうたら、おっぱいと
    運動能力しかないやん。
    アホやし私。。」

俺  「お、おぅ。。
    お前はお前でええもん持ってるし、
    努力もしてる。
    比べんでええねん、比べんで。
    わかったわかった!じゃあ、それ買うわ!
    買います!!買わせてもらいます!!
    一緒に履いて、またバスケしよ!」

キララ「やた!!\(^o^)/
    お買い上げありがとうございますぅ!!
    2足合わせて4万円ですぅ!!😌😌
    可愛い紐どめも付けたいから、
    プラス4,000円頂きまーす!🤑🤑
    大丈夫大丈夫!社割使うから、
    もうちょい安いよー!!」

俺  「え、4万??
    あ、はい、よろしく。。」

キララ「よしっ!これでまたトップやわー!!
    安心して―、こんなお願いするのは、
    あっくんだけやから!!😘😘
    寝るのもあっくんとだけ!!
    じゃ、また売ってくる―!!」

「寝るのも」か。。
他にも養分おるんやな。。(ご愁傷さまです。。)
そのことについて、嫉妬の気持ちは全く湧いてこない。
ま、可愛いもんな。若いし。
武器は磨けよ、といつも言うてるし。
(そういうとこ、甘い。)
ってか四万!!
また俺の可処分所得がすり減っていく。。
俺は何のために残業して、残業代を稼いでいるのか。(靴のためですかそうですか。)
10年以上経った今でも、スポーツシューズ見ると軽い頭痛が起きるのは、キララのせいかもしれない。。


で、最後4通目。
あれ、知らんメルアドから来てる。

「お疲れさまです。藤木です。
 先ほどはお手数をおかけいたしました。
 平原さんからメルアド、教えてもらいました。
 ちょっとご相談がありまして。
 またいつでもいいので、ご連絡ください。
 こちらが私の私用携帯です。090-××××-××××」

藤木?先ほどはお手数を?
平原さんから聞いた?
最初、わけがわからなかったので、送り間違いかなと思って、そう、送り返そうと思っていたら、はたと気づいた。

下兵庫信用金庫 西宮支店の藤木さん?
さっきの事務の女性か!
仕事はするけど、あまり話したことはない人だった。話しかけはするんやけど、仕事柄あまり私語はあかんのか、俺が苦手なのか、あまり会話が弾まない。すぐ、下向いちゃって、お仕事に戻っちゃう人。(いません?そういう事務員さん。)
いつもすごくおとなしい人、っていう印象。
仕事はできるともできないとも言えないレベル。
めっちゃ気を使いながら仕事してるなーって感じてた。
幸薄い系。女優の麻生久美子さんに少し似ている。
背も低かった気がするけど、あまりはっきり印象に残らない感じの人だ。

逆に、俺のメルアド教えたっていう、平原さんっていうのは、年上の肝っ玉母さん的なタイプの人で、
すげーフランク。
通称、平原ママ。みんなのママン。

信金の担当持った時からのお付き合いなので、付き合いは長くて、いろいろ世話になっていた人。

ただ、色恋まったくない飲み友達である。笑

二人で飯食いに行くと、たいがい二人とも浴びるように酒を飲み、お互いの社畜の境遇に泣いてから、店内で抱き合い、チューして終わる。

二人とも、記憶をなくしているので、そこからはまったく発展しない。
セーフである。笑
まぁ、超顔の広い平原さんのことだから、藤木さんも聞きやすかったんだろう。ってか、勝手にメルアド教えたんなら、一報入れておけよな。。苦笑

相手がわかったら、ひと安心。
ビジネスメールモード発動。

「お世話になっております。
 ウェストロード合同事務所の桑津です。
 本日はお客様へのご対応にご同席頂きまして、
 ありがとうございました。
 ご相談ということでしたので、ご連絡差し上げ
 ようかと思いましたが、知らない番号から
 掛かってくるのも失礼かなと思いまして、
 まずはメールいたしました。
 こちらが私の私用の携帯番号になりますので、
 また明日以降こちらからお電話をさせて頂き
 ます。今後ともよろしくお願いを致します。」

