犬が親代わりだった話

3回目の日記にして何を書いたらいいかわからなくなったので、X(旧Twitter)でアンケートを取ったところ、犬に育てられた話に票をいただいたのでその話を書きます。
文字にしたことは今までなかった気がするんですが、もしかしたらXでは以前ちょっとだけ触れたことがあったかも?

掲題の件、わたしの母方の実家にはシーズー犬が2匹いました。
母犬のキャッシーと、娘犬のリリーです。
スペルは多分KathyとLilyです。
血統書付きのわんこは名前をアルファベット順につけるものだとか言ってたので(本当かどうかは知りません)。
わたしは、この母犬キャッシーに育てられました。

もちろん、育てられたといっても、ミルクをくれたわけでも、オムツを替えてくれたわけでもありません。
が、わたしが覚えている最初の『記憶』は母方の実家の寝室、光が差しにくく薄暗い部屋の畳の上に敷かれた布団の上、ぼんやりと見えた白と黒のこんもりとした毛玉です。
キャッシーはいつも、わたしの横でわたしを眺めながらじっと横たわっていました。

その時、たいてい母と祖母は廊下を挟んだところにある居間で、声をひそめながら父の悪口を言っていました。
眠っているわたしを起こさないための小さな声が父の悪口であったことを知ったのはだいぶ大きくなってからのことでしたが、そんなタイミングで、わたしが身じろぎをしたり、泣き始めたり、勝手に移動しようとしたりすると、チャッ! っとキャッシーが立ち上がり、居間に駆け出していくのです。
ちょっと! ちびすけが起きましたけど!?
という勢いで。

そこからわたしの世話を焼くのは祖母でした。
食事の用意をしたり、オムツを替えたりなどです。
実家にいる間、母は一切わたしに関わろうとしませんでしたし、実際、わたしに関わりたくないがために毎日タクシーを使って隣町の実家に通い、帰りは父の迎えで家に帰りました。
わたしを毎夜、風呂に入れるのは父でした。
母と入浴をした記憶は1度あったような気がする……という程度で、入浴と書いて思い出しましたがうんこのついた尻を拭いてもらえず、風呂で洗面器に張ったお湯で自分で尻を洗うよう指示をされたのはわたし何歳の頃だったんだろうか。

話がそれました。
とにかく、わたしと関わりを持ちたくない母の代わりに、わたしに寄り添い、いつもわたしの横にいてくれたのはキャッシーでした。
祖母は常に、母に対しての後ろめたい気持ちから母に逆らえず(祖母と母の間にも、言いようなく得体のしれない不気味な溝があったのです)、母の機嫌を取りながらそれでも慈悲深い祖母は献身的にわたしの世話をしてくれました。

母が亡くなった今、ようやく祖母は母の呪いから解き放たれつつあるような気がしています。
80歳を過ぎて、ようやくです。
毒気をはらんだ家族の呪縛から開放されるのには途方もない時間がかかるのです。

また話がそれました。
そんな献身的な祖母ですら埋めてくれなかったもののすべてを、わたしに与えてくれたのがキャッシーだったのです。

そして、キャッシーがあまりにわたしに自分の時間のすべてを捧げてくれたせいで、娘犬のリリーのヘイトがすべてわたしに向かいました。
リリーとわたしは、言わば気の強い姉とどんくさい妹のような関係で、わたしは平等に与えられたおやつ(きゅうりを1本とか)をいつも『それもよこせ』とリリーに奪い取られては泣いていました。
渡さないとオムツをはいた尻や手をかじられるので、怖くて抗えません。
母はそれを笑って見ていました。
愛犬の賢さと愛らしさに心を傾けていました。

今でもはっきり、キャッシーがわたしの顔をべろべろ舐め回したときのびちゃびちゃの感覚とゴワついた口元の毛、めちゃくちゃ臭かった息の匂いを覚えています。
実の母親よりも思い出深く、温かくて、優しくて、わたしを愛してくれた犬の母です。
ついでに、姉にかじられて痛んだ手も思い出します。
いつか向こうで再会できるんだったら、今度はわたしがふたりにきゅうりを剥いてやる番です。
そして姉のきゅうりをわたしが奪う。
戦争だ。

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