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あそびは命をキラッとさせる-八丈島で抱いた感慨に寄せて-

八丈レモンフェス2023に出演させていただいた。
今回は主催・千葉ちゃんのイメージに沿うのが「バンドよりもソロである」とのことだったので、一人で出演をした。

千葉ちゃんとはそろそろ10年になる付き合いで、彼が東京に住んでいる頃に出会った。
その後、彼は八丈島に移住をし、食・雑貨・音楽の祭典である「八丈レモンフェス」を主催するに至った。



八丈島に行く旨をSNSに公表すると、aireziasのメンバーで長野県在住の堀内彩花(32)から

「最近長野の周りでは佐渡に行く人が結構いるのだけど、帰ってくるとみんな口を揃えて『はぁ。。。島に帰りたい』ってしばらく言い続けるんだよね。島ってなんで行きたくなるんだろう

とのLineが届いた。

福永はそれに対して「"壮大さ"が距離的に近いから、かなぁ」と大変曖昧な回答をした。

そのあと。
しばらく八丈島で過ごしていて気づいたことがあるので、今日はそれについて書いてみようと思う。



八丈レモンフェスのスタッフは主に千葉ちゃんの知人。
東京から手伝いに来た人、八丈島に住んでいる人。
高校生、農家、秘書、コンサル…その他さまざまな職業で身銭を稼ぎつつも、それぞれに仕事とは別に特技のあるような、個性豊かなメンバーで運営されていた。

今回福永は出演者であると同時に友人でもある縁で、少し前に八丈島入りし、イベントの少し後まで八丈島に居続けた。
準備・片付けを手伝ったのだ。
当日もスタッフとして売買や軽作業に携わった。

…なんの因果かわからないのだが、スタッフとして集まった20名ほどのうち、5名が「福永と同じ最寄駅」に住む人たちだった。そんなミラクルってあるんだろうか…。

一人は福永とシェアハウスをしている、aireziasのドラマー、松田くん
彼は以前にも八丈島のイベントにスタッフとして手伝っていたことがあり、今回は出演こそしないものの、スタッフとして福永よりも早く現地INして準備をしていた。

残る3名の「同じ最寄駅に住む彼ら」は今回初めて出会った人たちで、23歳・28歳・37歳の男性である。
彼らはとあるシェアハウスに一緒に暮らしているのだという。
…と、いうかそのシェアハウスではなんと20人(!)が一緒に暮らしているのだそうだ。
近所にそんな"おもろい場所"があるとは知らなかった。

すっごくざっくりいうと「現代版ヒッピーの巣窟」的な印象を受けた。
とはいえ、まだ実際に遊びに行ったわけではないためどのような場所かはわからない。
なにしろ興味をそそられる生活様式がご近所にあるようなのだ。



ここからはとあるエピソード。

ヒッピーな(?)彼ら3人が泊まっているゲストハウスに、イベント当日、3名の高校生が泊まりに来たそうだ。
卒業前後の旅行先として、八丈島を選択したのだ。

ところが彼らが移動手段として用意していた自転車は不運にもパンクしており、免許も持っておらず、完全に足がない状態だったのだという。

八丈島では基本的に車や原付がなければ移動をするのは難しい。

そんな彼らを見かけた島の人「車乗ってくか?」と声をかけてくれたらしく、なんとかその3名の高校生はゲストハウスに到着することができた。
そして、その後も何度も似たようなことが起きて、彼らはどうにかこうにか八丈島を満喫することができていそうだった、とのことである。



コーヒーハウスLL。底土港からほど近い喫茶店で、ドアを開いて入店すると、もう目の前は海、海、海


コーヒーハウスLL



今、隣に一緒にいるのは「福永と同じ最寄駅のシェアハウス」に住むヒッピー、今回知り合ったスタッフのうちの一人。
23歳の彼はコーヒーを啜りながら上記のような「足がなくて困っていた高校生のエピソード」を話してくれた。

