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初音ミクと現代アートの接続点

こんにちは、ボカロが好きです。ボカロはいいぞ。

 皆様はじめまして、きぃと申します。ボカロリスナーアドベントカレンダー2023参加記事です! 毎年企画してくださっているobscure.さんありがとうございます! ほかの方の投稿もぜひご覧ください。

はじめに

 「現代アート」と聞くと「なんかよくわからないやつ」と思っている人も多いのではないでしょうか。私はここ数年で美術館や展覧会に行くようになり、アートがとても好きになりました。まだまだ浅学ですが、いろいろと勉強したり鑑賞したりしています。

 そんな折の来年2月、パルコにて初音ミクをテーマにした現代アートの企画展の開催が発表されました。ありそうで今までなかった取り組みで今から楽しみにしています(ヘッダーはこの画像からお借りしました)。

 今回はこの企画展に先んじて、これまでに行われた初音ミクとアートの接近を整理しようと思います。また、都度それらの展示に見いだされる思想と過去の美術・音楽の連関を挙げることを通して、初音ミクが接続しうるアートの文脈を考察し、初音ミクと芸術の在り方を考えます。

 アートとの接近と言っても、アートとは何かということ自体非常に難しいので、今回はこれまでに美術館にて展示された事例・作品を見ていこうと思います。

 とはいえ私は体系的に美術を学んだわけでも専門的なガチ勢でもありませんので、トンチンカンなことを言っている可能性が多々あります。その時は妄言多謝悪酔強酒之弁でございますので笑い飛ばして下さい。

※本編の前に
 ここで紹介している作品やアーティストの中には生命倫理・法的問題等について批判的意見や賛否が分かれるものがありますが、今回はそういった議論には踏み込みません。あくまで初音ミクとの接続における考察のみを行います。


これまでの初音ミクとアートの接近

ロボットと美術 機械×身体のビジュアルイメージ

青森県立美術館展覧会ページより(†1)

2010年7月10日 - 2010年8月29日 青森県立美術館
2010年9月18日 - 2010年11月7日 静岡県立美術館
2010年11月20日 - 2011年1月10日 島根県立石見美術館

 本展覧会が私が知る限り、最も早く初音ミクが美術館で「展示」された事例です。

 本展は「ロボットの文化的意義を問い、科学技術と芸術、そして私たちの身体観の相互的な結びつきを明らかにしようとするもの」(†2)として企画されました。非現実的な「ヒトガタ」としてのロボット像から、大衆への文化受容としての「鉄腕アトム」「機動戦士ガンダム」「AIBO」等が展示されたようです。

 初音ミクは最終章「戦後Ⅱ ロボットイメージの現在 ロボティクスからアートまで」の最終セクション「21世紀の身体観」にて「初音ミクの公式イラスト、ラフ画、そして浅井真紀様ご制作のミクAppendフィギュア」(†3)などが展示されました。つまり本展覧会は初音ミクを用いた作品ではなく、初音ミク自体が展示された事例です。

初音ミク公式ブログより(†3)

 ここで初音ミクは「いわば『電子の歌姫』としてわれわれとロボットの間に成立する機能と感情移入の相互作用を多くの人々との間に実現した存在」(†4)として紹介されています。本展覧会では、初音ミクという人間と非人間を結びつけるインタフェースとしての特異性に関心が向けられています。「『リアルだけれども完璧な人声ではない』という危険因子が好感要因へと転換したおそらく史上初の例と言うことができる」(†5)。

 「初音ミクが苦手でしょうがない」(†6)と述べる音楽学者の増田聡は、その理由を「歌う身体とその音響とのミメーシス関係から派生するもの」とするロラン・バルトが提示した「声の肌理きめ」(*1)をシミュレーションするものとしてのVOCALOIDがまだまだ不完全であるにもかかわらず、「その音響を『声』として聞くことを強いる欲望に起因するものなのだろう」(†6)と自己分析しています。

 本展キュレーターの村上敬はこの「声の肌理」という議論の進め方自体は有用としつつ、初音ミクはその調声パラメータとして「声の肌理」に肉薄しており、その上で「完璧な人声でない」という「人間とは違う何かが横たわる。『残余』がある」(†5)ところに「具象美術」を見出し、「実体と表象との差分、表象しきれない『残余』、を通じて人間を考えていく」(†5)ところに美術としての美的感覚があると分析しています。

