「弁道話」を学ぶ(10)

[ 坐禅と末法 ]

とうていはく、
「この行は、いま末代悪世にも、
修行せば証をうべしや。」
しめしていはく、
「教家に名相をこととせるに、
なほ大乗実教には、
正像末法をわくことなし、
修すればみな得道すといふ。

問うて言う、
「この坐禅の行は、今の末代の悪世でも、修行すれば悟りを得られるであろうか。」
教えて言う、
「経典を拠り所とする教家では、教えの名目や法相をもっぱら重んじているが、大乗真実の教えでは、依然として正法、像法、末法と時代を分けることはない。修行すれば、皆悟りを得ることが出来る。

いはんやこの単伝の正法には、入法出身、
おなじく自家の財珍を受用するなり。
証の得否は、
修せんものおのづからしらんこと、
用水の人の冷煖を
みづからわきまふるがごとし。」

まして、この正しく相伝した正法は、法に入って解脱を得るのに、皆同じく自己の財宝を使用する。悟りを得たか否かは、修行する者が自然に知ることであり、それは、水を使う人が冷暖を自ら知るようなものである。」


[ 即身是仏について ]

とうていはく、
「あるがいはく、仏法には、即心是仏の
むねを了達しぬるがごときは、
くちに経典を誦せず、身に仏道を行ぜざれども、
あへて仏法にかけたるところなし。
ただ仏法はもとより自己にありとしる、
これを得道の全円とす。
このほかさらに他人にむかひてもとむべきにあらず、
いはんや坐禅辨道をわづらはしくせんや。」

しめしていはく、
「このことば、もともはかなし。
もしなんぢがいふごとくならば、
こころあらんもの、
たれかこのむねををしへんに、
しることなからん。

問うて言う、
「ある人が、仏法では、即心是仏(この心がそのまま仏である)の趣旨を了解すれば、口に経典を唱えることなく、身に仏道を行じなくても、少しも仏法に欠けたところはない。ただ仏法は元来自己にあると知れば、これが円満な悟りである。このほか、更に他人に向かって求めるべきではない。まして坐禅修行を煩わしくする必要があろうか」と言っているのだが・・・

教えて言う、
「大層はかない言葉である。もし仏法が、あなたの言う通りであれば、心ある人ならば、誰でもこの趣旨を教えれば理解できるだろう。

しるべし、
仏法は、まさに自他の見をやめて学するなり。
もし自己即仏としるをもて得道とせば、
釈尊むかし化道にわづらはじ。
しばらく古徳の妙則をもてこれを証すべし。

知るがよい、仏法は、まさに自他を分別する見を止めて学ぶものだ。もし自己即仏(自己そのものが仏である)と知ることが悟りであれば、釈尊は昔、教化の道に苦労しなかったことであろう。しばらく、昔の祖師の優れた規範をもって、これを証明してみよう。

むかし、則公監院といふ僧、
法眼禅師の会中にありしに、
法眼禅師とうていはく、
「則監寺、なんぢわが会にありていくばくのときぞ。」
則公がいはく、
「われ師の会にはんべりて、すでに三年をへたり。」

昔、則公監院という僧が法眼禅師の道場にいた時、法眼禅師が尋ねた。
「則公監寺よ、あなたはわたしの道場に来て、どれほどになるのか。」
則公は答えて、「私は師の道場に侍りましてすでに三年です。」

禅師のいはく、
「なんぢはこれ後生なり、
なんぞつねにわれに仏法をとはざる。」
則公がいはく、
「それがし、和尚をあざむくべからず。か
つて青峰禅師のところにありしとき、
仏法におきて安楽のところを了達せり。」

禅師が言うに、「あなたは私の後輩である。どうして平生私に仏法を尋ねないのか。」
則公は答えて、「私は和尚様を侮ってはおりません。以前、青峰禅師のところにいた時に、仏法に於いて安楽のところを悟ったのです。」

禅師のいはく、
「なんぢいかなることばによりてか、
いることをえし。」
則公がいはく、
「それがし、かつて青峰にとひき、
いかなるかこれ学人の自己なる。
青峰のいはく、丙丁童子来求火。」

禅師が言うに、「あなたは、どういう言葉によって悟ることが出来たのか。」
則公は答えて、「私は以前、青峰に尋ねました、「仏道を学ぶ人の自己とは、どういうものでしょうか。」 青峰は答えて、「丙丁童子がやって来て火を求める。」と。

法眼のいはく、
「よきことばなり。ただし、
おそらくはなんぢ会せざらんことを。」
則公がいはく、
「丙丁は火に属す。火をもてさらに火をもとむ、
自己をもて自己をもとむるににたりと会せり。」

法眼が言うに、「良い言葉です。但し、おそらくあなたは会得できていないだろう。」
則公は答えて、「丙丁は火の仲間です。火をもって更に火を求めるとは、自己をもって自己を求めるようなものであると会得しました。」

禅師のいはく、
「まことにしりぬ、なんぢ会せざりけり。
仏法もしかくのごとくならば、けふまでにつたはれじ。」

禅師が言うに、「本当にあなたは会得していないことが分かった。仏法がもしそのようならば、今日まで伝わらなかっただろう。」

ここに則公、懆悶してすなはちたちぬ。
中路にいたりておもひき、
禅師はこれ天下の善知識、
又五百人の大導師なり、
わが非をいさむる、さだめて長処あらん。

ここで則公は煩悶して師の下を立ち去った。その途中で思うことには、「禅師は天下に知られた良き師であり、又五百人の修行僧を導く師である。私の非を戒めたのは、きっと師には長所があるからにちがいない。」と。

禅師のみもとにかへりて、
懺悔礼謝してとうていはく、
「いかなるかこれ学人の自己なる。」
禅師のいはく、
「丙丁童子来求火」と。
則公、このことばのしたに、
おほきに仏法をさとりき。

そこで禅師の下に帰って懺悔礼拝して尋ねた。「仏道を学ぶ人の自己とは、どういうものでしょうか。」
禅師は答えて、「丙丁童子がやって来て火を求める。」と。則公は、この言葉の下に大いに仏法を悟りました。

あきらかにしりぬ、自己即仏の領解をもて、
仏法をしれりといふにはあらずといふことを。
もし自己即仏の領解を仏法とせば、
禅師さきのことばをもてみちびかじ、
又しかのごとくいましむべからず。

これによって明らかに知られることは、自己即仏(自己そのものが仏である)と理解することが、仏法を知ることではないということである。もし自己即仏(自己そのものが仏である)と理解することが仏法であれば、禅師は前の言葉で則公を導かず、又このように戒めることもなかったであろう。

ただまさに、はじめ善知識をみんより、
修行の儀則を咨問して、一向に坐禅辨道して、
一知半解を心にとどむることなかれ。
仏法の妙術、それむなしからじ。

ただまさに、良き師に会ったならば、最初に修行の規則を尋ねて、ひたすらに坐禅修行して、わずかな知識や理解をも心に留めてはならぬ。仏法のこの優れた方法は、空しくはないのである。

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