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福永健人「No.23」 セルフライナーノーツ

【はじめに】

ボブ・ディランの態度が大好きである。
歌詞の内容に対するインタビューはもちろん、自分の出自の関しても、基本的には口を閉ざしている。

あるいはトムウェイツの態度。
「俺が生まれ落ちたのはタクシーの中さ。(中略)そして(生まれてすぐ、産声の代わりに)タクシーの運ちゃんに言ったんだ『タイムズ・スクエアまで大急ぎで行ってくれ』ってな」
明確な嘘だが、小気味良いジョークを用いて、沈黙を守っているのだ。


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大好きな「星の王子さま」にはこんな一節がある。
「砂漠が美しいのは、どこかに井戸を隠しているからだね」
喉が渇いた人にとって、きっとどこかに井戸があるという希望と、でもその位置がわからないってことほど、エネルギッシュなことはない。

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歌詞や楽曲、作品や自分自身について多くを語ることは
楽曲が隠し持つ井戸を安易に暴いてしまう。
google検索のサジェストに「○○ 歌詞 どういう意味」
なんてものが出てくるが
本質的にその美しさは「隠されており、でもほのかに輝いている」こと自体なのだと思う。

つまり、受け取った個々人の主観の中にしか存在しないということ。
共同主観的な美しさはあるが(=ヒット作品)、絶対的な美しさはない。
玉手箱は、開ける前、どんなものが入っているのかを想像している時が一番美しかったのかもしれない。

「星の王子さま」的にいうと
「いちばんたいせつなことは、目に見えない」

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とはいえ現代はストーリーが欠乏している。

小説やライトノベルが少ない、という意味ではない。

分業が高度に進みすぎた結果、自分が専門として仕事をしている分野以外のことが全然わからない。
ものやことにまつわる物語を知らない、という意味だ。

電子レンジがなぜものを温めるのかがわからないし
プログラムがなぜ0と1の二進数で動くのかがわからない。
どうしてパレスチナを巡って争うのかがわからないし
田んぼでお米がどんな段階を経て育つのかがわからない。

狩猟採集をしていた大昔には生活に必要なものはほとんど自分たちの小さな部落で、必要な時に必要な分だけ、自らの手で作っていた。

昔の田舎では、大抵のものは自分たちで分解して修理していたし
分解して修理できるような構造でもあった。

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現在は、世界がたった20年、30年で様変わりする時代である。
30年前、福永が生まれた頃にはiphoneもYoutubeもtwitterもLineもまだなかった。歴史上最も変化が早い時代に我々は生きている。

1970年代のボブ・ディランやトム・ウェイツへの憧れはあるが、今は。

音楽づくりのストーリーを語ることは「エンタメとしておもろい」のではないかと考えた。

手編みのセーターは、工業製品のセーターよりもほつれやすいかもしれない。
でも、「ひと針ひと針、自分のことを思って、丁寧に紡いでくれた」
なんてストーリーを知るとグッと愛着がわく。
そんなセーターを着ていると、科学が導き出す以上に暖かく感じられるかもしれない。

2021年にはこういうことが大切だと考え、自分でライナーノーツを書くことに決めた。


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【タイトル「No.23」】

23という数字に神聖な意味合いがあるわけではない。

むしろ、なるべく無意味な数字をタイトルとしたかった、というのが意図である。

遥か未来、我々はどうなっているだろう。
シンギュラリティ(機械が人間を超える)が現実となり、人類のアイデンティティは現在では想像もつかない点におかれているだろうか。
人体のうちマシンの比率が何%になるまでは人権が認められるだろう。
死とはどのタイミングのことを指す言葉になるか。
その時、食物連鎖の支配的なポジションに人間はいるのだろうか。

未来の博物館に、あるいは粗雑な倉庫かフォルダに
現物、あるいはデータで
「ほぼなんの功績にもならない化石」として
このアルバムが並んでいるところを想像する。

きっと特別なタイトルもなく、例えば、そうだな、
「No.23」なんて簡素なラベリングをされた状態で
そこには本来どんな意味合いや意図があったのかがわからないまま
ほとんど放置に近い状態で、ただただ保管されているだろう。