 本展覧会から13年が経ち、合成音声の精度も、(AI等も含めた広義の)ロボットも状況が様変わりしています。
 生成AIだのAGIだのと、人間を圧倒する「恐怖の存在」としてのロボットがSFでは済まなくなりそうな、シンギュラリティが現実味を持って議論されてやまない現代となりました。一方で、わざと失敗を演出するロボットの好感度についての研究などもあります(†7)。

科学の限界を超えて私は来たんだよ

「みくみくにしてあげる♪」 ika feat. 初音ミク

歌はまだね、頑張るから

同上

 本展で示された「機械と人間の接続点として初音ミク」という切り口は、そうした人間のアイデンティティと技術の進歩に対して、人間らしさとロボットらしさの狭間で揺れる人間の美的感性という側面から視座を与えるものであり、むしろ今こそ、重要性を増しているように思います。


LOVE展 アートにみる愛のかたち シャガールから草間彌生、初音ミクまで

TOKYO ART BEATの紹介ページより(†8)

2013年4月26日 - 2013年9月1日 森美術館

これがミクちゃんですか」でおなじみ(?)の愛をテーマにした森美術館10周年記念展覧会。
本展ではクリプトンと森美術館によって製作された《初音ミク:繋がる愛》という映像インスタレーション作品が展示されました。

《初音ミク:繋がる愛/Hatsune Miku: Connecting Love》
2013, インスタレーション(3チャンネル・ビデオ、タブレットコンピュータ)
FASHION PRESS紹介記事より(†9)
同上(†9)
同上(†9)

 本作品は「3つのスクリーンと126台のタブレットコンピュータ、プロジェクター立体視スクリーン」(†10)から構成され、ピアプロのイラストや「ミクの日大感謝祭」「MIKUNOPOLIS in LOS ANGELS」のライブ映像、「MIKUMENTARY(*2)」のドキュメンタリー映像が流れるものです(†11)。森美術館は本作品を「無数のミク像とクリエイターたちの初音ミクへの愛、あるいは初音ミクを介して生まれたネットワーク状に拡がる新しい絆の可視化を試み」(†12)たものであるとしています。
 これは先の「ロボットと美術展」と同様に初音ミクそのものを展示しつつ、むしろ本展覧会では初音ミクという「現象」を美術館にて展示する試みであると言えるでしょう。

 本展示のキュレーターである椿玲子は「クリエイターとファンは初音ミクを通じてつながり合い、その総体として初音ミクに対する愛着が形成されてゆく」(†13)と分析しています。同時に「美術の源流たる宗教においてはブッダ、イエス・キリスト、聖母マリア……、いつの時代もアイコンが創作されてきました。<中略>しかもミクは、宗教的アイコンと違って背景となる物語を持たず、キャラクターの改変も創作側に委ねられている」(†10)という、アイコンでありながら曖昧である(*3)という特異性にフォーカスを当てています。

 クリエイターとファンの「紐帯」としての「初音ミク」。これは、「初音ミクたちをハブ(きっかけ)として、「創作」というキーワードで繋がる場所」(†14)として開催されているマジカルミライにも表象される、初音ミクの代表的な側面と言えます。

 また、ユーザの総意によって少しずつ作られていったイメージという、初音ミクの「民主性」についても言及されています。これについては後述する作品にてさらに踏み込んでいるように思われるため、その時に述べることとしましょう。

 このような「紐帯」としての初音ミクの存在は現代アートにおける「ソーシャル・エンゲイジド・アート(SEA)」という潮流と比論し得ます。初音ミクをはじめとしたインターネットの連関とSEAの関係については、ukiyojingu氏の論考(†15)に詳しいため、そちらをご参照ください。

 また、ukiyojingu氏の論考でも取り上げられているSAEへのビショップの批判――美が二の次になりプロパガンダとなってしまう――について、初音ミクは「その総体として初音ミクに対する愛着が形成されてゆく」という、初音ミクという<機関>にその美的実存が還元されていく、というアクロバティックな回避の仕方を見せていることは注目に値すると思われます。