は運が良いとクジラが見られる、との噂をきいたもので、この見晴らしの良い喫茶店でクジラの登場に期待しながら雑談をしているのだ。

エピソードを話し終わった後。
ややあけて、彼は目を細めながら言った。

「…あの高校生たちはきっと、また島に行きたいって思うんだろうな」

あぁ。それも「島に帰りたい」と呟く人たちにとっての、一つの「また行きたくなっちゃう理由」だろうな、と思った。


遡ること約5年。
「古民家喫茶・中之郷」というその名の通り中之郷という島の南に位置する地域に建てられた美しい喫茶店に初めて立ち寄った。

古民家喫茶 中之郷

福永は興奮のあまり店主の方に「この店のBGMを作りたい」と息巻いた。
それで連絡先を交換して、知り合いになった。

以後というもの、コロナの流行に遠慮し、八丈島へ行くのを自重していた。

店主である彼女から受け取ったMMSにはこのように書いてあった。

「また八丈島に遊びに来ることがあれば、やすらぎの湯の近くの余ってる物件を宿泊場所として貸せるからいつでも言ってね」

福永と、この時一緒に行った友人は、このMMSを読んで「マジ女神じゃん…親切すぎるな」と言い合った。
島で浮かれておかしなテンションになっていた福永は脳みそがパーになっていたため、そのまま「マジ女神だと思いましたありがとうございます」みたいな社会性のカケラもないお返事をしたのを覚えている。

対する返信として店主の方は

「中之郷では『借金をしてでも人に奢れ』とよく言います。自分も移住者で、まだまだなんだけど、その精神を見習いたいと思って…!」

とのことであった。マジ女神じゃん。

結局上記の通りコロナの蔓延に配慮して渡航を避けていたため、結局その空き家を使うことはなかったが、こうして5年経った今でも思い出に残っている。



同じ年だったか、温泉で働くおばあちゃんと仲良くなった。
やすらぎの湯という温泉にはお湯のほかに、湯上がり客がなんとなく足を伸ばせる畳のスペースが用意されている。
そこで、そのおばあちゃんと雑談をしたのがきっかけで仲良くなったのだ。

翌日もせっかくだから、と、お風呂をやすらぎの湯に決定し入場すると、受付には昨日と同じおばあちゃんがいた。
そして「ねり」と呼ばれる島産のでっかいオクラを袋いっぱいにプレゼントしてくれたのだ。

後日、東京に帰ってから雑談の中で「好物だ」とおっしゃっていた、まんじゅうだったっけかな、なんだか忘れてしまったのだけれど、おばあちゃんの好物を郵送して「ねりのお返し」をした。


簡単な思考実験をしてみる。

1.自分が稼いだお金を、自分のために全額使う。
2.自分が稼いだお金を全額人に奢るために使う。その代わり、自分が欲しいものはまわり回って人に奢ってもらう。

結局、手に入るものの量や質は大差ない
だが1と2で圧倒的に異なるのは「ありがとう」の総数である。

島では、というか、小さな社会では、ありがとうが満ちている。
少なくとも八丈島はそうであった。

そして人間は、多分かなり根源的に「交換」を好む生き物だ。

会話。言葉の交換である。
レヴィ=ストロースによれば婚姻とは血縁を用いた「人」の交換である。

そしてそういえば。
生殖とは遺伝子の交換である。

単に物質的に、生命を維持するのみならず、交換をする生き物。
そういう特質は確かにありそうだ。

であるならば、ありがとうの交換が多発する小さな社会、すなわち島に、人が行きたくなるのも、頷ける話である。

なぜ島では実現できて、街では実現できないのか。

街では、例えば、一人暮らしをはじめる若い女の子なんかは特に「近隣に引っ越してきた旨を挨拶するのは、危ないからやめておきなさい」といわれる。

なにしろ、隣に住んでいる人の素性が全くわからない。
特殊な性癖の大変態が住っているかもしれないのだ。
女性の一人暮らしである、という情報を公に晒すのは危険を伴う行為であると周知されている。なんだかさみしいことだけれど。

なぜそうなるのかというと、街にはあまりにも多くの人がいる。
だから、それぞれがどのようなパーソナリティを持った何者なのか、ついぞ全てを把握しておくことは困難なのだ。