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【制作期間とテーマ】

2018年頃からおよそ考えられないほどのんびり制作した。
ずっとつくっていたということではなく、本当に気が向いた時にしか作らなかった。

福永は曲を作るに当たって、あんまり迷ったり悩んだりはしない。
CM音楽を作るときも平均して2日で制作からミックスまでを仕上げる。

このアルバムは、そんな日頃の制作とは反対に、めちゃめちゃのんびり作った。
何度も手直しして、気が済むまでダビングして、ミックスをした。

渋谷WWWでみたDeerhoofのライブ、あるいは高木正勝の「かがやき」とライブ「大山咲み」(こちらは現地で見ることは叶わなかったけれど)をみて聴いて、感動したことがある。

「人間が意図的に作ったように思えない」という点だ。

自然現象に心奪われ、畏怖し、美しさを堪能する。
夕日の色は毎日神様がパレットの赤色の配合具合を変えて塗っているのではない。
自然の条件と現象が偶然に、あんな鮮やかで複雑な色合いを空に照らす。

息を呑む景色。偶然の産物。

今作を作るに当たって、なるべく「完成形を決めない」ように気をつけた。

5分前の自分の演奏が収録された音源を聴きながら
アドリブ的・セッション的に次の音を演奏し、重ねていく。
「たまたま、とても良い感じ」になるまで何度も何度も録り直してみる。
そうして音を重ねていくと、いつの間にか「自分でも想像してなかった何か」が生まれる。

ほとんどの音は、福永による宅録の自作・自演である。
スタジオを借りた場合、こんな作り方をできるのは、一部の超売れっ子音楽家だけだろう。
こんなにたくさんの音のダビングを、スタジオでやっていたら普通は破産してしまう。
CDの中には「各曲の使用楽器表」を折り込ませていただいたのだが、見てわかる通り。
あんまり尋常では無い数の楽器たちが重なっている。

テクノロジーの進化で、宅録が非常に手軽になった今の時代だからこそ可能になったアプローチなんじゃないかと思っている。

福永健人_No.23_ジャケット

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【01.水琴窟】

この曲は、演奏らしい演奏はしていない。

たくさん鳴っている音は、1音ずつバラバラに録っている。
ただただ「この次の音はどんな音が来たら格好良いかな」とだけ考えながら
1音づつ録音していったら、あんなことになった。
作り方としては、アニメージョンに近いのかもしれない。

最終的には微分音(半音と半音の間、西洋音階では基本的に使われない音)を鳴らしたくなって、チューニングを微妙にずらしながら録音していくことになる。

からから回っている音は、弟が壊れた自転車を修理している時に録ってくれたもので「格好良い音だったのであげるよ」といって送られてきたものである。

水の音もフィールドレコーディングしてきたものだ。

日頃から変な音が好き、と公言しておくと良いことがある、のかもしれない。

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【02.蚤の市】

楽曲自体は20代前半に、大学の講義を受けながら作った記憶がある。

それから7〜8年が経過してみると、講義室からみた、ひらひらと落ちるイチョウの葉も、記憶の不完全さからなんだか淡くぼやけてしまっている。

淡くぼやけてしまっているのだが、不思議なことに歌詞やコードは欠くことなく思い出すことができた。
長く時を経た今、わざわざアレンジし直したら、どんなことになるだろう。
興味本位で録音を開始した。

2018年当時、福永の中で大流行していた「ティンホイッスル」というアイルランドの縦笛を中心に、マンドリン、鍵盤ハーモニカ、トイピアノ、その他多くの小物楽器のダビングでぼんやりとしてしまった景色を偶然に任せてざっくり再構築していく。
演奏に綺麗に成功したテイクではなく、「良い感じ」のテイクを積極的に採用した。

その後、家に遊びに来たaireziasメンバー&せいやさん(友人)に、サビを歌ってもらった。

歌ってもらう合間合間で、冗談を言って笑ったり、咳をしたり、変な声で喋ったり。
彼らがマイクの前にいることを忘れているような瞬間にもこっそり録音を回しておいて、それで録れた自然な笑い声や雑音も随所で使わせてもらった。
お酒も入っていたし、福永の部屋は間接照明しかなくて暗いので、どうも変な光景だったのを覚えている。
歌声はもちろん、話し声もなんとも自然で素敵だった。
本当の友人同士にしか出せない空気感だったように思う。