君が伝えたいことは 君が届けたいことは
たくさんの点は線になって 遠く彼方へと響く
君が伝えたい言葉 君が届けたい音は
いくつもの線は円になって 全て繋げてく どこにだって

「Tell Your World」 kz(livetunes) feat. 初音ミク(*4)

 人と人、社会と社会を接続する存在としての初音ミクという「現象」は美術界においても大きな驚きをもって迎えられたことがわかります。

 ところで、初音ミクの映像を通して、初音ミクという事象を展示したLOVE展でしたが、実は初音ミクをも取り込んだ、観衆とアートを接続するある意味で破壊的創造とも言える取り組みが同じLOVE展で展示されています。それが、次に述べる梅沢和木氏の《ありとあらゆるあるもの ver. β》です。


梅沢和木, 《ありとあらゆるあるもの ver. β》

梅沢和木《ありとあらゆるあるもの ver. β/Everything that exists is ver. β 》
2013, インスタレーション(パネルにインクジェット・プリント、モニター、デジタルデータ),
サイズ可変(パネルサイズ:500x250cm), 作家蔵(†16)

 「初音ミクをも取り込んだ」と述べましたが、実際に初音ミクが使われているかは確認していません。しかし、おそらくどこかにいるだろう、というしかないほどに「インターネット」をコラージュした作品が梅沢氏の特徴です。
 少なくとも、同氏の《とある現実の超風景 2018 ver.》では使われています。この作品はつい最近まで東京都現代美術館で展示されており(*7)、筆者が確認しました。

梅沢和木《とある現実の超風景 2018 ver./A Certain Mankind's Super Landscape 2018 ver.》
2011/2018-2019, デジタルデータ,
6418×111024pixel, 21.2GB, 東京都現代美術館蔵(†17)

 《ありとあらゆるあるもの ver. β》は、LOVE展で展示された際、「会期中に一般公募された画像をコラージュしていくことで、作品は変化していく」(†18)という試みがなされています。この「画像を提供する側からの創作への関与、すなわちある種の他者の愛を受け入れており、これは双方向的な創作という意味で、新しい愛のかたちを探る試み」(†18)は<機関>としての初音ミクが発生させている関係項と同一の視座に基づいた可視化でもあるように思われます。
 ただし、そこで描かれる相互性は《Tell Your World》よりもずっと歪に思われます。しかしながらインターネットを表現するものとしてこの歪さはむしろ正しいようにも思えるのです。

 コラージュを現実世界と表裏をなすインターネットを構成する方法として用いる点は、「複数の異なるジャンルから引用されたイメージを、すべて、そのまま肯定しようとする」(†19)取り組みであり、「図像だけでなくその周囲のフィールドを強調していくという、梅沢に一貫して見られる志向性」(†20)は「ヴァーチャルなイメージの集積が巨大なエネルギーとして隆起する様を描きだし、虚実を同一の地平でないまぜに」(†21)する技法として機能しています。

このふざけたインターネットは七色のサイケデリック
SNSという瓶詰地獄に救済を

「INTERNET OVERDOSE」 にゃるら/Aiobahn feat. KOTOKO

 個人的趣味を同一地平に並べてカオスな世界と揺れる自我を表現するという点は、yanagamiyuki《MY NAME IS》の初音ミク性にも見出されます。

病んで何年経ってんだって 
夢にでるschool 未だ貧弱なtool
US後追う 喰種
晴れることのない憂鬱を生きている

「MY NAME IS」 yanagamiyuki feat. 初音ミク

スリムシェイデイ憑依 驚異的 すぎない?
I'm a VOCALOID むしろヒトが踏み台

同上

 本作について「始めたばかりのAviUtlで好き放題コラージュするのがただ楽し」(†22)かったというyanagamiyukiが「みんなが好きなものの寄せ集めが数字を集めていいのかという疑問ずっとあ」(†23)ると述べるように、「好き」を集めた果ての善悪表裏一体性と、その中心点となる特異点としての初音ミクは梅沢氏のコラージュと比近するものと考えられます。

動画の引用関係のネットワーク(†24)

 また、ボカロ曲の手法とコラージュの親和性も高く、ボカロ曲らしさを「「コトバの破壊」という過剰性」に見る向きもあります(†25)。そうした情報の断片化、インターネットという極限まで加速された情報消費は、初音ミクと呼応しあいます(*6)。