社会学的にいうと一般的に動物は150以上の群れを形成することが不可能である。
ホモ・サピエンスの脳にはたまたま認知に革命が起き、この世に存在しないものを記述するようになった。
そのおかげで宗教思想など、本来この世に存在しないものをストーリーとして形成するようになり、その力で150以上の群れをなすようになった。

例えば「日本人である」という架空のストーリーを共有しているのが日本という国である。日本の法律という架空のストーリーに沿って1億超の人間が群れをなしている。

とはいえ動物はあまりにも大きな集団をしっかりと把握して群れをなすことが本質的にはできないらしいのだ。

さて、一方。島は小さな社会である。
具体的に、どのくらい小さな社会かというと。

「レモンフェス」の翌日、福永はレンタカーを借りて、半日かけて島をフラフラしていた。
たったその半日で「レモンフェス」で出会った人に3回も遭遇したのだ。

ちょっと出歩いただけでも、知り合いと遭遇してしまう。
とてもじゃないけど、素性を隠して、生活などできっこない。

小さな社会では、かなり多くの人同士が知り合いで、素性を知り合っている。
こんな場所では、隣に住む人に変態が余計な手でも出しようものならば、あっという間に噂が広まり「村八分」にあうだろう

このようにかなりの程度、互いのパーソナリティを知り、交流がある状態では

2.自分が稼いだお金を全額人に奢るために使う。その代わり、自分が欲しいものは人に奢ってもらう。

のような「ありがとうの交換」を実現・実感することができる。

なんの素性もわからないもの同士で信頼のもと施し合うのは流石に難しい。

堀内彩花の「島ってなんで行きたくなるんだろう」というLineに。
改めて返事をするならばこんな情報を付け加えたい。

「きっとありがとうを交換したくて、島に行くんだよ」



一方で小さな社会に特有の問題もある。

ちょうどありがとうの交換の逆側。
いつどこにいたって、誰かには自分の行動を見られている。

芸能人が街を歩きにくい、というのに近いだろうか。
小さな社会では、どこへ行っても、完全な一人にはなれない。
それがしんどいひとにとってはしんどいだろう。
旅行をするだけならば良い、けれど、移住をするならば。

は著しい速度で島を旋回するようだ。
しかも、おヒレをつけて、いや、時にはとんびが鷹になる。
「どこどこのじいさんが転んだ」という噂が「あのじいさんは死んだ」という話になってしまい、そのまま寺の住職に伝わって、葬式の準備をしているときに死んだはずのじいさんがひょっこり現れて、みんなで目を丸くしたことがある、なんて笑い話も聞かせてくれた。

互いの素性を知っている、つまり、人として信頼しているばかりに、噂として流れる情報の話者への信頼感がそのまま「きっとその話は真実だろう」と疑いの芽をハナから摘んでしまう。
だから、噂はたとえ間違っていてもたくましく広がっていくのだろう。

そんな誤った噂が理由で村八分的なことになっていまえば…たとえ理不尽に思えても離島するより他に手がなくなるだろう。

また、特に専門性の高い職であればあるほど、ほとんど寡占・独占企業状態になる。
その職につく人が曲者であったり、意地悪な人であっても。
あるいはずさんな仕事をする人であっても。
その人、その会社しか選択肢がない以上、もう、その人に仕事をしてもらうほかにやりようがないのだ。

今回、フェスの手伝いをする中で島の人たちのこんな愚痴を聞くことができた。生粋の島生まれである友人も「ぶっちゃけ2拠点生活してる時が一番楽しいし、ちょうどよい」なんて言っていた。