二回ほど文面をチェックして送信。
するとすぐに私用携帯の方に着信があり、
出ると藤木さんだった。
初めてきちんと話した感じがした。

藤「あ、桑津さんですか。すいません、
  お仕事中に。」

俺「あぁ、藤木さん、お疲れさまです。
  大丈夫ですよ。どうかしましたか。」

藤「ちょっとマズいことになってまして。。
  社内規定に引っかかるかもしれないと判断
  されましたので、ご連絡を致しました。。」

社内規定キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
やばいでしょ、これ。
わざわざ事務所や社用ケータイにかけてきてないってことは、相当気を使ってくれてる!?
俺、なんか悪いことした?!

ってか、しまくってる!!

女性関係だよな?!
なんでバレた?!
・・・平原さんか!!!!!
平原ママめ。。あれだけ他人には言うなって釘刺したのに、酔っぱらったときにお前の色恋沙汰をどうしても教えろってひつこかったし、言わないと舌入れるぞ!って脅されて、さすがにそれは勘弁してもらいたくて、話したんだっけ。。

やべぇな。。
それにしても、かなりやばい。
事務所に伝わるとマジでやばい。
所内では真面目くんで通っている。
仕事ばかりしてて、プライベートも全くないっす、で通してる中での、初の桑津くんスキャンダル。
一応法を司る事務所だからね、体裁気にするんですよ。(労働基準法守ってないくせにね。苦笑)


俺「しゃ、社内規定ですか?!
  そ、それはおおごとですね。
  具体的に私の何が問題なんでしょうか??」

藤「え?いや、桑津さんが悪いとか
  そうじゃなくて、私がやらかして
  しまったんです!!」

いやいや、早とちりって怖いよね。苦笑

「私がなんで怒ってるかわかる?」ってやつね。

自爆しそうになったじゃねーか!!
こんな展開じゃ、てっきり俺がなんかやらかしたって思うだろーが!!

ほっとした気持ちで、とりあえず話を聞くと、お客様から預かった書類をなくしてしまったらしい。
書類というか、金銭消費貸借の契約書を。
これはまずい。非常にまずい。
そら、社内規則に引っかかるし、色々まずい。

探せど探せど見つからない。おそらく、社内監査があった際に書類の移動があり、どこかのファイルに挟まっているだろうということであるが、実行はあと3日後である。それでかなり焦っている、と。

そこで平原さんにも相談したらしく、俺に白羽の矢が立ったとのこと。
なんで、俺なのよ。。
(理由はあとで、平原さんから聞いた。。)

俺「え、でも、それなら巻きなおすしかない
  ですよね、契約書。
  日付とかの問題があるから、それは
  上長に確認しないといけませんけど。
  やっちゃいけないことだとは思いますが、
  まだそんなクリティカルなミスでは
  ないかと。。」

藤「確かに、上長も取り直してこい!とは
  言ってたんですけど、
  なくした金消の契約者・・
  木下さんなんです。。」

俺「あの、ネチネチ系の木下さん?!」

あぁ、それでこんなに憔悴してるのかと理解した。

1週間前契約した木下さんは、いちいち細かいおっさんだった。
やれ条文がおかしい、書類の折れ目が汚い、金利が言ってたのと違っている(違ってない)等々。
いわゆるクレーマーなのだが、信金もお付き合いというのがあって、「会員」である木下さんのワガママは飲まないといけないらしく、それでなくてもめんどくさい相手なのに、藤木さんは些細なことで、木下さんを今まで2回ほど激怒させていたらしい。

それにきて、契約書の紛失である。
藤木さん、アウトー!!である。
しかもこの藤木さん、契約社員だったので、今回さらに何かあると、更新に関わると上長からも脅されているとのこと。