近所の革&真鍮小物やさんのマーケット出店を手伝った際に
公園で遊ぶ子供たちの声、遠くで行われている弾き語りライブ、出展者たちの威勢の良い掛け声と、人が多く集まる場所特有の雑踏をマイクで遠くから集音させてもらい、味付けとして随所に重ねている。

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【03.始蘇鳥】

元々はCMで使用する予定で制作したが、コンペに敗北した楽曲。
自分としては非常に気に入っていたため、許可を取った上で、それを手直しする形で再制作し収録した。

自分が作りそうで作らなかった楽曲というか、「他人からのオーダー」がなければ作らなかったであろう雰囲気に、偶然性を感じている。

CM楽曲は、「短い納期」のみならず、「完成イメージ」「使用楽器」「歌い手が歌えるキー」「明確な展開と、フレーム単位の秒数指定」など数多くの縛りプレイの中で生み出される。
不自由な創作、と言ってしまえばそれまでだが、福永はそう言った制作もまた大好きである。
他人の意図、納期の限界、予算の限界、演奏者や歌い手の都合、そうした多くの「福永の意図とは異なるもの」と触れるたびに、自分が想像したのとはまるで異なる作品を作ることができるからだ。

そういった条件下で必死に作曲をすると「あ、自分ってこんな曲作れるんだ」と、出来上がってから驚くことがある。


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【04.ぶどう】

はじめはギターソロ楽曲として制作した。
ガットギターを1本、クリックも鳴らさずに自由に演奏して収録した後
ここに好きに音を重ねて言ったらどんな風になるだろう、と興味が湧いてダビングを開始した。

クリックを使っていないので厳密にいうとズレ続けており、休符なんかは反射神経で対応した。
とにかく集中して最初に録った自分のギターと一体化できるように何度も演奏して体に叩き込む。

クラリネットやポコポコした迫力のないタム、シニカルな響きの楽器をチョイスして使用した。
途中飛んでいくすずめの大群は、ある早朝、異様な数のスズメが1本の木にとまって鳴き喚いているのを見かけて、不思議に思って収録したものである。
ホワホワとした音は、八丈島の牧場で、金属のポールが強風に煽られて変な音を立てているのを収録した。

この楽曲のMVを作ってくれたのは、旧知の友人でドラマーの大内岳氏。
突如発表したコラージュ・アニメーションが天才的だと思ったからだ。
ヤンシュバンクマイエルみたいな虚無感と、著しい執念のアニメーション。
大内君そんな才能があったんですか?と画面越しに驚いて、勢いのまま声をかけた。

リードトラックとしてこの楽曲を、というプロモーション目的のアップというよりは、大内くんの作風がきっとこの曲に合うだろう、という作家性に寄せ、この楽曲をMusic Videoにすることを選んだ。


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【05.Que sera, sera】

1950年代の言わずと知れた名曲。
制作したのは2020年の5月頃で、コロナの影響で世が一変した時期である。

三宅純さんの「Lost Memory Theater act-2」に収録されているアレンジを聴いて、タイミングも相まって歌詞が非常に刺さった。

現代のクレヨンを用いて、描き直す価値がありそうに思えた。

昨日までの当たり前が、当たり前でなくなる。
常識が、的外れになる。

「Que sera, sera」なるようになるさ
おおらかなようにも、諦念のようにもとれる。
何者にでもなれるし、何者になったって意味がないとも言える。

何も語っていないような気もするし、最も真実に近いような気もする。
それでいてとっても簡単な一言である。

未来のことは、誰にもわからない。

世情の変化がなければ、わざわざカバーしようとなんて思わなかっただろう。

ギターと歌だけつるっと録音した後で、頭から順番に作っていき、どんな展開になっていくのか、と自分自身ワクワクしながら録音を重ねていった。

最後のサビの向こう側には、いつだったか観た河川敷の花火の、歓声と火薬の音が入っている。
長野・飯綱高原のウグイスたちも、良い仕事をしてくれた。

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【06.水からくり】

アナログスイッチの演劇「かっぱのディッシュ!」のために書き下ろした楽曲。

かっぱたちが繰り広げるワンシチュエーションコメディで、ゲラゲラ笑って油断しているうちに、いつの間にか泣かせてくる。にくい作品である。

この楽曲はとっても気に入ってしまったので、やや無理を言って収録させていただくことにした。

口琴や食器の音にはまっていた時期で、楽器でないものも折々で使用している。
夏の近所の公園で録ってきた蝉の声と、山梨の川のせせらぎ。
爽やかな曲は大体、人からの依頼で生まれる。