ある意味、都会は不干渉という心地よさに覆われている。

一方でやはり、街では、人が根源的に持つ交換に対する欲求はいつも渇いたままである。
喉が渇いたまま、フカフカのベッドで寝ている、例えばそんな感じだろうか。

島に行き、人間としてさまざまな感情・感謝・親切…そういう計上できないものを交換する。

島に行ったことのない人間は、そもそも喉が渇いていることにすら、きっと、気づかない。

でも、だからこそ、島に行った人は口を揃えて言うのだ。

「はぁ。。。島に帰りたい」
その呟きに、福永も同意する。



八丈レモンフェスの話を最初に聞いたのは、2月の頭頃だったと思う。
千葉ちゃんとZoom会議をしたのだ。

その時の最も素朴な感想はこうである。
「すっげーなぁめっちゃ大変そうだ、千葉ちゃんはエネルギッシュだ」

今回のレモンフェスが果たして興行的に黒字だったのか、はたまた赤字だったのかは知る由もない。別に尋ねようとも思わない。

ただ、マルクスの資本論的に言うのであれば「赤字の仕事については一切考察しなくて良い」なぜなら「いずれ淘汰されて消滅していくから」

少なくとも経済的な指標に擬えれば確かにそうなのだ。論として正しい。

一方で糸井重里と亀田誠治の対談の中で亀田さんが主催する音楽フェスについて「やっても誰もリッチにならないのに、やった方が良いことが世の中にはある」という話が出ていたことも同時に思い出す。



フェスの前夜、八丈島に着いて早速、チケットの用意を手伝った。
印刷業者に切り取り用の点線カットや、あらかじめチケットサイズの特殊な印刷をお願いすると大変高価なので、そういった作業も「巨大フェス」でない限り手作業となる。
結局、夜通しかけて少数のスタッフで準備をし終える。

少し会場も見させていただいた。
ステージ、物販用のテント、キッズコーナーのカラーボール、コーン、重り…あらゆるものを島内の商工会やサッカーコートからかき集め、トラックに乗せ、組み立て、パークホテルの庭を借りた会場には既にフェスがはじまりそうな予感が施されていた。

島内の各飲食店を巻き込んだスタンプラリー、主役である八丈レモンの農家との打ち合わせ。
スタッフの渡航や食事に関する手配。
出店雑貨やキッチンカーとのすり合わせ。
当日の動線や受付・システム

福永が思いつく上記のような仕事がきっと氷山の一角である。
この世にないイベントを、この世に現出させる。
その手間は著しい。

特に、予算・知名度・体制のない場所から作り上げるイベント…これは凄まじいことである、と前夜、ほんのわずかに手伝わせて頂いただけでもすっかり感じ取れてしまうほどであった。

そしてきっと、その予想は「まだまだ甘い」のであろう。
実際に主催する人の、手数たるや。



千葉ちゃんはフェスの翌日、梁山泊という島内屈指の料理屋さんでレモンフェスの野望を語った。

「『島内のお祭り』で終わりたくはない。フジロックに遊びに行った時に受けた衝撃。それを、島で実現したい。いつかはレモンフェスが理由で島に旅行に来る人がたくさんいるような。海外の超有力アーティストも好んで出演するような。オフシーズンである初春に島が賑わうビックイベントに育て上げたい」

「フジロックに遊びに行った衝撃」…か。

福永は一応、旅行だとか、遠出に対してどちらかというと否定的であった。
というのも、場所を移動しなくたって、日々新たな発見は溢れている。
音楽を作ろうと思う時。
ギターに対する爪の長さ、角度。
マイクの距離と音の相関。
マイクの種類と音の相関。
マイクプリとマイクと楽器の相性。
部屋の鳴り方。
音楽を聴き、学ぶこと。
あるいは音楽以外の衝撃的な作品を享受すること。

例えば「自分探しの旅」というワードに対しては極めて短絡的であると感じる。なんともむずがゆくなってしまう。
お金をかけて、場所を移したりしなくたって。
日々は衝撃と感動と発見に溢れている。

きっと、つぶさに、丁寧に生きてさえいれば。

…と、思っていたのがここ1年くらいまでの話である。

しかし、体験すること。その衝撃。
計上もできないし、経済的にリッチにもならないけれど(むしろ貧困するけれど)。
そこにはなにがしか、言語化しづらい大きなものがある。
そして時にそれは、場所を移さないと体感できない。