最初聞いたときにはめんどくさいなー、と思ったけど、人の進退がかかってて、さらに平原ママの後輩となると、手伝わざるをえない。

あとから、平原さんにこのこと伝えたら、こう言われた。

「いやー、あんたやったら、絶対に
 助けると思てさ!
 それとまぁ、ええ機会やと思ったし・・。」

人をなんやと思ってるねん。笑
それでなくとも、忙しいのに。
最後の方は、何がええ機会なのかわからなかったが、とにかくあと3日しか時間がない。急がないといけない。

俺「わかりました。これはちょっとイレギュラーな対応なので、上には伝えませんが、よろしいですか?それと木下さんは怖いとは思いますが、担当者として同行してください。よろしいですね。
では、できれば明日お伺いできるように時間だけアポを取ってください。司法書士事務所の人間が追加押印がほしいといっているので、と伝えて。
時間が決まったら、また折り返し下さい。」

それだけ伝えて、電話を切り、方策を練った。
木下さんは甘いものが好きと言っていたので、明日行く前に阪神百貨店で和菓子を買っていこう。
完全に女性蔑視のクズ野郎だったが、俺とは相性が合ったから、初手で全力出したら、悪態つかれても最悪でも再押印は可能だと思いながら、
「俺が謝るためのエビデンス」を作成する。

藤木さんから折り返しがきて、明日アポが取れた、夜の7時だがいいかと。
ほんとはクソ忙しいのでコアタイムなその時間は
ご免こうむりたいが、それを逃すとアウトである。承諾して、待ち合わせの場所を決めた。


次の日6時半ごろに、最寄り駅で藤木さんと待ち合わせ、手土産持参して木下家に到着。
かなり大きなお屋敷で、奥さんや娘さんが出迎えてくれて、木下さんとご対面。

「こちら、木下様がお好きな和菓子でございます。つまらないものですが、」と前置きを入れつつ、間髪いれずに、頭を思い切り下げ、

「申し訳ございません!!実は木下様からご署名・ご押印頂きました金銭消費貸借契約書ですが、私のミスでこのような無残な形になってしまいました!!
本当にお詫びしようがございません!!
申し訳ございません!!!」

そういいながら、ボロボロになってしまった金銭消費貸借契約書を小脇に抱えながら、板の間に土下座した。

人生、初土下座。笑

こっちは演技してるから、まったく恥も苦痛もない。(むしろ気持ちよかったくらい。)

奥さんや娘さんが、目を丸くしてびっくりしていた。人が土下座するなんて、まぁ見ないことだしね。
当の木下さんも、さすがに奥さんや娘さんの前ではいつもの調子が出ないのか、

「そんなそんな、まずは話を聞くから、
 土下座はやめなさい土下座は。」

そんな感じ。苦笑

この時点で、

「勝ったな。」

と確信した。

それから、実は・・ということで、事情を説明した。
もちろん、嘘のね。

どういう方便にしたのか。

今は知らないけど、その当時、金銭消費貸借契約書に署名・押印する段階では、担保対象となる物件の印字は空白だった。

本来は署名・押印する前にきちんと印字しておくのが正しいやり方だとは思うけれど、信金含め、銀行の人たちは絶対にしなかった。(中には先に印字して持ってこい、っていう銀行もあったけどね。)

めんどくさいうえに、その当時のドットプリンターの性能からいって、頻繁にジャムって、最悪、
ガガガガガガ!!!!
っていう断末魔をあげながら、契約書がプリンターに飲み込まれていくからだった。

複写式とかになってるんですよ、昔の金銭消費貸借契約書とかはね。
(り〇なとか特にクソ。苦笑何枚複写入っとるねん。)
だから用紙送りで噛んだり、逆に滑ったりして印字がズレて、すごいことになる。

ほんと、あの音だけは未だに耳から離れない。
だいたい、深夜に発生する悪魔の叫び声。
物件の印字はほんとは「一行ずつ印字モード」をすべきなんだけど、明日までにあと30枚くらい物件印字しないといけないっていう、「デスマーチ行進中」のときは、一度に印刷できるモードの誘惑に勝つのは困難だ。
そして、たいがい、賭けに負ける。
契約書がちぎれて、ただの紙切れになる。
こうなると、使えない。この契約書で何千万も借りるわけだし、揉めた際めんどくさいので、銀行はすんげー怒ってくる。
その癖、自分では絶対にしない。
そう、それが銀行。
それは私共の仕事ではございません!とか言ってくる。

