「法句経」を学ぶ(1)

          

          【仏の道:遠望・近見】 (97)
           「法句経」を学ぶ(1)


                                                        第一 雙敍の部
    二首づつ對比して述べてあるを以て雙敍と名づく。

   一  諸事意を以て先とし、意を主とし、意より成る、
    人若し穢れたる意を以て語り、
    又は働く時は其がために苦の彼に隨ふこと
    猶ほ車輪の此を牽くものに隨ふが如し。

           第1章 ひと組みずつ 
1  ものごとは心にもとづき、心を主とし、心によってつくり出される。もしも汚れた心で話したり行ったりするならば、苦しみはその人につき従う。車をひく(牛)の足跡に車輪がついて行くように。


  二  諸事意を以て先とし、意を主とし、意より成る、
    人若し淨き意を以て語り、又は働く時は其がために
    樂の彼に隨ふこと影の(形を)離れざるが如し。

2  ものごとは心にもとづき、心を主とし、心によってつくり出される。もしも清らかな心で話したり行ったりするならば、福楽はその人につき従う。影がそのからだから離れないように。

   三 彼れ我を罵り、我を打ち、我を破り、
    我を掠めたりと堅く執する人の怒は息むことなし。

3 「かれは、われを罵った。かれは、われを害した。かれは、われにうち勝った。かれは、われから強奪した。」という思いをいだく人には、怨みはついに息むことがない。

  四  彼れ我を罵り、我を打ち、我を破り、我を掠めたりと
    堅く執せざる人の怒は 止息に歸す。
 

4 「かれは、われを罵った。かれは、われを害した。かれは、われにうち勝った。かれは、われから強奪した。」という思いをいだかない人には、ついに怨みが息む。

  五  世の中に怨は怨にて息むべきやう無し。
    無怨にて息む、此の法易はることな し。
 

5 実にこの世においては、怨みに報いるに怨みを以てしたならば、ついに怨みの息むことがない。怨みをすててこそ息む。これは永遠の真理である。

  六  然るに他の人々は、「我々は世の中に於て自制を要す」
    と悟らず、人若し斯 く悟れば其がために爭は息む。
 

6 「われらは、ここにあって死ぬはずのものである」と覚悟をしよう。──このことわりを他の人々は知っていない。しかし、このことわりを知る人々があれば、争いはしずまる。

  七  生活に安逸を求め、感官を護らず、飮食度なく、
    懈怠怯弱なれば、魔は彼を 伏す、
    猶ほ風の弱き樹に於けるが如し。
 

7 この世のものを淨らかだと思いなして暮し、(眼などの)感官を抑制せず、食事の節度を知らず、怠けて勤めない者は、悪魔にうちひしがれる。弱い樹木が風に倒されるように。

  八  生活に安逸を求めず、感官を護り、飮食度あり、
    信心あり、勇猛なれば、魔 は彼を伏せず、
    猶ほ風の巍然たる山に於けるが如し。


8 この世のものを不淨であると思いなして暮し、(眼などの)感官を抑制し、食事の節度を知り、信念あり、勤めはげむ者は、悪魔にうちひしがれない。岩山が風に ないように