上記の通り、イベントを起こすというのは大変な労力である。
千葉ちゃんがそれをやってのけようと思い、ここ3年毎年、コロナにも負けずイベントを打とうと思った。その事実。
そこに向く、強いモチベーション。
…そしてそれを支えたいと思う人が島内外に居ること。

これは「フジロックに行く」という体験と、千葉ちゃんのパーソナリティ+持っている感受性のアンテナが噛み合った時に生まれた魔法なのだ、と思うと。

体験には価値があると結論せざるを得ないのだ。
少なくとも全く睡眠が足りていない千葉ちゃんはそれでも尚生き生きしていた。

フリージアのとんでもない忙しい時期だというのに農家の人が生き生きと特技である音響を担当している。
千葉ちゃんを焚き付けたのは会場近くの施設で働く人で、自分の仕事との同時並行が極めて大変でも、千葉ちゃんのイベントをがっつり横から後ろから支える。

関わる人が、それも特に内側の人が、あまりにも生き生きとレモンフェスを形成している。
少なくとも福永にはそういう風に見えた。



今ちょうど「ホモ・ルーデンス」という本を読んでいる。
八丈島行きの飛行機待ちの間だとかにも読んでいたところだ。
帯にはこんなことが書いてある。

『あそび』は人間の最も根源的な欲求の一つであるとともに、精神の最も高貴な機能にぞくする。(略)…本書は古今東西の文化を『遊びの相の下に』みた独特な文化論であり…(略)」

古書店を散策している時にこの帯が目に入った。

実は、福永の実感として、作曲を最も端的に表すならば「あそび」という単語になる。
あそび、は、仕事(真面目)の対として、現代の認識ではやや劣勢である、と思う。
にも関わらず、福永の中で。
作曲は、大元を辿ると「子供のころ、トミカやプラレールで夜な夜な部屋にミニチュアの街を作っていた」あの感覚なのである。
今ここに「現実ではないもの」を「現実として表出する」こと。

現実とは異なる、遊びの中に限定の、秘密の秩序(=福永の感覚と言い換えても良いのかも知れない)のもとで、形作られていく。
このトラックは今まさに、この交差点を右折しようとしている。
実際にはミニカーは動いたりはしないのだが、福永の中でこのトラックはまさに右折をしているのだ。

作曲は、極めてこれに近い。
わざわざ感覚を言語化するならば「作曲はあそびである」が最も近い、と思うのだ。
現実における途方もない諸々の体感が無形のオリをなして、それがあそびの中で、音という形をまとって擬似的に現出する…。
…うん、やっぱ細かく言語化すると全然ダメである。
「あそびである」ここまでに留めておいた方がリアリティがある。

…だから、この本の帯は「ズバリ言い当てている!」と思わされたのだ。
それで、内容難しそうだなとは思ったものの、まあ試しに、と、購入してみた。

まだ60ページくらいしか読んでいない(ちなみにめちゃくちゃおもしれーです)ので引用するには早計なのだが、32ページに一応「いったんのまとめ」として出てきた「あそびってなぁに?」をここに引用してみる。