「俺らが必要なのは設定契約書であって、金銭消費貸借契約書なんて登記でいるかボケー!!!」

そう叫んで辞めていった事務員を何人か知っている。

えらく脱線してしまった。苦笑
なんか銀行のことボロカスに言った気がするが、この際、考えないことにしよう!笑

まぁとにかく、金銭消費貸借契約書の物件打ちをミスってしまったときは、ひたすら謝って、訂正印なんかをもらいに行くしかなかったのである。

俺もすでに何度かやっちまって、菓子折り持って謝りにいったことがあったのだ。

そんな経験があったので、ピーんときて、今回の作戦が思い浮かんだ。

木下さんの契約ももちろん、物件の印字がしてなかったので、預かった契約書を俺のミスでグシャっとしちゃった、ごめんなさいね!ってことにしたのである。

名付けて「全部、私のミスですんません!作戦」


これなら藤生さんは巻き添え食った可哀想な担当、になる。
ま、木下さんが俺の事務所に直でクレーム入れてくるかもしれんが、そんときはそんとき。
信金さんに助けてもらってもいいし、それができないんだったら、ハゲデブ所長ぶん殴ってから、やめりゃいいと思ってたし。

ただ、勘のイイ人は気づくかもしれない。
そう、今回は契約書を紛失してしまっている。
ないものに、印字はできない。
どうしようもないのである。

そこで、どうしたのか。
ええっと、まぁ、署名・押印したらコピーも取ってるわけでね・・
空の金銭消費貸借契約書なんていくらでも手に入るし、あとは・・。(ごにょごにょ。)

良い子の皆さんはしちゃだめですよ。
(私文書偽造になります。)

この状況で「その紙を見せてみろ!」とは言わないと思ったし、実際、私の劇団四季張りの大声の演技に圧倒されて、それ以上突っ込んでは来なかった。(小学校の時、演劇部に入っていてよかったぜ。)

とにかく、特に怒られもせず、予想以上に奥さんや娘さんから同情され、気にすることはない、この人の署名・押印で済むのでしたら、いくらでもさせますから、気にしないでください、とまで言われ、
奥様には本当に感謝した。

聞いたところによると、木下さん、婿養子とのことで、家の中では肩身が狭いのかもしれない。
だからといって、家の外で発散させんなよハゲが!と思ったんだけど、きれいな奥さんと、あまりにも木下さんに似てしまってる娘さんに免じて、退出する際も、満面の笑みにてお辞儀をして、木下家をあとにした。

そんなこんなで、時計を見ると9時半だった。
2時間以上演技してたので、そのときどっと疲れが出てきた。
そしたら、突然横で、藤木さんが泣き出すではないか!

俺「えええっ!どうしましたか?!大丈夫?!」

藤「はい、何だか安心して。。
  これでクビもなくなったかと思うと、
  涙でちゃいました。」

俺「あぁ、そっかそっか。微笑
  よかったですね。意外とすんなりいって。」

藤「それもこれも、桑津さんのおかげです!!
  ほんとありがとうございます!!」

俺「いえいえ、どういたしまして。微笑
  さ、帰りましょっか。」

そういいながら、駅までの道を二人で歩いて帰った。
途中、藤木さんのおなかが思いきり鳴って、夜道でもわかるぐらい顔を真っ赤にしてたので、

俺「そういや、偽の契約書とか作ったりして、
 二人ともごはん、食べてなかったですもんね。笑
 帰りに駅前のファミレスでもいきますか。」

と話を振ると、なぜかさらに顔を赤くしながら、

藤「ほんとですか?!ごはん一緒に?やった!!」
って。

そんなに腹減ってたのか。
かわいそうにって思いながら、そういや、平原ママも心配してたなと思い、電話で報告。

マ「そかそか、藤木ちゃんよかったなぁ。
  あんたにもほんま迷惑かけて悪かったなぁ。
  今度ビール奢るわ!
  ちょっと藤木ちゃんに代わってんかー?」

そう言われたから、藤木さんにパス。
代わってあげると、何かうれしそうに話した後、藤木さんは急に焦った声出して、

藤「いや、そんな。。ちゃいますよ、
  そんなんならないです。え、はい。
  そんなん迷惑ですよ!
  これからファミレス行くだけです。
  え、桑津さんにまた代わるんですか?
  先輩、余計な事言わんとってくださいよ!!

