あなたの体は9割が細菌【bookノートC】

ヒトゲノムの解読によりヒトの遺伝子への理解は進んできたが、それは私たちの体を構成する細胞の数でいうとほんの10%ほどの部分でしかない。

残りの90%はマイクロバイオータと呼ばれる100兆個の共生微生物から成るが、その研究はまだ途中段階だ。

人体のうち外界と接しているのは皮膚だけではない。

消化管など私たちが体内だと思っている場所も「外側」であり、微生物の棲息地となっている。

中でもその多くを抱えているのは腸であり、腸の中には常に肝臓と同じ重量に相当する1.5キロの細菌がいるという。

腸内細菌は人が食べるものを食べているため、腸内細菌の組成比は人によって異なる。

腸から出てくる糞便の中身は食物の残骸というよりほとんどが細菌で、そこから見つかる細菌はその人の健康状態や食生活をよく表している。

健康な人とそうでない人のマイクロバイオータを比較することで、様々なことが分かってきた。

人類はこれまで、天然痘やコレラやペスト、麻疹や風疹など様々な病気と闘ってきた。

そして19世紀から20世紀にかけ、医療や公衆衛生について4つのイノベーションが起きた。

それは予防接種、医療現場の衛生習慣、水質浄化と、抗生物質だ。

これらの誕生により、人類は感染症の脅威から遠ざかることができた。

そのかわり、花粉症や肥満、うつ病などそれまでなかったような病気が過去60年間に次々と出てきている。

これらは「21世紀病」と呼ばれており、あまりにあちこちで見られているために私たちはそれが普通だと思ってしまっているが、

実は普通ではないのである。

21世紀病に共通するものは何かと考えたとき、

まず浮かび上がるのは免疫系だ。

アレルギーも自己免疫疾患も免疫系の過剰反応である。

そして次に浮かぶのは消化器障害だ。

自閉症の患者は慢性的な下痢に悩まされているし、

うつ病と過敏性腸症候群は連動して起こる。

肥満も腸内を通過する食べ物が起源だ。

また、かつて感染症は人と人との接触を通じて広まったが、

肥満や自閉症、アレルギーや自己免疫疾患はみな欧米で流行している病気だ。

これらの国は地理的に接触しているだけでなく「豊か」だという共通点もある。

最近では新興国や途上国でも近代化に伴って拡がっている。

また、時期的にはどれも1940年代にはじまったと言われている。

20世紀の半ばに何かが変わったのは間違いない。

現代の欧米式の豊かな暮らしはなぜ、私たちを21世紀病へといざなうのだろうか。

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地球上の成人の3人に1人は過体重で、

9人に1人は肥満だ。

欧米では3人に2人が過体重で、その半分は肥満だ。

なぜこんなことになってしまったのだろうか。

世の中ではさまざまなダイエット法があるものの、

確実に痩せられる方法は今のところ外科手術により胃を小さくする方法しか見つかっていない。

マイクロバイオータの研究者によると、同じ量の餌を与えても、太ったマウスは痩せたマウスより多くのカロリーを吸収しているという。

それらのマウスの腸内細菌を調べると、

細菌の組成比に特徴があることが分かった。

摂取カロリーはどれだけ食べるかでなく、

腸内細菌がどれだけ分解し、

腸が吸収するかによって決まる。

自閉症だけでなく、統合失調症などと診断される病気も腸内細菌の組成比が影響しているという研究結果が出たのはごく最近のことだ。

花粉症をはじめとするアレルギーも21世紀病のひとつだが、

その原因はまだ特定されていない。

衛生水準の向上により昔に比べて免疫系の出番が減ったため、

力を持て余した免疫系が花粉のような無害なものまで攻撃するようになった、

というのが「衛生仮説」であり、現在の世の中で支持されている。

しかし、この仮説には弱点がある。

病原体や寄生虫が不在のとき、他に免疫系の標的になりそうな微生物はたくさんいるのになぜ花粉が標的になってしまうのかということだ。

ひとつ言えることはヒトの免疫系も単独に進化してきたものではなく、

微生物と共に育ってきたシステムだということだ。

つまり、微生物生態系のバランスが崩れると免疫系のバランスも崩れてしまうのである。

「衛生仮説」ではなく、21世紀病を抑えるためには微生物の力が必要だという説を唱えるべきときがきた。

20世紀の初めにフレミングがペニシリンを発見して以来、

抗生物質が我々を感染症の危機から救ってくれたことはもはや説明するまでもないが、

抗生物質は体内のマイクロバイオータに対してはどのように寄与しているのだろうか。

抗生物質は感染症を引き起こしている細菌だけでなく、

関係のない細菌まで大量破壊してしまうことがある。

もちろん、抗生物質のすべてが「悪」というわけではない。

無数の命を救い、多くの苦しみを防いできた抗生物質だから、

そのメリットとデメリットを天秤にかけてから使うか使わないかを決めるべきだろう。

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肥満の原因を探るために、何を食べたかではなく腸内細菌の組成比を知る必要があることは先に述べたとおりである。