ただし、この本、文章が専門的で福永なんかには難しいので、多少の齟齬を覚悟しつつ、思いっきり噛み砕いた表現に翻訳を試みる。

_________

あそびとは
・(生命維持のための狩りや食事みたいに)本気でやっている」ことではないもの。
→三代欲求とか、現代で言えばお金を稼ぐのとは、違う

日常生活(物理法則〜法律〜村のしきたり)の外にあると感じるもの。
→おままごとにおいて、石はパンだし、丸太は机だし、私はお母さん

・にもかかわらず、遊んでいる人の心をすっかりとらえるもの。
→おままごとをしているとき、その子はすっかりお母さんになりきっている

・物としてはなんのメリットもない
→それでお腹が満ちたり、お金を稼いだりはしない

とある時間を決めて、とある空間で、とあるルールに従う
→前後半90分、サッカーコートで、サッカーのルールで

秘密であることを好む
→ハロウィンの仮装は「自分である」ことを覆い隠して、他のなにものかになっている

・遊びは時間が済んだら終わるけど、その影響は現実にも残る
→サッカー仲間とは大人になってもずっと友達だったりする

__________

「ホモ・ルーデンス」ではこの、あそび、というもの。
子犬のじゃれあい。人間の子供の無邪気なごっこあそび。
それらを「機能的に説明する姿勢」を批判している。
機能的な説明というと「ストレス発散」だとか「現実を模倣して社会の勉強をしている」だとか。
詳しくは書かないが、そう考えると矛盾しちゃうことが山ほどある。
(福永も、何事にも機能があると考え、そういう風に納得しようとするのは近代以降の人の悪い癖だと考えている。バイアス、というか。)

そうでなく、実は宗教思想芸術法律も…人間/動物の活動のうち、食う寝るヤるではない、ほとんどのこと。
やや高次元な活動はほとんど「あそびの延長線上である」という結論の元、厳密に論を展開していく書籍のようだ。

文化の中にあそび、という娯楽が入っている。
…なんていうレベルではなく。
文化を形作る大元、根源として、あそびがある。



八丈レモンフェスは。
まさにこの「あそび」であるように思えた。

農家が。工場の人が。東京に住むシェアハウスのヒッピーが。
千葉ちゃんにしたって本業はSE、らしい。

この会場のルールのもとで。
世界にはまだなかった秩序のもとで。

パークホテルの庭を、3/11、12に貸し切って。

仕事、や、生命維持活動、という、必然(と現代で広く思われているもの)に乗っている感じはしなかった。
多分レモンフェスがなくても、彼らの命は維持できる。

でも、にも関わらず人は、動物は、あそぶ。
そして、それこそが文化の礎である。
芸術の大元である。

その感動は、あそびが終わった後も残る。
フェスの翌々日、パークホテルに散らばる鉄骨を2トントラックに積む。
あの時、福永にとって、もうあの場所は、ただのホテルの庭ではなかった。
なんとも言えない感傷があった。


バラされてしまうんだと思うと感傷があった

それは母に「もう寝なさい」と言われて、トミカやプラレールで作った「今日の街」を片付ける21:00の感傷に確かに似ていた。
父に頼んで「今日の街」の写真を撮ってもらう。
まあどうせ、もう一度写真を見返すことはないのはわかっているんだけれど。
また明日は明日の街を作りたくなるから。
でも、撮るだけ撮っておきたくなる、あの感傷。
そうして心に残った何かがまた次の「今日の街」を作る材料になる。

ゲーム性。あそび。根源。

そうして、スタッフとして関わった人たちはすっかり仲良くなって連絡先を交換した。
あの秘密を共有した者同士、打ち解けるものがある。

これはまさに文化である。

千葉ちゃんが作ったあそびは、小さな文化を作った。
そしてそれは、フジロックという遊びが産んだ感動・衝撃を材料に作った。
フジロックを作ったのは…。

この構造を考えるに。
糸井重里と亀田誠治がいうことに納得を抱ける。

「やっても誰もリッチにならないのに、やった方が良いことが世の中にはある」

もちろんマルクスの言うこともわかる。
今の社会で、このフェスを継続していくにはきっと、黒字である必要性がある。
そうでないものは淘汰される。
そして千葉ちゃんの野望を叶えるには、大幅な黒字である必要があるのだろう。

でも。
評価軸は多分、もっとたくさんある。
そしてそれは、経済性の「二の次」なんかではない。
かなり重要で、動物として根源的な部分なのである。



福永は上述の通りの出不精である。
なにかって、面倒なので、家で全てを済ませてしまう。
旅行なんかしなくたって、少し目の角度を変えたら、感動は日々に転がる。
人生は体験で満ちている。家にいたって、どこにいたって。
多分それも、一つの真実ではある。
結局、物事に評価が従属するのではない。
評価も感動も、自分自身のアンテナが生み出しているものである。

でも、千葉ちゃんは面倒くさがらなかったんだなぁと思った。
フジロックに遊びに出かける。
八丈島に移住して、イベントを一から作ろうとしている。
そのあそびが文化を小さく形作り始めている。


