NZ life|液体はこぼれるということを、
ニュージーランド生活48日目。
天気はれ。気温22度。夏の光で満ちている。
お風呂上がりに、つめたいオレンジジュースを飲むのが習慣になってきている。オレンジジュースを飲みながら、手帳に言葉を書き連ねていく。
頭に浮かんだことを次々と書き留めるのは、一日の終わりに釘を打ちつけているみたいで気持ちがいい。時々甘すぎたり苦すぎたりする言葉が出てきても、爽やかなオレンジジュースが打ち消してくれる。
ところがそのオレンジジュースをひっくり返してしまった。ハードカバーをコースター代わりにしていたのがよくなかった。そもそもソファの上に液体を置くのがよくなかった。ソファはみるみる黄色に染まり、オレンジのすっぱい匂いが部屋中に漂う。
慌ててタオルで拭くのだけれど、それだけじゃ全然足りなくて、新聞紙で上から押さえ、染み込ませる。
液体はこぼれるということを、わたしは時々忘れてしまう。
庭の木の枝が切り落とされて、地面に転がっていた。それらを捨てておいて、と言われた。
緑が生々しい枝木。まるで死んでしまった動物のように横たわっていて、なんとなく目を背けてしまう。
手早く集めて、ごみ捨て場に放り込んでしまおう。そう思って落ちている枝を拾い上げると、手に激痛が走った。よく見ると枝には、ものすごく太くて長いトゲが等間隔に並んでいる。
血が流れる。身体の内側から外側に出てきたばかりの赤い液体は、横たわっている深い緑の枝木と同じくらい生々しくて、思わず見惚れる。
液体はこぼれるということを、わたしは時々忘れてしまう。
槇原敬之の曲をおすすめされたので、サブスクで探す。冬の曲で、クリスマスの曲で、大切なひとたちのことを想う曲で、わたしは余計に一人ぼっちの気持ちになる。
音楽を聴く時はいつも、歌詞に釘付けになる。どんな曲でも「うわ、好きだな」と衝撃を受けるのは、歌詞に心惹かれた時。
「どんな人生を送ったらこんな詩が書けるのだろう」とくらくらしてしまう。
プレイリストは次の曲に移る。私が槇原敬之でいちばん好きな『遠く遠く』が流れる。遠く離れた地、ニュージーランドにいる今の状況で聴くと、骨身に染みるかと思えば、案外そうでもなかった。直接的すぎるのはかえって、響かないのかもしれない。
さらに次の曲に移り、画面には『どんなときも。』の文字が表示される。
最初のフレーズが飛び込んできた瞬間、目の前がくらくらしてきた。
ああ、これはだめだ。この曲に打ちのめされる、と直感で分かった。
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