希望という名の未来

日本…平和で暮らしやすい国、生産技術も高く日本製といえば世界のどこにも負けない品質。こんなイメージを持ち続けている日本人、外国人はまだ沢山いるのだろう。

昭和27年(1952年)日本は第二次世界大戦での敗戦から平和条約が結ばれ、ここから国の再建と復興が始まる。ちなみにこの年に産まれた方は今、70歳である。アメリカの後ろ楯があったにせよここから日本は急速な経済成長をしていく。自給自足が当然の生活、地域での親交関係が強く物々交換などで生活に必要な物はほとんど手に入った時代であろう。その後、経済が発展し、交通手段が良くなり東京や大阪といった大都市がいち早く成長する中で労働という面でも賃金という面でも魅力のある場所を求めて人々が集まる。集まれば集まるほど発展は加速し、溢れ出た経済の波が日本全国に流れ出て昭和61年(1986年)にバブルという好景気に突入するのである。
バブル好景気といわれる時代(1986年~1991年)ちなみにこの年代に産まれた方は今36歳~31歳になっている。この好景気で人々が潤っていたのはこの年代の親世代であろう。
しかし、好景気も永遠に続く訳ではなく株価の暴落によりバブル崩壊という不景気(デフレ)の始まりが1991年以降、今も続いているという事である。
株価や地価の暴落は自然に起こった事ではない。景気が過度に上がり続ける事を危惧した日本銀行の金融引き締めが原因である。これは問題ではなく調整するのは当然の対応だと私は思う。しかし、この金融政策で多くの人々があてにしていた物を失い持っていた物の価値を下げられ、いわば損をした人が多く出た事も事実である。一旦下がってしまった景気、これがなぜ今も下がりっぱなしで上がらないのか…それは好景気の時代に儲け、蓄え揺るぎない基盤を作り上げた一部の人々が景気を上げる事を拒んでいるからである。前にも言っている通りバブル期に景気の上昇を危惧した『日本銀行』が金融政策を行ったとお話ししたが、もちろん逆も可能なのである。不景気から脱却する為に金融緩和するといのは政府の意向で日本銀行が行えるという事だ。

なぜ不景気から脱却するような対策をしないのか?多くの人々が思うであろう。

不景気といえば労働者は低賃金で給料がなかなか上がらない。物価はどんどん上がり人々が物を買うという意欲が落ち消費が下がる。こういう傾向が大半である。平和な国、住みやすい国、技術の素晴らしい国。このようなイメージを持っていた日本はこの不景気という沼に入り続けていいのだろうか…というよりこのイメージすら今はもう過去の産物になってしまっていないだろうか。
話を戻すと、不景気(以後デフレ)から脱却する対策をしない原因はバブル期に基盤を作り上げた一部の人々、ここに答えがある。バブル崩壊後、何が国で行われてきたか法人税の減税、消費税の導入、消費税の増税、その他生活に必須な所から税金を徴収するような政策が繰り返されてきた。これは不景気から脱却する為に何が問題なのかという事だが、法人税から見ると減税なら負担が下がって良いことだ!と思うかもしれないが法人とはいわば企業であり個人ではない。企業が業績を伸ばし利益を上げれば上げる程、納めなくてはならない法人税が減税という事であれば企業は更なる利益を残し事業を拡大できる。これは経済の発展という観点からは素晴らしい事である。しかし、その企業で働く労働者に利益分の賃金が支払われてるかといえば、それはできていない。できてないどころか労働賃金はデフレで下降し続けている。低賃金で雇える契約社員、派遣社員、外国人労働者を多く雇用できる政策を作り、正社員はその天秤にかけられ所得は上がらないという現状である。
次にいえば消費税、これは1989年に初めて日本で導入された。1989年?まだバブル期である。消費税の名目、それは国民の社会保障における補填であり国民が安心して生活できる為に制定されたもの、また消費税という名前から消費いわゆる人々が物を買う意欲が上がり過ぎないように消費を抑制する。という事になる。はて、消費税は社会保障に充てられているのだろうか…人々は物を買う意欲が加熱し過ぎているのだろうか…消費税は増税に増税を重ね今は10%である。生まれたての赤ちゃんからもうすぐ天命を全うする人まで全ての人が何を買うにも税金を支払わなくてはならない制度。もちろん国民が安心して暮らす為に必要な税金であれば全ての人が平等に支払うのは納得がいくものである。だか、考えてみたら法人税はデフレ期に入りずっと減税されているのに消費税がずっと増税されている。これはどういう事か?消費税とは社会保障の為と言われながら法人税の減税の補填になってないのか?医療や年金を大半が占める社会保障費、充てられるのは保険料と税金。であるなら社会保障の為の消費税なら医療や年金が増税の度に充実していかなくてはならない。実際はどうだろう。医療が負担ゼロになる訳でもなく年金は減額傾向、高齢化により支給年齢の引き上げ…充実していると誰が思うのだろうか。そもそも生活困窮者の多いこの時代に増税や保障の減額など行える政府の対応が間違っているし、国民がなぜ声を上げ反論しないのか到底理解できない。

日本は高齢化が進み年金を貰える歳も引き上げられている。もちろん元気に働ける人は働いて生活してもいいだろう。しかし、60代の労働者を見て一般的に現役といえる働きができるだろうか、やはり若い働き手と比べれば劣る。働かなくても生活のできる保障は必要とされる。そしてその人数が多くなるのは分かっているのだから今、しっかりとした保障の制度を確立させる必要がある。月10万円を切る支給額、夫婦でも20万円に満たない支給額で安心して老後を過ごせますか?老後までに蓄えが必要と世間では言われてますが今の世の中で蓄えができますか?全てが狂っています。今は言う人は少なくなりましたが国は毎年国債という負債をし、必要な国の経費に補填しています。これが「借金なので増えたらいけません。国民で還さないといけないので知っておきましょう!」みたいな話しになってました。借金なら次の世代の負担になるから我々の世代で増やさないように…とか少しでも減らす努力をしよう…みたいな考えを植え付けられてきました。もちろん国債は少ない方が一般的にはいいのかもしれません。しかし、国債は国民が負担する借金ではありません。国債とは国がどれだけ自国で運用する収支が不足しているかを計る目安に過ぎないからです。もちろん足りないから補填する訳ですし、無いところから増やす訳ですから増やした分の利息というものは発生します。ですが、今まで増やした分を全額返還しなさい!とは絶対にならないのです。それは国が管理しているし、国の中に増やすかどうか判断する政府があるからです。度々出てくる日本銀行が金融引き締めや金融緩和をできるというのはここに直結します。

なのでデフレを脱却するには国をあげて日本銀行に金融緩和させ負担になっている税金を見直し、疲弊している国民をまず救済し、経済を建て直す必要があるのです。すでに蓄えがある一部の人々、企業などはこんな事をしなくても全く関係ありません。関係ないという事はやる事自体が無駄な事と考えるのです。今の政府、自民党の多くの議員はそう考えている。いや、本当は国民の幅広い人々の事も考えている。としても自民党を支えているのは企業という団体であり資本が基本。それを受け入れるのであれば日本にデフレ脱却という未来はありません。


コロナという感染症が世界で流行し、普段の生活すら儘ならない今、世界レベルでも国民を助ける事のできていない日本に未来はあるのだろうか…


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