フロイトの精神分析を引き合いにした俺の話

今日は色々と目的がある。本当は絞った方がいいんだけどねー
何かしら悩みにぶつかったとき、必ず自分でする作業がある。フロイト先生の精神分析理論に基づいた催眠療法がわりとそれっぽいので、フロイト先生を引き合いにして自分が何をしてるのかまとめる。
フロイト先生の理論とか実践とか体験とかについては「フロイト」(小此木敬吾著 講談社学術文庫)から引用。
1.自己催眠(?)とフロイトの催眠療法
2.失敗体験と反省
3.俺の話

自分にわかる最低限のラインで書くので誤った内容だったり発想が飛躍しているように見えると思う。
更に普段は最低限度文章の体裁を取るけど、今回は本を参照しながら確かめていく作業を挟んでいるので省エネのため文末が尻切れになる。
そこまで書き物に誠実じゃないんでね、

1.自己催眠とフロイトの催眠療法
俺が悩みにぶつかった時、どうにかして自分の苦しみを理解する作業に入る。
フロイトの精神分析理論に基づいた治療に近いものがある。
・抑圧
意識すると不快、苦痛、不安、恥を呼びを起こす感情や欲求があった時、これを無意識へと押し込めることを「抑圧」と呼ぶ。
抑圧された欲求があまりに大きいと精神的な不調となって表出する。
抑圧→病因
フロイトの治療は、患者とともに無意識に対する支配権を確立し、心の再構成を図る。(34P)
具体的な流れはこう。
患者を気楽に寝椅子に仰臥させて、「頭に浮かぶことをなんでもそのまま話してください」と頼む自由連想法(134p)
ある患者の自由連想におけるやり取りの例(患者はAとします)
『自由連想法を続けていって、ある種の考えや映像が頭に浮かんでくると沈黙してしまい、「何も浮かんできません」と言った。そして「Aは、なにかを心に浮かべるか、なにかの映像を眼で見るのだが、それをわたしに報告する気持ちにならないで、むしろときとすると、いったん呼び出したものを、またもおさえつけようと試みたりした」。
そしてこの沈黙の動機は、「自分の心に浮かんだものが、無意味だから話す必要がないとか、口にすることにためらいを感じる」からであり、「それを報告することが、あまりにも不愉快」だからである。
そこでフロイトは、彼女にこう伝えた。
「あなたは必ず何かを思い浮かべたはずです。あなたは、全く客観的な態度で、心に浮かんだままを話す義務があるのです。それが適切なものであろうとなかろうと、いっこうにかまいません。あなたは、何かを思い浮かべているのです。ただそれをわたしに言わないでいるかぎり、あなたの痛みは取れません」』(抵抗分析)36p

こうして患者が無意識下に押し込めた欲望を意識させ、また何故自分は抑圧していたのかを思い出させ、共に理解していくという作業である。
こうすることで患者は自分自身の、普段は歪んだもの、許されざる物として捉えられる自身の欲望を理解し、抑圧しようとする心の働きも認識下に置くことができる。
成果として無意識な欲望と抑圧によって起きるストレスから自由になることができる。
すごいね。

2.失敗体験と反省
さて、俺はこれを他人に対して行うことがある。もちろんフロイト先生のきちんとしたやつじゃなくて自身に行うレベルのものを。
人から悩みを聞いた時「自分ならこうする」として自分なりの解決方法を提示することは誰にでもあることではないだろうか。一人で自分のつらさを探す作業に慣れた自分にとっては自然と思いつく事だ。
さて、この作業をするにあたりフロイトが治療者として定めたルール(禁欲規制)がある。
俺は医者ではないし、他人の悩みを掌握したいとか、他人の欲望を暴きたいとか、誰かを助ける何かになりたいとかいう欲望に沿って分析治療紛いのできそこない人生相談を行うことがある。
我ながら邪悪なもんである。
『もし分析医が患者を助けてやりたいという気持でいっぱいなために、およそ人間が他人から期待することのできるすべての満足を患者に許し与えてしまうとすれば、患者はそれを快適に感じてしまって、人生の困難から脱け出して、好んでそこに避難所を求めるという結果にしかならない。
(中略)
分析療法では、この甘やかしは一切避けねばならない。分析医は患者に満たされない願いを十分に残していなければならない。患者が最も激しく願望し、最も切実に表現しているこの性の満足そのものを満足させないでおくという根本原則(禁欲規制)は、むしろ目的に適ったことである」(フロイト)』 42p
また、こんなフロイトの体験もある。
『あるヒステリー婦人の治療中、彼女は症状の誘因を回想してその苦痛から解放された時、「その腕をわたしの首に巻きつけてきた」のである。幸いにも、召使いが室に入ってきたので「お互いに苦痛となるような議論をしないですんだ」』141p
俺の中においてこの作業は「少なくとも自分一人の中では抑圧から自分を解放して自由になる」ための作業である。
人の抑圧を暴くことに成功した際はこの禁欲規制について守るのかあえて破るのか俺はよく考えるべきだ。

3.俺の話
前に「現実を生きるために女の子になるのをやめた」って話したと思うけど、今振り返って考えてみれば「あえて抑圧した」ということになろうなあ。
自分に素直なままでは生きられないんですね。自分の思うままの声を聞いていると、誰にも迎合されず、社会の形をまるで受け入れない、それなのに能力が高いわけでもないクズが生まれてしまうのでね。
今はそれでいいと思ってる。抑圧しないと動けない。でも抑圧に押し潰されそうになったとき、抑圧してること自体を忘れそうになったとき、俺はこれを読んで自分のことを思い出したいな、と思った。生きにくいね。
以上。

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