ブライ・ノーウェア#2(前編)

(これまでのあらすじ)
ネオサイタマのカラテ・ドージョー、キリウキ・ドージョーはニンジャのドージョー破りにより閉鎖を余儀なくされていた。
若き師範代モチギ・レンスケが悲嘆に暮れていたところに、かつて破門されたドージョーの一人息子キリウキ・ケンルイが現れる。
ヤクザ者となった彼は、同時にニンジャとなっていた……!

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1時間後。キリウキとモチギの二人はブラック・ファイア・カラテスクールの門前にいた。
「ファーア……ここがそのドージョー破りに来たッてトコか?」

ブラック・ファイア・カラテスクールのドージョーは、キリウキ・ドージョーのあるシノノメ・ディストリクトからは地下鉄で3駅ほどの場所にある。
黒く塗装された強化PVC門には、掲げられたモニターでは「強者への道」「黒い炎があなたを鍛える」「本格レッスン」などの文字が黒帯を締めたマスターによる威圧的なカラテプロモーション映像と共に流されている。

プロモーションビデオの中では、このドージョーのドージョー主と思われる男が、門下生が運んでくる木板をモニタ前にこれ見よがしに掲げた後、正拳突きやカラテチョップで破砕していく映像が流れている。
その木の板に掘られた名は様々である。「マコト・ドージョー」「ハイダ・カラテ」「リンド・ボックス・カラテスクール」そして「キリウキ・ドージョー」……おお……なんたることか!
ドージョー主がカラテで破砕しているそれらの木板は、ブラック・ファイア・カラテスクールが打ち破ったドージョーのカンバンである。打ち破ってなおその名誉を貶めるとは、なんたる卑劣な追い討ち行為か!

これらの非道カンバン破壊行為の後、ドージョー主の男の名前がテロップで表示される。
キンゴ・シバウチ。それがブラック・ファイア・カラテスクールの主にして……悪辣なドージョー破りニンジャのモータルとしての名か。
最後に、破壊されたカンバンを手に取る弟子たちの中央に立ったキンゴがさわやかな笑みで自らのドージョーのカンバンを掲げる。
「ブラック・ファイアが最強!だからイチバン!」「「「今なら入会金無料!初月月会費半額ヤッター!」」」
プロモーションビデオは入会を迫る宣伝文句を表示したあと、再びループしカンバン破砕映像を流し始めた。

「こいつら、クズだな」
モニタを見たキリウキは不快げに吐き捨てた。
その額には青筋が浮き上がっている。
「やはりやめましょう、キリウキ=サン」
モチギは脳裏を掠める不安と心の痛みに耐えるように、キリウキを諌めた。
もちろん、モチギは最初からこのウチイリに反対である。
キリウキがブラック・ファイア・カラテスクールに直談判を申し入れたとして、立会いで死んだ弟子やドージョーのカンバンが戻ってくるわけではない。

キリウキはニンジャである自身のカラテがあればカンバンと名誉を取り戻せると息を巻いていたが、彼も殺されてしまう可能性がないとは言い切れない。
破門者であっても、キリウキはかつての兄弟子であり、頼れる兄貴分であった男なのだ。
そして何より……。

「ハッハ!心配するなッてモチギ=サン」
「お前アレだろ。俺が昔みたいにめちゃくちゃやると思ってんだろ」
その通りだった。
キリウキは昔から反骨の徒であり、気にくわない相手にはカラテを振るってきた。
しかも必ずと言ってよいほど、それは自分より目上の者に対して繰り出された。
元より短気な男ゆえ、弟分や若輩者がシツレイを働いた際にゲンコツを振るうこともあったが、目上の者や自分より立場が上とされる者と対した時の兄弟子の加減の効かなさは、異常だった。
彼を侮る高弟、ハイスクールの教師、ヨタモノ、果てはヤクザやマッポまで……
彼はナメた態度を取られることに我慢のならない性分だった。

彼は自身が軽んじられた、と感じるその都度狂犬と呼んで差し支えのない暴力の冴えとワザマエを見せ、そのたびドージョーの門下生たちは震え上がった。
父ゲンイチが補導された彼を引き取るためにネオサイタマ市警へ出向くことも一度や二度の話ではなかった。

それでも不思議と、ケンルイの周りから人が離れることはなかった。
それは平時の彼の見せる鷹揚さや面倒見の良さによるところが大きかった。
また、彼の振るうアンタイセイな暴力は、門下生や街の者たちにとって時に痛快さを伴うものであることがあったのも、彼の人徳の由縁だった。
モチギ自身、若かりし頃はこの兄貴分に助けられたことがないわけではない。
カラテの指導に関しても、ケンルイは後輩に対してやたらと面倒見がよく、頼りになる男であった。
だが……モチギは同時に、この男のその性質をこそ恐れた。
それは彼の父ゲンイチも同じであった。
そして……。

