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けーぽんメルマガ 第155号「声をかけるかかけないか」


つい2〜3日前のこと

梢さんと、子どもたち2人と一緒に最寄り駅からお家まで帰る途中の道で、ベビーカーを押しながら歩いている30代ぐらいのお母さんを見つけたんですよ。

そのお母さんは、3歳ぐらいの男の子を片手でおんぶしながら、もう一方の手で誰も乗っていないベビーカーを押していたんですよ。

もうね、その姿は見るからに大変そうなんですよ。

きっと、男の子が途中でぐずって、お母さんにおんぶして欲しいとねだったんじゃないかな?

最近はけーぽんも子育てを体験しているのでわかるんですよ、片手でおんぶする大変さが。

その時、そのお母さんになにか声をかけてあげればよかったんだけれど、なぜか声をかけられずにそのまま見過ごす感じにしてしまったんですよね。

あとでけーぽんは思ったんですよ「あのお母さんに、何かひとこと声をかけてあげられなかったかな」と。

例えばね、けーぽんみたいな頭にタワシを乗っけたオッサンにいきなり声をかけられたら警戒されちゃうけど、梢さんとか、子どもたちに「ベビーカーを押しましょうか?」と、声をかけに行ってもらえばよかったかなと。

子育ての責任を、お母さんが一人で背負い込まなくてもいいと思うんですよ。

子どもは、お父さん、お母さんだけではなくて、その周囲の人たちが一緒に育てるもの。

今はまだ「誰かに助けを借りづらい」「なんだか声をかけづらい」という空気があると思います。

他人に対してのコミュニケーションのハードルが極端に低いけーぽんでさえ、声をかけられなかったんだから、他の人はなおさらなんじゃないかな。

けーぽんが、あのお母さんに声をかけられなかった理由は

「こんなタワシ頭に声をかけられたら、お母さんはびっくりするんじゃないか?」

というもの。

あの「自分大好きで他人の都合を全く考えないけーぽん」でさえ、声をかけることにためらいがあるんだ。

「もし、断られたらどうしよう」

そう考えているけーぽんがいたということ。

相手の都合なんか考えないで、もっとカジュアルに声をかけることができたらいいよなと感じたのでした。

「声をかける、かけない」はけーぽんが決めること

「それを断る、断らない」は相手が決めること

相手に断られるかどうかというのは、けーぽんがいくら考えても仕方がないこと。

それ以前に、けーぽんが感じたことを実行できなかった。

そこにモヤモヤが残っている。

モヤモヤしたくないのなら、やっぱり声をかければいい!

そんな学びがあったけーぽんなのでした。


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