バイバイX(旧Twitter)


はじめに

今日でXを辞めた。Noteや他SNSに移行するわけでも発信自体を完全にやめるわけでもないが、とりあえず暫くお休み、Xの垢は消した。Noteはもう大分休んでいるし、これからもこんな感じで気が向いた時に投稿するぐらいの頻度のままだろう。

Noteの使い方も本来ウクライナに移住して現地生活を発信する予定だったが、2022年2月24日にガラリと状況が変わった。あれから2年数ヶ月経った今も私は家族と共に一時退避先のつもりだったドイツに居住しているので、ドイツでの生活・こっちにいるウクライナ人達の現況でも伝えていこうとも思ったが、それもあまり乗り気ではない。

本当は自分の日記が如く徒然なるままに愚痴も含めて書き殴りたいのだが、Noteにはブロック機能があってないようなもので、いわゆる無料記事はブロックしてようがしてまいが皆に読まれてしまうらしく、それが嫌なので、愚痴をオフラインで吐ける友達を何とかして見つけようと思う。


約2年ぶりにnoteを開き保存している下書きを見たら、ほぼ同様の事を約2年前にも書き記していた。以下は2022年8月に記した下書きなので、細かい心境の変化は多々あるが、根っこの考えは変わらない。
完全に断てないどころかあれからずるずると2年も続けてしまったなー。

2022年8月7日下書き


「一昨日、Twitterを止めた。まだ完全には断ててはいなく、たまにチラ見してしまうが、とりあえず呟き、リツイート、いいねをやめてスマホからAppを削除した。最後のツイートに止める理由はツイートをするのも見るのも疲れた、実社会に集中したい旨記したが、これは本心だが、他にも理由はある。

Twitterの用途は人それぞれ多種多様だが、自分は主に情報収集とストレス発散用に言いたいことを言いたい時に呟く主旨ではじめた。途中で興味を持って相互フォローして頂いた方々とのささやかな交流も楽しかったが、どうしても伝えたいことがあり発信力を強化したい、フォロワーを増やしたい、と言ったような強い明確な目標を持っていたわけではなかった。

そんなごく普通のただ近い将来海外在住する垢が、今年2月のロシアによるウクライナ侵攻開始時にたまたま現地に🇺🇦人配偶者と住んでいて、その前後の不安な心境を何も考えずに吐きまくってたら、いつの間にか同情ポルノ助演男優特別賞がたまたま当たったような感じでフォロワーが増えていって、気づいたら1ヶ月経たずして100倍超、1万人を超えていた。一番いいねやインプレッションが高かったのは、侵攻開始直後、空襲警報が時々鳴る中、娘達を近所の古びた公園で遊ばせてた時に写真入りでした投稿だった。侵攻直後というタイミングと写真の構図が意図しないところで同情を生んだ偶然の結果という自己分析だが、まあ戦争という一部の後期高齢者を除きほぼ全ての日本人が経験したことのない惨事に当事者として巻き込まれていて、その現地から日本語で発信している人がいたら、興味を持ってフォローしてみようとなるのはある意味自然の成り行きだ。現により戦火に近いところで緊迫感があるツイートをしていた方々がより同情を誘っている。意図せずなのか意図してなのかは人により違うと思うが、皆緊張感がある中、心の命綱としてTwitterを活用している側面があったのではないかと思っている。過去の自分のツイートを振り返って見てみると、とりあえず国外に避難するまでは冷静を繕っていても明らかに動揺していて、やたらと寄付を呼びかけている。そして少し落ち着いて飽きてくると一丁前に寄付だけじゃない他の支援方法を呼びかけたりして界隈から総スカン食らったりしていた。侵攻開始から5ヶ月が過ぎた今でも寄付やら支援グッズやらがTL上に溢れかえっていて、それだけ関心を持ち続けてもらってるのはウクライナにとっては良いことだと思う。
ただ、自分は他人の活動や商売を否定するつもりは一切ないが、心が動かされ賛同できる活動、本当に利用したいもの以外はまず購入しない。その分、軍やウクライナ大使館に直接支援金送るか、現地のサービスや商品を(できれば現地で)買う方が自分の中では理にかなっているからだ。在留邦人やウクライナ人が自らの生活の糧や母国の為に行う活動にはまだ理解できる場合もあるが、ほとんどのいわゆる支援ビジネスには懐疑的だ。」

最後に

何か色々長ったらしく書いてあるけど、約2年前、まだウクライナ国外に避難して半年に満たない状況の時に書いた思い。

2年経った今も一向に状況が良くなる気配は少なくとも自分には感じられないし、その事を考えるだけで未だ他の事が手につかなくなるぐらい様々な感情が入り乱れるので、インプットは最小限に抑えて妻と娘達と今ある現実を生きて行こうと思う。

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