 初音ミクはその登場以来「電子の歌姫」と呼ばれて久しいですが、それゆえに、インターネットを取り巻く「平面化された自我」の表現にとって、必然であるように思われます。

 さて、そうしたインターネットを表出する存在として「生きていない」ことが語られる初音ミクですが、yanagamiyukiが「(初音ミクが)生きていないものとして扱うことが当たり前になりつつあることに、すごく疑問があるんです。<中略>オリジナルの魂が死んでも複製された人格が生き続けて、あるときから生命体をも超えるような新しい初音ミクになると信じています」(†22)と述べるように、「生きている」初音ミクというのも同時にまた語られ得るものです。そして、その同じ方向性で作成された作品があります。それがBCL《Ghost in the Cell》です。


BCL, 《Ghost in the Cell》

21世紀美術館より(†27)
同上(†27)

 バイオ・アートを多く発表するアーティスト集団BCLが2015年~2016にかけて行われた展覧会(*7)にて発表した《Ghost in the Cell》はiPS細胞を用いて初音ミクの心筋細胞を作るという試みです。

 この展覧会にあたって、事前に3か月かけてインターネット上で「初音ミクという仮想人格」として外見のデータなどが記されたDNA遺伝情報が作成されました(*8)。そしてその遺伝情報をもとに、iPS細胞を用いて作られた心筋細胞がGoogleのAIによって生成された仮想の金沢の風景などとともに展示されました。

 この作品が示唆するところは、「画像やメディアの真実性だけでなく起源に対する疑念や疑惑によって、生命のような画像・動画・音声データあるいは合成メディアが社会に挑戦する」(†28)ことです。

 私たち生命はその起源や真実性に疑義をはさむ権利もなく、「遺伝子の揺籃」という情報キャリアとしての役目に隷属しています。
 その中で音楽や芸術をはじめとする文化を育てていく様子と本プロジェクトは相似形をなしているとも言えます。本作についてBCLのメンバーである福原志保は「(初音ミクが)むしろ抽象的な存在であることによって、不特定多数の人たちが想像力で補完し合って、具体的な物語・共同性を育んでいく過程は、ATCGという抽象化されたデータが具体的な生物を構成する遺伝子の様態にも重なって見えます」(†29)と述べています。

 ここでも述べられる、人々の総意として初音ミクの共同性を育んでいくという「民主性」とその実現としての初音ミク=生命の創造は、ともすれば近い意見の人を選択するという間接民主制よりもさらに進んだ民主主義の在り方にもなりうるという意見もあります(†30)。

 初音ミクという「主体なき生命」というモティーフはアートにとっても示唆に富んだものであるように思われます。BCLの本作は初音ミクの「民主性」を意志の主体者である生命として表現した顕著な例といえるでしょう。

死ねない 私 シンフォニーの核に宿る魂
mp3 の数分 生きた証
新しい 新しい 新しい 新しい 私

「Vocaloid Become Human」 yanagamiyuki feat. 初音ミク

 また、歴史画やクラシックを見るまでもなく、芸術や音楽にはその時代を保存するものというメディアとしての側面もあります。バイオ・アートと音楽における歴史性の接続例として、やくしまるえつこ《わたしは人類》が挙げられます。

 本作は「CD」「デジタル配信」「バクテリア」の三形態という極めて特殊な媒体で発表された作品です(*9)。この楽曲の作曲にはシネココッカスというバクテリアの塩基配列を特定の音列にコンバータして用られ、さらに、この音楽をDNA塩基配列にエンコードして遺伝子組み換え技術を用いて微生物に組み込むという形で制作されました。
 本作は「DNAをメディアとみなし楽曲データを保存した世界初の試み」(†31)であり、音楽という歴史性を生命という歴史性に接続した事例と言えます。
 このバクテリアは人類が滅んだ後も自己増殖を繰り返し、「新たな知的生命体が現れ、想像を超えた方法で本作を読み解く」(†31)まで保存され続けます。また、その過程で突然変異が起これば人間の手に依らない全くの自然の摂理に従った「作曲」となりえるでしょう。