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【07.科学の木】

最後に作った曲で、2021年の春先に制作した。
アルバムのリリースにあたり半年くらい、40社以上に営業をかけて、ミーティングを繰り返し、ようやくリリースが決まった頃の話である。

「アルバムの尺が短すぎるかも」と言われて、確かに、と思ったのである。
客観的な視点をいただけるのはありがたいことである。

裏テーマとしては「厨二病」というか、格好良いと思うことを恥ずかしがらずにやっちゃえ、である。

他の曲と1~3年制作時期が空いたために、なんとなくサウンド・使用楽器・マイク選びなどのモードが切り替わっていて、流れで聴くと個人的には面白い。

前半のギターは当時自分の中で流行していたテープレコーダー書き出しを行っている。

この曲は他の曲と違い、yuma yamaguchi氏にローズを、高井息吹氏にコーラスを、渡辺啓太郎氏にウッドベースをお願いしている。
なんとなくだが、次回作は人と共作してみたいという展望があり、次に手をかけるための導入、というつもりの楽曲でもある。
「なるべくアドリブでお願いします」と無茶振りをしたものである。
自分自身も、なるべくアドリブで、頭を空っぽにして演奏し、重ねていった。

4つ打ちと3連だったり、空気と電気だったり
異質なものが丸ごと進行し、いつか掛け違いが致命的になって、崩壊する。

ちょうどその頃「サピエンス全史」を読んでいたことも影響しているかもしれない。

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【08.橘】

2018年、2019年に八丈島・底土のほうのキャンプ場で野営をした。
2020年以降は情勢もあって残念ながら行けていないのだが
八丈島は、将来住みたいと思うくらい、大好きな場所である。

2018年に録ってきた八丈島の海、鳥、虫、人、風、そういった音を中心に制作した。
湿度をたっぷり含んだ強い潮風と、温かな人々。
それとは裏腹に江戸時代の終わりまでは流刑地とされていた事実。

島生まれ島育ち、元・ミス八丈島で、旧知の友人でもあるmoegi氏に歌っていただいた。

橘丸の汽笛や、ほたる水路のバシャバシャいってる夜暗〜いところ、なんていうと、わかる人にはわかるかも音なのかもしれない。

挿入の民謡のような楽曲も自作で、小石鳴る、と、恋しくなる、で底土のカラカラ鳴る海岸を用いてダジャレを言ってみたりしている。まあ、掛詞のようなつもりである。

冒頭に海の音をまずおいて、それから順々に、1展開ずつ作っていったものだから、自分でも出来上がるまでどんな風に幕を閉じる楽曲になるのかわからなかった。

少し前に「離島キッチン」という島食にスポットを当てた飲食店でBGMとして使っていただけたようである。

早く八丈島の空気を、ゆっくり吸いたいと思う。


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これを書いているのは2021年5月26日。
つい先ほどマスタリングが完了して一息ついているところだ。

リリース前の時期というのは楽曲を客観的に聴くに当たってはコンディションが良くない。
なにしろ制作で、ミックスで、もう散々聴いているので、楽曲やアルバムを評することができるほど距離を置けないのである。

とはいえはじめてきちんと人を巻き込んだ形でソロアルバムをリリースするにあたって、できることはし尽くしたと思う。なにしろ長い時間、どっしりと制作しました。

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一人でも多くの方に届いたら嬉しいです。
でも多いことより、深〜いお気に入りになったらもっと嬉しい。
仮にあまりにも少なすぎると、レーベルの方や協力してくれた方を困らせてしまうような気もするのですが。
でもやっぱり、誰かのお気に入りの1枚になるのが、何より嬉しいのです。
このアルバムが完成した瞬間、スピーカーの前で一人で得た大きな興奮が、みなさまに共有できることを喜び、感謝しつつ。

2021.05.26 福永健人

【関連リンク】
1st EP No.23 特設ページ




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