  はい、桑津さん、平原さんから。
  なんか余計なこと言われても、これ以上
  ご迷惑かけたらあかんので、無視、して、
  くださいね?」

なんなのなんなの??
女性陣、なんか企んでるの?

俺「はい、代わりましたけど。。」
マ「前にさー、ええ機会やていうたやん?
  どや?藤木。ええ子やろ?どんくさいけど。
  この件無事に済んだら正社になるし、
  よう働くええ子やで!」

いやいや、そういうことか。
俺はないだろ、さすがに。。

俺「いや、ママ、前に話したでしょ。。
  俺の事。。」

マ「ん?なんの話??忘れてるんやけど。。」

やっぱり覚えてないんかい!!!
ほんま飲んだら記憶なくす人やな。。
(まぁ、好都合だったけど。)

マ「そうそう。
  藤木ちゃん、酒めっちゃ弱いから、
  絶対に飲ましたらあかんで!!」

俺「まぁ、ファミレスですし。
  わかりました、気を付けます。
  じゃあ、また明日朝、顔出しますんで。
  お疲れさんした!」

そうこうしてるうちに、駅前にあるファミレスに着き、ようやく二人は晩飯にありつけた。

藤「それでね!桑津さん!!
  課長もひどいんですよ!!
  これで契約書取ってこれなかったら
  本当に更新はできないよ、
  何回目なのよ、こんなミスは!って
  いうんですよ!!
  あんたのミスでもあるんちゃうの!って
  話ですよねー!! クゥーッ!!”(*>∀<)o(酒)
  うちってほら、女性が多いじゃないですか!
  でも、実際は男尊女卑が横行してて。
  上の人たちってめちゃくちゃなんですよ!!
  浮気や不倫ばっかだし!私はそういうの、
  好きじゃないなー!!
  好きなひとは一人だけがいい!!
  私は一途ですよー!!(>_<)
  桑津さんはまだ独身だって、平原先輩から
  聞いてますけど、彼女はいますか?!  
  どんな子がタイプですか!?」

あれ、藤木さん、どうしたの?
キャラ変わってるよ?(^_^;)

事前の平原ママの情報があったのだけど、どうしても祝杯として一杯だけビールを飲むといって聞かなかった藤木さんがこの豹変。
酒が入ると変わるタイプだったのか。。
(それも言っといてよママン。。)

2杯目にかかってるけど、もう顔真っ赤。
ほんと酒弱い。

まぁ、さっきまで本当に心細い思いして、がんばって担当者として横にいたんだなーって思うと、
めんどくさいけど、今日ぐらい楽しく過ごさせてあげようと思って、彼女のマシンガントークの愚痴を聞いてあげながら、食事をしていた。

すると、である。

なんと俺の方の電車がなくなってる。
Σ( ̄ロ ̄lll) ガビーン

ここが、神戸の北の方の片田舎だということを忘れていた。
大阪市内に戻るすべは、もうタクシー以外ない。。
ここから大阪までゆうに2万はかかる。
事務所には内緒で来てるから、費用清算もできない。
また俺の可処分所得が。(T_T)

俺「え、まだ11時ですよね。
  あれ、電車がない。。
  藤木さんは大丈夫ですか?!」

藤「わたしーはー、ぜんぜんだいじょうぶれす!!
  こうべしない なんでー、タクシーでも
  20ふんくらい!」

俺「そ、それはよかった。
  じゃあ、タクシーで帰りましょう。
  送りますね。そこから俺も、タクシーで
  帰ります。」

藤「ふぁい!りょうかいです!
  きょうはありがとうございました!」

あかん、出来上がってもうとるがな。笑
ビール二杯でここまではっちゃけて、酔えてしまえるのが羨ましい。
そう思いながら、腕を支えつつ、駅前のロータリーでタクシーを拾って、彼女の免許証から住所を見つけ出し、一路、彼女のマンションへ。