フェスの終幕は千葉ちゃん自身のパフォーマンスであった


前半の「ありがとうの交換」の話も。
後半の「あそびをうみだす」の話も。
社会や経済が一般に評価することができない(定量化する術をまだ持っていない)いわば「見逃されている」価値である。

でも。評価なんかされてなくっても。
人は島へ行く。人はあそぶ。
それがもう答えであるように思う。

答えを、誰しも、体験的に知っている。
定量化できなくても、言語化できなくても。



レモンフェスの翌日、シェアハウスのヒッピーたち、千葉ちゃん、福永の「No.23」で歌を歌ってくれた元・ミス八丈のもえちゃんなんかと夜中の藍ヶ江にいた。

そうして「八丈島で二拠点生活をするために、みんなでシェアハウスを作ろうぜ」という話で盛り上がった。

そして「あの物件、スタジオ作っても良いよ〜」なんて話も出た。
なんならスタジオがあればみんなでセッションもできるし、島で音楽を楽しんでいる人の演奏を録音してCDを作ったりなんかもできる。
だからむしろ、スタジオがあったら良いと思ってたんだ、なんて。


みんなで壁を塗って、シェアハウスを作ろう、なんて



スタジオがあって作曲仕事ができて、住む場所もあるならば。
福永は八丈島を2拠点目として構えることができる。
今の家に防音室を作った時の体験がここで活かせるかも知れない。

八丈島に住もうと思った時、それは全く投機的な行動にはならない。
つまり、銭を失って、それを回収する手段が一切ない。
お金をかけ捨てるだけかけ捨てて、単に経済的に貧しくなる選択肢となるだろう。
大きな防音室を作ろうと思えば、材料だけでもなかなかな額になる。
その上、移住したことが理由で「仕事が増える」とは到底思えない。
つまり、定量化できるメリット、は、ない。

でも、夜中の藍ヶ江で。
そんな風になったら良いなぁと思った。
「体験」を知っている体は「論理」をかざす脳みそを押さえつけて興奮していた。
今回ばかりは"面倒くさがっている"場合ではない、かもしれない。
そういう波が、今、きているのだ。潮目は決して普遍ではない。



その翌日。
朝日が昇ったばかりの藍ヶ江の海の淵に福永は一人で座り、タバコを吸いながらぼんやりしていた。


福永が1時間もほとんど動かずにひっそりしていたら、うみねこも福永のことを無害な背景だと思ってくれたようで、すぐ目の前でつがいになって朝の挨拶を交わしていた。
心の中で福永も挨拶をした。
きっと声を出したら、びっくりさせてしまうだろうから。

海を見ていると。
もうそもそも、物事には流れと言うものがあるんだと思った。
それはランダムに満ちていて、だからこそ朝日は乱反射する。
恣意的にコントロールできるものではないのだ。

潮の流れを見た時に人に選択できるのは。
乗るか、抗うか。多分それだけである。
海の動きは、物事の動きは、ねじ曲げることはできない。
風は無邪気に吹いているし、波の形は2度と同じにはならない。
コントロールなんてできないのだ。

乗るか、抗うか。
それは選択できる。

そうして。
海をみて、わざわざこんな風に感動したり、解釈を加えたりできることは人間の特性なのだろうと思った。
特性、でなく、美徳、と書こうとしたけれど、そんなに良いものではないかも知れない。
良かろうが悪かろうが、人は大自然から何かを受け取ってしまう。
それは根源的なことであり、きっと「あそび」の材料でもある。
つまり、文化の。宗教の、思想の、芸術の。

ずーっと家に居たら感じられなかったかもしれない感慨の一つであろう。
そう感じるのであった。

さて。
以上をもって堀内が尋ねた「島ってなんで行きたくなるんだろう」の回答、と言うことにさせて頂きたい、と思う。
元々の答えよりは多少、曖昧じゃなくなったんじゃないだろうか。

みんな。島はいいぞ。


本日はこれでおしまいです。

以下は、路上ライブで言うところの「ギターケース」のつもり。
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