  九  自ら濁穢ぢよくゑ を離れずして濁穢の衣を著んとするも、
    自制と眞實とを缺くときは彼は濁穢の衣に 應ぜず。


9 けがれた汚物を除いていないのに、黄褐色の法衣をまとおうと欲する人は、自制が無く真実も無いのであるから、黄褐色の法衣にふさわしくない。

  一〇  自ら濁穢を吐き、專ら善く諸の戒を念じ、
    自制と眞實とを具ふるときは彼 は濁穢の衣に應ず。


10 けがれた汚物を除いていて、戒律をまもることに専念している人は、自制と真実とをそなえているから、黄褐色の法衣をまとうのにふさわしい。

  一一  不實を實と謂おも ひ又實を不實と見る人は、
    實を了解せずして邪思惟に住す。
 

11 まことでないものを、まことであると見なし、まことであるものを、まことではないと見なす人々は、あやまった思いにとらわれて、ついに真実に達しない。

  一二  實を實と知り不實を不實と知る人は、
    實を了解して正思惟に住す。 

12 まことであるものを、まことであると知り、まことでないものを、まことでないと見なす人は、正しい思いにしたがって、ついに真実に達する。

  一三  屋を葺くに粗なれば雨漏るが如く、
    心に修養なくんば、貪欲之を穿つ。
 

13 屋根を粗雑に葺いてある家には雨が洩れ入るように、心を修養していないならば、情欲が心に侵入する。


  一四  屋を葺くに密なれば雨漏らざるが如く、
    心善く修養すれば、貪欲之を穿た ず。
 

14 屋根をよく葺いてある家には雨が洩れ入ることが無いように、心をよく修養してあるならば、情欲の侵入することか無い。

  一五  現世に憂へ、死して後憂へ、罪を造れる人は兩處に憂ふ、
    彼れ憂へ、彼れ 痛む、己の雜染の業を見て。
 

15 悪いことをした人は、この世で憂え、来世でも憂え、ふたつのところで共に憂える。かれは、自分の行為が汚れているのを見て、憂え、悩む。

  一六  現世に喜こび、死して後喜こび、福を造れる人は兩處に喜ぶ、
    彼れ歡こ び、彼れ喜こぶ、己の清淨の業を見て。
 

16 善いことをした人は、この世で喜び、来世でも喜び、ふたつのところで共に喜ぶ。かれは、自分の行為が淨らかなのを見て、喜び、楽しむ。

  一七  現世に惱み、死して後惱み、罪を造れる人は兩處に惱む、
    「我れ惡を造れ り」と惟うて惱み、惡趣に墮ちて更に惱む。
 

17 悪いことをなす者は、この世で悔いに悩み、来世でも悔いに悩み、ふたつのところで悔いに悩む。「わたくしは悪いことをしました」といって悔いに悩み、苦悩のところ(=地獄など)におもむいて(罪のむくいを受けて)さらに悩む。

  一八  現世に慶こび、死して後慶こび、福を造れる人は
    兩處に慶こぶ、「我れ福 を造れり」と惟うて慶こび、
    善趣に生じて更に慶こぶ。
 

18 善いことをなす者は、この世で歓喜し、来世でも歓喜し、ふたつのところで共に歓喜する。「わたくしは善いことをしました」といって歓喜し、幸あるところ(=天の世界)におもむいて、さらに喜ぶ。

  一九  經文を誦むこと多しと雖も、此を行はざる放逸の人は
    、他人の牛を數ふる 牧者の如く、宗教家の列に入らず。
 

19 たとえためになることを数多く語るにしても、それを実行しないならば、その人は怠っているのである。──牛飼いが他人の牛を数えているように。かれは修行者の部類には入らない。

  二〇  經文を誦むこと少なしと雖も、法を遵行し、
    貪瞋癡を棄て、知識正當に、 心全く解脱し、
    此世他世ともに執著することなき、彼は宗教家の列に入る。

 
20 たとえためになることを少ししか語らないにしても、理法にしたがって実践し、情欲と怒りと迷妄とを捨てて、正しく気をつけていて、心が解脱して、執著することの無い人は、修行者の部類に入る。

            【感想と考察】

煩悩も、法悦も、”dhamma”(法)の全ては心(mamas) に支配される。第5と第6の両節を除く18節に亘って、2偈ずつ、それぞれ否定と肯定を内容とする詩偈が対句をなして展開されている。

とりわけ最初の第1、第2の「人がもし汚れた(清純な)心で語り、行えば、必ず苦(楽)が彼に従う」は、他の仏典に常に引用される教えである。これに続く「罵り」「恨み」「自制」「怠惰」「節制」「貪欲」「浄・不浄」「善・悪」等々、実に具体的に、しかも詩偈の格調を帯びた言葉で説かれており心に沁む。

法句経の内容については、日本最初ののサンスクリット学者・荻原雲來師の著名な解説がある。併せて噛み締めたい。

【法句の内容は各章の題號にても察せらるゝが如く、佛教の立脚地より日常道徳の規準を教へたるもの、社會は生活苦、病苦、老苦、相愛別離の苦、仇敵會合の苦、乃至は死苦に惱まされ、さいなまる、如何にして是等の苦惱を永久に脱し得べきか、如何にして絶待安穩なる涅槃に達し得べきか】

【換言せば、世人は事物の眞相に通ぜず、妄念、謬見、貪愛、 慢等の心の病の爲に苦しめられ、不明にして執著 し、違背し、日夜擾惱を増す、智慧の眼を開いて妄念に打克てば身心ともに安靜な ることを得、終に涅槃の状態に達す】

【此の意味を教ゆるが佛教の目的なり、法句經 の所詮なり、修養の龜鑑とし、道業の警策として、座右に備へ朝夕披讀し、拳々服 膺せば、精神の向上發展、動作の方正勤勉、處世の要術、何れの方面にも良藥たら ざる無し】 

私は、更に根源的な問題意識として、今日、法句経を学ぶ意味をしっかり認識しておくべきだと思う。即ち、退廃した日本仏教の現況を嘆く山田無文禅師の次の指摘である。

【 壮大な殿堂に寄食して、ひたすら寺門の繁栄と貴族的生活に偓促して、自己の調御さえ顧みない、僧正・長老の多きに至っては、涕泣悲涙もなお足らぬ現状といわねばならぬ。 われらはもう一度、複雑なる宗団の組織を超脱し、煩瑣なる教学を抱擲して、一人ひとりが一個の求道者として、仏子として、人間ブッダの傘下に帰るべきではなかろうか。】

仏道を歩む者はブッダに帰れ! 殊更に難しくする宗団の教義を離れ、法句経を奉ずべし。(『法句経 真理の言葉〈新装版〉』(山田無文著)より) 自ら臨済宗妙心寺派管長でありながら激しく仏教改革を訴えておられた大老師の遺教を想い起こす。


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