「ダイジョブだッて!」「アイエッ」
モチギの思索は、背中をバシバシと叩く兄弟子の手により中断された。
「俺だって実際、社会の荒波に揉まれてここまで来てんだぜ。うまくやるからよォ」
「センセイは大将としてドッシリ構えててくれや。な?」
キリウキはそう言いながら、手にした鞄からある物を取り出した。
それは彼がモチギに頼み込み、キリウキ・ドージョーから持ち出したものである。
嬉々としてそれを身に帯びるキリウキを見て、モチギは頭痛に顔を顰めた。
(ああ、ブッダ!どうかこの兄弟子の狂騒を鎮めてください……無事に私たちがここを立ち去るよう、力をお貸しください!)

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「「「ハイッ!ハイッ!ハイッ!ハイッ!」」」
ブラック・ファイア・カラテドージョー内ではその日、ちょうど集まった門下生たちによるカラテ演舞・トレーニングが行われている最中であった。
黒いファイア紋様の入った威圧的カラテ装束を着た門下生たちが、黒帯を筆頭に一糸乱れぬ動きのカラテ・ワークを繰り出していく。
その動きはある種インダストリアル的な美しさを秘めたカラテであった。
カラテ指導を行うべきセンセイの場はこの場にはない。

現在、ドージョー主であるキンゴと師範代であるミリウチは上階においてハイソサエティ入門者のためのパーソナル・トレーニング指導中である。
演舞門下生の中で先陣を切るブラックベルト段位者の中にはセンセイとしてのカリメンキョを受託された者たちがいる。
彼らはドージョー内部において、センセイと同様の指導を許されており、もし演舞の乱れや怠るものが現れれば、そのものは研修済みのブラックベルト段位者にセッカンされるシステムとなっているのだ。

スパーン!音を立てて引き戸が開き、そこへ闖入者が現れる!
「ドーモ、キリウキ・ドージョーです。リベンジに来たぜェ!」
ドージョー門下生の視線が一斉に乱入者へ向く!

そこにいたのは、かつて彼らのドージョー主が打ち破ったカラテドージョーの若きドージョー主と、テーラード・ヤクザスーツに身を包んだ屈強な男の二人組である。
「ウチに喧嘩売ってきた……なんて名前だっけ?モチギ=サン」
ヤクザスーツ姿の男がボリボリと無精髭を掻きながら尋ねた。
「キンゴ=サンと、ミリウチ=サンです」
「そうそう、そいつよ!ここにいるんだろ?出してくれや!」
不遜に言い放つと、彼は見学思考者用の物らしきベンチにどっかりと腰掛けた。
「出てこないなら、出てくるまでここで待たせて貰うぜ」

ブラック・ファイア門下生たちは突然のドージョー破りに困惑した。
彼らはセンセイではない。ドージョー内部の鍛錬指導メンキョこそあれ、このような状況を判断する責務も経験も欠けているのだ!
「どうする?」「カラテ演舞続行な?」「でもドージョー破り……」「負けた相手だぜ!」「センセイたちには…?」

やがて、まごつく一団の中から血気盛んげな若者が一人、キリウキたちの方へと歩み出てきた。
ジュー・ウェアに縫い込まれたネームプレートには「モミダレ」という名前が刺繍されている。
その腰にはブラック・ベルト。ドージョーにおけるカラテ高位階者の証!
「シツレイ者め!キンゴ=センセイもミリウチ=センセイも、お前たちのような負け犬の相手をするほどヒマではないわ!」
モミダレはベンチに座り込んだキリウキに飛び掛かる!
「俺がセイバイしてやる!」

「やめとけ、アカチャン」
キリウキは至極面倒そうに言った。
「俺は弱い者イジメが嫌いなんだ。大人しくセンセイを出せや。それで話がつくからよォ」
「ほざけ!イヤーッ!」
モミダレの正拳突き!しかし!
「エッ?」
キリウキに殴りかかったモミダレの拳は、彼の顔面から大きく逸れ、背後の壁を打ち据えていた。
打撃の瞬間、その腕に添えるように当てられたキリウキの左手により逸らされていたのだ!
そして、キリウキの右手は不用意に殴りかかった者の襟元を掴んでいる。
キリウキはそのまま胸襟を自身の手元に引き寄せた。ワン・インチ距離!