途中、すやすやお休みモードに入る、藤木さん。。
安心しすぎでしょう。
横にいるのは3股中のオオカミさんですよー。。

どんくさいタクシーの運ちゃんのせいで、予定より大幅に遠回りされて、藤木さんのマンション到着。
しかし、藤木さんなかなか起きない。。

俺「着きましたよー。立てますかー?」

このやり取りを10分弱。

「どうするの?降りる?そのまま行くの?」

道を間違った癖に強気に出る運ちゃん。
やりばのない怒りが沸々と込み上げてきたそのとき、不意に藤木さんが起きて、タクシー代を払い、腕をつかんできたので、えっえっ?と思ってたら、一緒にタクシー降りちゃってました。

これ幸いと走り去るタクシー。
そこから、無言で腕つかんだまま、ニコニコしながらエレベーターへと向かう藤木さん。

こんな細腕のどこにそんな力あるねん、と思ってたら一言。

藤「平原ママが、さっき電話代わったときに、
  タクシーでは寝たふりするんやで、って、
  アドバイスくれてたんで。微笑」

って、なにアドバイスしとるねん!
あの酒飲み記憶喪失女め!!

そうこうしているうちに、藤木さんの家の中に入っていました。
あぁ、入っちゃったよ。
取引先の女性の部屋に。。
ま、帰れないしね、実際。今からじゃ。(タクシーもつかまんないし。)

藤木さんの部屋は、1人暮らしの女の子の家!って感じのこじんまりしたワンルームで、清潔感があって、いい匂いがする部屋だった。

その部屋の玄関で、しばし立ちすくむ男女二人。

藤「そうですよね、ふたり突っ立ってても、ね。
  始まらないですよね。
  じゃ、私から。」

珈琲でもいかが?みたいなノリで、そう呟いて、
藤木さんは、ひとつひとつ服を脱ぎだし、下着姿になったところで、俺のジャケットを脱がした。
それからシャツをズボンから引っ張り出してから、ひとつひとつボタンを外し始める。

丁寧な仕事だなーって思いながら眺めてると、外し終えて肌が露出したところで、藤木さんは俺の腰に手を回し、抱きついてきた。

そしてまた、一言、一言、呟くように藤木さんは言った。

「始めて会った時から、惹かれてました。」
「身体の大きい人が好きなんです。」
「こうしてひっついて包まれてると安心できて
 本当に幸せです。」
「いっつも先輩と飲みにいってるって話を聞いて
 て、羨ましいなと思ってたんです。
 でも、私、お酒飲めないしなぁって。
 チューまでしたんですよね?先輩と。
 ズルいなぁって、私とだっ」

もういい、充分伝わってるから。
そう言う代わりに、唇をふさいでキスをした。
身長差があったので、かなり無理をしたけど。
ドキドキしてるんだろうなぁって、ぴったり引っ付いた藤木さんの心臓からそれが伝わってくる。

いろいろ順番すっ飛ばしてる気がしたけど、藤木さんが俺のことをすごく求めてくれているんだなというのがダイレクトに伝わってきて、とても幸福な気分だった。

俺は求められて生きている。
ただ、漫然と生きているんじゃない。
誰かに求められて生きているんだ、と。

藤木さんは丁寧に俺を愛し、俺も彼女のそれに応えた。ゆっくり見つめ合いながら、何度も何度も。
そして二人仲良く眠った。
彼女の狭いシングルベッドで、小柄な藤木さんを俺が包み込むように窮屈に丸まりながら。

次の朝、木下さん宅ご訪問やら何やらで、予想以上に二人とも疲れていたらしく、起きなきゃいけない時間をかなりオーバーして、飛び起きた。
甘い余韻も味わう暇もなく、慌てて飛び起きて玄関に置いたままの服を着て、部屋を飛び出し、と、そのまえに、藤木さんの頬を両手で挟んでから、長めのキスをした。
少しでも朝の幸せな時間を味わいたかった。

そのあと、藤木さんと時間を合わせて、平原さんに会いにいったんだけど、平原さん、開口一番、

「あんたら・・なんかおんなじ髪型してるで?
 なんやの、その寝癖。笑
 え、ってか、あれから・・
 ほんまにしたん??」

バレるよね、流石に。笑
それはすごくすごく照れくさかった。

続く

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