 初音ミクのその総体としての自我と音楽という、歴史性を伝える(疑似的な)生命の揺りかごとして捉えるような取り組みは、一層の情報消費が加速する現代において重要なものになると思われます。

 さて、そのように歴史性と初音ミクの繋がりを見たところで、初音ミクの表現に古来からの伝統的な日本の絵画技法を比較する展覧会が開かれていました。それが、「響きあうジャパニーズアート― 琳派・若冲 × 鉄腕アトム・初音ミク・リラックマ ―」です。


響きあうジャパニーズアート― 琳派・若冲 × 鉄腕アトム・初音ミク・リラックマ ―

iXima,《初音ミク×鶏》
美術展ナビより(†32)

2022年9月6日 - 2022年12月4日 細見美術館

 本展は、初音ミクのほか鉄腕アトム等の手塚治虫作品やリラックマなどが琳派や伊藤若冲といった日本画とコラボレーションする試みです。

 初音ミクの髪の曲線に古来からの伝統的な日本画の曲線美を見出すというのは、現代アートというよりむしろ、伝統的な日本画の美を今に伝えるエッセンスの揺りかごとして初音ミクが表現されている例と言えます。

 とはいえ、歴史を保存するものとしての合成音声については、注目すべき点があるように思います。

 さきほども紹介したやくしまるえつこの別の楽曲《思い出すことなど》, 2016は、夏目漱石の文書をやくしまるえつこが夏目漱石の骨格から声を再現したモンタージュ音声とともに朗読する作品です。

 また、《Ghost in the Cell》が生命を生み出す試みであったのと逆に、合成音声音楽を用いて死者を蘇らせる試みとして、フォルマント兄弟《フレディの墓/インターナショナル》, 2009という作品があります。

 これはサンプリングなしにフレディ・マーキュリーを再現した合成音声で、日本語で「インターナショナル(ソ連国家)」を歌うという、奇怪ながらも「20世紀への、けっこうセンティメンタルなオマージュ」(†33)として成立している作品です。

残り時間の少ないヒューマン
見ててあげるわ 楽しませて
生き汚く生きて何かを創ったら
あなたの気持ちが1000年生きられるかもしれないから

「1000年生きてる」 いよわ feat. 初音ミク

 初音ミク(音声合成技術)が持つ生命性、あるいは蘇生可能性という生命からの超越性は、音楽の保存という価値から、初音ミクという意志の保存(あるいは変異)へと変容されます。この点は、単に音楽として、絵画として記憶されるのとは異なる特異性があるものとして興味深く思います。

これからの初音ミクと現代アート

 さて、これまでの初音ミクが用いられた主要な展覧会や作品を見てきました。ここで改めて、来年2月に行われる現代アート展についてみてみましょう。とはいっても、現時点(2023年12月7日)で、公表されている情報は極めて限られています。

 プレスリリースによると、この企画を行うのはパルコとDeNA、モバオクであり、クリプトンはあくまで初音ミクというテーマを使う許可を出しているだけのようです。

 パルコやモバオクが企画するのであれば、アート作品を販売するのが目的でしょうから、バイオ・アートやインスタレーション作品、コンセプチュアル・アート、もちろんソーシャル・エンゲイジド・アートが出展されるのは難しいかと思われます。つまり、残念ながら、これまで紹介してきたような作品が出ることはあまりないということです。

 おそらく形態としては絵画作品やNFTアートなどが主になるのではないかなと思います。現代アーティストの村上隆がドラえもんを描いていますので、そういうような作品が出展されるのではないかなと予想します。

 とはいえ、これまでに見てきたようなモティーフは現代美術、のみならず現代を生きる我々が考えるべき思想潮流として非常に重要であり、多かれ少なかれそういったエッセンスを持った作品があるのではないかなと期待しています。
 もちろん、これまでにない思想や発想を初音ミクという題材で表現されるのもとても楽しみであり2月が待ち遠しく思います。

 それまで、みなさんも今より少しだけアートに関心を向けて2月のパルコを心待ちにしてくれれば私としてもうれしく思います。

 それでは、良きボカロ&アートライフを!