「待っ…」「イヤーッ!」「グワーッ!」
キリウキの頭突きが炸裂!
哀れなブラック・ファイアカラテ門弟は額をスイカめいて割られ、血を噴き出しながらもんどりうって倒れた。

「フン!これでわかったろ……とっととセンセイを呼べ」
キリウキはモミダレを蹴り転がすと、ヤクザスーツのポケットからバイオシルクのハンケチを取り出し、返り血を拭った。
「俺の気は長くねえぞォ……!」

モチギは兄の挑発行為に、頭を抑えた。
(何ということだ。やはり、恐れていたことが現実になってしまった……!)
彼は自分を侮った相手は何者であろうと決して許さないのだ。スモトリだろうがヤクザだろうが、ドージョーの兄弟分であろうが……実の親であろうと。

「センセイ!キンゴ=センセイーッ」
倒れ伏し、イモムシめいて痙攣するモミダレを運びながら、弟子たちは師範代の名を呼んだ。

やがて、叫びを聞きつけた上階のフスマが開き、ジュー・ウェアに身を包んだ二人組が現れた。
一人はカラテ・プロモーションビデオでカンバン割りをしていた男。
このドージョーの主人、キンゴ・シバウチその人である。その目には極めて酷薄な表情が滲んでいる。
もう一人は髪を半分刈り上げた、師範代用のジュー・ウェアに身を包んだ男。このドージョーのもう一人のニンジャ、ミリウチだ。

「フゥーッ……何事か?」
「オイッお前たち!今はカラテ演舞鍛錬の時間だろうが!手を止めて何を…!」
キンゴの問いかけに対し、ミリウチが追い打ちをかけるようにまくし立てる。
異様な光景を目前に、まずはミリウチが言葉を失った。

「負け犬が、ヤクザを連れて何の用だ?」
キンゴは素早く状況を把握すると、侵入者二人を見据える。
「バウンサーを雇ってまで報復に来たか。わかっているのか?貴様のそれは実際違法行為だぞ?」
モチギはキンゴの言葉に戸惑いを見せた。
その戸惑いを感じ取ってか、キリウキが問いに答えを返す。
「安心していいぜモチギ=サン。俺はヤクザを辞めた身だ」「エッ?」「言わば一匹狼、ブライの徒よ」

「それにセンセイがたよ。俺のカラテ・ベルトが見えねえのかい」
キリウキはベンチからやおら立ち上がると、ヤクザ・スーツの上から腰に帯びたホワイト・ベルトを指し示す。
「俺はキリウキ・ドージョーのニュービー門下生よ!ドージョーの危機に居てもたっても居れなくなった義勇の士…」
芝居がかった声音で、キリウキは嘯いた。

「その勇気を買ってリベンジを受けちゃあくれねえかい。それとも何か?ブラック・ファイア・カラテスクールとやらは、ケンカを売る度胸はあっても買う根性は無いのかい?」
「貴様ァーッ!何を抜かしよるかァー!」
キリウキの挑発に、ミリウチが吠える。キンゴの表情に、無言のうちに怒りの色が浮かぶ。
その手が握りしめた木製の手すりがミシミシと軋みを上げている。コワイ!

「よかろう、相手をしてやる。ミリウチ=サンも異存はあるまいな」
「ええ。身の程知らずのヤクザものに礼儀を教えてやりましょうや!」
同意を示したミリウチに頷き返すと、キンゴは門下生たちに号令をかける。
「カコメ!」「「「ハイ!」」」

号令を受けた門下生たちは、一斉にタタミの周囲に整列!
「ツクレ!」「「「ハイ!」」」
続いて、淀みない動きでカラテ・リングを組み上げると、その外縁に見学者として一同整列!
彼らを外縁として、即席のカラテ・コートが形成される!

「まずは俺と手合わせしてくれや、ニュービーさんよ!」
ミリウチは三飛びで階段を降り切ると、リングのタタミ端へ跳躍着地!
鋭い身のこなしである!

「血気盛んなセンセイからか。嬉しいぜ……イヤーッ!」
キリウキはその身のこなしに期待を高め、嬉しげに目を細める。
次いで、腰掛けていたベンチからカラテ・リング上まで跳躍着地!

その姿は既にシャークスキン・ヤクザスーツではなかった。
おお……見よ!ヤクザスーツの下から現れたのは、ジュー・ウェアじみた群青色のニンジャ装束。その腰にはブラック・ベルト!

右側面に見事な浮雲模様の刺繍が入った装束を身につけたニンジャは、敵対者に素早くオジギを繰り出した。
「ドーモ、エアレイドです」
「な…!」
ミリウチは眼前のヤクザの変貌に目を剥いた。
しかし、すかさず本能的な速度でアイサツを返す。ニンジャのイクサにおいて礼儀作法は鉄の掟なのだ。
「ドーモ、エアレイド=サン。パイルマシンです」リベット打ちの威圧的ニンジャ装束に瞬時に着替えたミリウチがニンジャとしての名乗りをあげる。
モチギはカラテ・リングに上がった二人のニンジャ戦士の姿に息を呑んだ。
今、ブラック・ファイア・カラテスクールのタタミの上で、ニンジャ同士の熾烈なイクサが始まろうとしていた!

(#2前半終わり。 #2後半に続く

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