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”終わりよければ全てよし”が、全てではない。

終わりよければ全てよし。
この言葉に惑わされすぎて、自分を丁寧に見つめることから逃げないようにしたい。

わたしは2018年8月から2019年2月までの半年間、海外インターンをしていた。

大学4年生、しかも後期からの休学。それまでずっと公務員講座に通っていたのに、試験を受けずに突然の海外インターン。卒業は同い年のみんなより1年遅れるし、イコール就職も1年遅れる。

正直、焦っていた。
この半年間のインターンで絶対に結果を出して、家族や支えてくれている人たちに恩返しをしたい、いや、しなければいけないと思っていた。

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わたしのインターン先は、セブ島にある語学学校。
留学に来てくださる方は、1週間、3ヶ月、半年など長さも様々だ。

毎週新しい生徒さんが来ては、卒業していく。
半年間も滞在したわたしは、出会いと別れをたくさん繰り返した。

毎週おこなわれる卒業式では、その週に卒業する生徒さんが、一人ひとり英語でスピーチをする。

涙ながらに成長を喜んだり、冗談を交えて笑いを誘ったり、一緒にがんばった講師や友人に感謝を述べたり。その人らしさが出るスピーチは魅力的で、いつも感心しながら聴いていた。


しかしいざ自分が卒業スピーチを考える番になったとき、書きはじめることができなかった。

半年間なんども聴いてきた卒業スピーチだから、型のようなものはわかっていた。その型をもとに自分の経験や思いを書いていけばすぐ原稿ができるな〜と思っていた。のに、無理だった。

理由は簡単で、「100点満点の半年間だった! 大満足!」とは言えなかったからだ。
できなかったこと、言えなかったこと、直せなかったこと。後悔を数えていけばキリがない。

「まだまだ全然足りないな」と思いながら毎日を過ごしていたけれど、いざ卒業スピーチという形で言語化しなければと考えると、余計に後悔の念が押し寄せてきた。


とても迷った。

お世話になったスタッフの方、授業をしてくれたフィリピン人講師、仲良くしてくれた生徒さん。
支えてくれた人たちが聴いている中でネガティブなスピーチをするのはよくない。

だけど最後の場で嘘をついて表面的に飾るのもよくない。

結局、後者の思いを優先した。
わたしは昔から人の顔色を窺いながら生きてきて、周りに合わせることが結局一番だな、と思っていた。

だけどインターンを通して、自分の思いに嘘をつかないこと、そしてその気持ちを周りに伝えることを学んだ。
大学4年生にもなって今更かよって思うけれど、でもわたしは今じゃなきゃ、その本当の大切さを理解できなかったと思う。

スピーチの全文は覚えていないけれど、
"後悔がたくさんあるけど、でもここに来たことは1mmも後悔してないよ"
"いつかどこかで幸せになるために、ここで学んだことを活かせたらいいな"

みたいなことを話した。


言いたかったことは、このインターンをゴールとはしないよ、ということだ。

卒業式で涙ながらに成長を語れる人は、本当にかっこいい。
自分で定めた期限のなかで、自分の定めたゴールに到達したのだ。ともすれば自分との約束は、一番破りやすいにもかかわらず。

わたしは自分との約束をきちんと果たせず、目標をすべて達成することはできなかった。

だけどインターンの終わり方には満足している。なぜなら卒業スピーチで「集大成だからよく見せたい」という気持ちに抗い、みんなの前で素直な気持ちを話すことができたから。

周りに合わせ、正解ばかりを求めていたわたしにとっては大きな成長だ。


終わりよければ全てよし。

目標をすべて達成できなかったことは、もちろん残念だ。
だけど卒業スピーチで嘘をついて「最高でした、ぜんぶ満足です!」と言ってその場を繕っていたら、今のわたしはいないだろうなと思う。

人それぞれ「終わり」は違うし、なにを「よし」とするかも違うよね。
結果の良し悪しだけに照準を当てて、本当に成長できたことを蔑ろにしないようにしていきたい。


おわり



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