注釈

*1 私はロラン・バルトについてあまり詳しくないので、「声の肌理」を用いた議論の有効性について私自身の見解はあまり踏み込めない。『第三の意味』は読んでおきたいところ。

*2 MIKUMENTARY:カリフォルニア大学サンディエゴ校准教授、タラ・ナイト監督の短編ドキュメンタリー・プロジェクト(†8)。現在はYouTubeにて公開されています。

*3 LOVE展の展覧会カタログの作家・作品解説にて、他のアーティストであれば例えば「1964年ソウル生まれ、同地在住。」(ギムホンソック)と書いてある欄に「年齢:16歳 | 身長:158cm | 体重:42kg | 得意ジャンル:アイドルポップス、ダンス系ポップス | 得意な曲のテンポ:70~150BPM | 得意な音域:A3~E5」(†13)と載っているのは注目に値します。<初音ミク>を規定する完全な情報はまさにこれだけであり、これら以外にはないのです。

*4 「ミクの日大感謝祭の映像」というのは具体的には「Tell Your World」を披露しているシーンを流していたようです(†11)。もちろんこれは偶然ではないでしょう。

*5 2023年 7月15日 - 2023年11月 5日 東京都現代美術館「MOTコレクション:被膜虚実」

*6 合成音声音楽といわゆる「Z世代」の情報消費およびアイデンティティの関係性に関する論考は因果,2022(†26)に詳しい。

*7 2015年9月19日 - 2016年3月21日 金沢21世紀美術館「ザ・コンテンポラリー3 Ghost in the Cell: 細胞の中の幽霊」

*8 「hmDNA」プロジェクト。ソフトウェア開発クラウドはGitHubにて公開されており、有志により協動的に作成される。

*9 《わたしは人類》は《Ghost in the Cell》の展示が行われた金沢21世紀美術館に「収蔵」されています。

参考文献

†1 青森県立美術館,"ロボットと美術 機械×身体のビジュアルイメージ",2010,青森県立美術館サイト,(2023年12月1日閲覧,https://www.aomori-museum.jp/schedule/2884/

†2 「ロボットと美術」展実行委員会,ごあいさつ,「ロボットと美術――機械×身体のビジュアルイメージ」展覧カタログ,講談社,2010,p.2

†3 クリプトン・フィーチャー・メディア,"いよいよ展示開始!『ロボットと美術』展の内部をこっそりご紹介!",2010,初音ミク公式ブログ,(2023年12月1日閲覧,https://blog.piapro.net/2010/07/post-369.html

†4 村上敬,《初音ミク》解説,「ロボットと美術――機械×身体のビジュアルイメージ」展覧カタログ,講談社,2010,p.118

†5 村上敬,人間とロボットの間に「不気味の谷」はあるのだろうか?,「ロボットと美術――機械×身体のビジュアルイメージ」展覧カタログ,講談社,2010,p.140-143

†6 増田聡,初音ミクから遠く離れて,ユリイカ 総特集=初音ミク ネットに舞い降りた天使,2008,40(15),p.37-41

†7 谷郷力丸,高橋卓見,廣田敦士,早川博章,岡夏樹,西崎友規子,失敗する演出を施したロボットは人と円滑な関係を築くか,2016年度情報処理学会関西支部支部大会講演論文集,2016,p.4-7

†8 TOKYO ART BEAT,"LOVE展 :アートにみる愛のかたち -シャガールから草間彌生、初音ミクまで",2013,TOKYO ART BEAT,(2023年12月1日閲覧,https://www.tokyoartbeat.com/events/-/2013%2F1772

†9 FASHION PRESS,"徹底ガイド!六本木ヒルズ「LOVE展:アートにみる愛のかたち」の全容を公開",2013,FASHION PRESS,(2023年12月1日閲覧,https://www.fashion-press.net/news/6696

†10 山内宏泰,森美術館「LOVE展」に初音ミクが登場! 「広がる」現代の愛のかたち,美術手帖=特集 初音ミク,2013,985(6),p.110

†11 森美術館編,作品リスト,「LOVE展:アートにみる愛のかたち シャガールから草間彌生、初音ミクまで」公式カタログ,平凡社,2013,p.203

†12 森美術館,"初音ミク《初音ミク:繋がる愛》1分でわかる「LOVE展」~アーティスト&作品紹介(9)",2013,森美術館公式ブログ,(2023年12月1日閲覧,https://www.mori.art.museum/blog/2013/06/-1love9.php