アフリカの僻地の子どもと先進国の子どもの食生活を比較すると、

目立つのは先進国の子どもの食べる脂肪と糖の多さだ。

しかしどれだけ調べても、脂肪や糖を食べる量と体重の増加の関連性は見つからなかった。

そこで改めて二地域の子どもの食生活を比べると、

摂取量が明らかに違ったのは食物繊維だった。

アフリカの僻地の子どもの摂取する食物繊維は多く、

先進国の子どもは少ない。

アフリカの僻地の子どもは食物繊維を分解する腸内細菌を数多く持っており、

この細菌の組成比が体重の増減に影響を与えていることが分かった。

微生物は我々の遺伝子に組み込まれているものではない。

微生物との共生は人間に利益をもたらすが、

その微生物はどうやって子孫に受け継がれているのだろうか。

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子宮内部の羊水に浸かっているとき、胎児は無菌状態にある。

しかし、破水と同時に外界との接触が始まり、産道を通るときに微生物のシャワーを浴びる。

新生児の腸内細菌の構成は、母の膣内と最も近い。

大人の腸内と違い、病原体を殺す役割をする乳酸菌の割合が高い。

ヒトは赤ん坊を守るため、膣に大切な微生物を待機させておくよう進化してきたのだ。

先進国ではお産の3割程度が帝王切開で行われるが、

帝王切開で生まれた子は感染症やアレルギー、

さらには自閉症や肥満になりやすいというデータもある。

もちろん帝王切開は緊急時には必要となる大事な出産手段だが、子どもの健康上の影響についても知っておきたい。

オリゴ糖を含む食品は大人の食事には必要ないが、出産直後の母乳にはオリゴ糖が含まれている。

これは赤ん坊の腸内にはオリゴ糖を特殊な酵素に分解して免疫系を発達させる細菌がいるからである。

赤ん坊の腸内細菌はとても不安定なため、出産直後には母乳が欠かせない。

そして、赤ん坊の成長に応じて母乳に含まれるオリゴ糖の含有量は減っていく。

また、母乳には母親の腸内にいるのと同じ細菌も含まれている。

血液を通して細菌が腸内から母乳に移動しているのだ。

さらに驚くべきことに、母乳の成分は出産方式によっても違う。

陣痛を経験した母親の母乳は、陣痛が始まる前に計画的な帝王切開で出産した母親の母乳よりも微生物が豊富なのだという。

では、粉ミルクで育つ赤ん坊はどうなのだろうか。

粉ミルクで育つ赤ん坊は感染症にかかりやすい。

乳幼児突然死症候群で死亡するリスクも2倍だ。

そして、皮膚炎や喘息、過体重にもなりやすい。

我々は、粉ミルクよりも母乳の方がいいということは感覚的に分かっているものの、

母乳をあげないとどうなるのかについてはあまり知らない。

子どもに受け渡す遺伝子を変えることはできないが、

受け渡す微生物は選ぶことができるということをもっと考えるべきだろう。

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ここまで読めば誰もが自分の腸内のバランスを整え、

いい微生物を保有したいと思うだろう。

そのためには何をすればいいだろうか。

ひとつにはプロバイオティクスと呼ばれる細菌を口から摂取するという方法がある。

スーパーでよく目にするヨーグルトがいい例だ。

ヨーグルトを食べるといい影響があるかと聞かれると答えはイエスだが、

目に見えるほどではない。

ヨーグルトに含まれる細菌は100億個ほどだが、

腸内細菌は100兆個もある。

また腸内細菌は種類も豊富なので、ヨーグルトに含まれる限られた細菌が影響を与えるのは簡単ではない。

抗生物質の治療により腸内細菌が死滅してしまったような場合はどのように修復すればいいだろうか。

そんな場合にいま注目を集めているのが、糞便移植だ。

想像するとほとんどの人が顔をしかめるだろうが、

他に方法がなく、瀕死の状態の人はどんなことでも試したいと願う。

実際に、糞便移植によって劇的に回復をしたケースは数多くある。

しかし、移植は誰のものでもいいというわけではなく、

持病がないなどという輸血と同様の条件のほか、

過去に抗生物質の治療を受けていないという厳しい条件もある。

欧米では適合する人物は1%もいないと言われており、理想のドナーを探すのはまだまだ困難な状況だ。

「あなたの体は9割が細菌」
アランナ・コリン 著
河出書房新社

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