†13 椿玲子,「初音ミク」作家・作品解説,「LOVE展:アートにみる愛のかたち シャガールから草間彌生、初音ミクまで」公式カタログ,平凡社,2013,p.179-180

†14 クリプトン・フィーチャー・メディア,"マジカルミライ",n.d.,初音ミク「マジカルミライ」ポータルサイト,(2023年12月1日閲覧,https://magicalmirai.com/

†15 ukiyojingu,"現代アートとして初音ミクの「ネギ」を捉えてみる",2019,note,(2023年12月1日閲覧,https://note.com/ukiyojingu/n/n09540378b761

†16 森美術館,"コレクション - ありとあらゆるあるもの ver. β",n.d.,森美術館公式サイト,(2023年12月2日閲覧,https://www.mori.art.museum/jp/collection/2587/index.html

†17 梅沢和木,"2019の作品など",2019,umelabo log,(2023年12月6日閲覧,https://umelabo.hatenablog.com/entry/2019/12/25/225911

†18 椿玲子,「梅沢和木」作家・作品解説,「LOVE展:アートにみる愛のかたち シャガールから草間彌生、初音ミクまで」公式カタログ,平凡社,2013,p.194

†19 黒瀬陽平,バトルフィールドとしての絵画,Re:エターナルフォース画像コア,CASHI,2020,p.50

†20 石岡良治,コアを見つめるキャラクター:梅沢和木「大地と水と無生物コア」展,Re:エターナルフォース画像コア,CASHI,2020,p.50-51

†21 岡村恵子,「梅沢和木」解説,「MOTコレクション 被膜虚実」公式カタログ,東京都現代美術館,2023,p.26

†22 しま,インタビュー やながみゆき,合成音声音楽の世界2020,Stripeless,2021,p.10

†23 namahoge,"yanagamiyukiインタビュー 憂鬱と生きながら問う、生命とAIとボーカロイド",2022,Soundmain(Web Archive),(2023年12月6日閲覧,https://web.archive.org/web/20231116013209/https://blogs.soundmain.net/15914/

†24 濱崎雅弘,武田英明,西村拓一,動画共有サイトにおける大規模な協調的創造活動の創発のネットワーク分析 ニコニコ動画における初音ミク動画コミュニティを対象として,人工知能学会論文誌,2010,25 (1),p.157-167

†25 因果,リリックで俯瞰するVOCALOID音楽,合成音声音楽の世界2020,Stripeless,2021,p.80-91

†26 因果,Z世代の合成音声音楽,合成音声音楽の世界2021,Stripeless,2022,p.74-83

†27 金沢21世紀美術館,"ザ・コンテンポラリー3 Ghost in the Cell:細胞の中の幽霊",2015,金沢21世紀美術館公式サイト,(2023年12月6日閲覧、https://www.kanazawa21.jp/data_list.php?g=17&d=1726

†28 Georg Tremmel, Ghost in the Cell—Synthetic Heartbeat,Proceedings of Art Machines 2: International Symposium on Machine Learning and Art 2021,School of Creative Media, City University of Hong Kong,2021,p.215-216

†29 島貫泰介,interview01 BCL バイオ・テクノロジーを起点に「生命」の在り方を問う,美術手帖 特集=バイオ・アート,2018,1063(70),p.11-17

†30  原田伸一朗,キャラクターの「人権」:法学的人間の拡張と臨界, 静岡大学情報学研究,2019,24巻,p.1-14

†31 金沢21世紀美術館,「やくしまるえつこ」解説,コレクション | 金沢21世紀美術館(第2版),株式会社マイブックサービス,2018,p.606

†32 美術展ナビ,"【プレビュー】「響きあうジャパニーズアート -琳派・若冲 × 鉄腕アトム・初⾳ミク・リラックマ-」細見美術館(京都)で9月6日から",2022,美術展ナビ,(2023年12月6日閲覧,https://artexhibition.jp/topics/news/20220818-AEJ946917/

†33 片山杜秀,白石美雪,楢崎洋子,沼野雄司,フォルマント兄弟/フレディの墓/インターナショナル,日本の作曲⦿2000-2009,サントリー芸術財団,2011,p.83-84



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