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【小説】クラマネの日常 第13話「クラブにご参加いただき、ありがとうございます」

 僕はひょんなことをきっかけに、千賀村という小さな村にある総合型地域スポーツクラブのマネジャーをすることになった。
 竹内隼人。それが僕の名前だ。郷田さんという役場職員のかたに強引に誘われて、この仕事をすることになった。仕事には慣れてきたと思う。でも、このクラブで働いているとたまに正解が分からない問題に出会うことがある。

「竹内さん、このメールの『ご参加いただきありがとうございます』って、どういうことなんですか?」
 これはある時、僕が会員に対して毎月発信しているメールを見て、僕と一緒にクラブマネジャーをやっている中山さんが言った言葉だ。僕は一体何のことかわからず、正直にそのまま答えた。
「え?どういうことって?」
「あぁ、そうですよね、質問が悪かったです。すみません」中山さんはそう言って質問を言い直した。「このメールは誰に出しているものですか?」
 これは明確な答えがある。僕は、「会員に、ですけど」と答えた。
 すると中山さんは、「ですよね」と言った。そして少し考え込んだ後に、また言った。「なんで、会員に対して、『ありがとう』なんですか?」
 この質問に、僕はまた戸惑った。会員に対して「ありがとう」と思うことが悪いことだとは思わないし、むしろ当然のことのように思うからだ。
「いや、だって、クラブに参加してくれて、有難いじゃないですか」と僕は言った。
「なるほど。それはまぁそうかもしれません。でも、ちょっと確認しておきたいのですが」中山さんはそう言うと、一呼吸置いた。僕は唾を飲み込んで、次に中山さんの口から発せられる言葉に備える。
「会員はお客さんですか?」

 この中山さんの言葉は、実は当時の僕には相当な衝撃だった。僕は会員の皆さんのことを、「お客さん」だと思っていたからだ。クラブというお店に、お金を払って参加してくれる、お客さんだと思っていた。指導者や僕たちクラブマネジャーはその店の”店員”で、だからお金を払って来てくれるお客さんである会員に「ありがとうございました」と言うのは当然だと思っていた。ところが、中山さんの説明ではそうではなかった。

「これは私が言うことではないのかもしれませんが」と中山さんは前置きをした。「この千賀村の総合型地域スポーツクラブには、総会というものがありますよね?」
 僕は、「はい、年に2回やってますね」と答える。
「そこに参加できて、議決権を持っているのは誰ですか?」
「会員です」
「そう!そうです!そうなんですよ!」と中山さんはなぜか興奮気味に言う。「じゃあもう1つ。その総会では何を決めていますか?」と中山さんはさらに僕に質問を続けた。何かテストされてるみたいで嫌だなと思ったが、実際に僕はクラブの事をたぶんよく分かっていないのだから、仕方がないとも思った。最初からクラブにいたのに、なぜかいつの間にか途中参加の中山さんの方がクラブの事をよく知っているのではないかと思うようになっていた。たぶん中山さんもそれに気づいているから、このようなやり取りをするのだと僕は思っている。
「たしかいつもは、事業計画とか予算とか、そういうことですよね」と僕は曖昧に答える。
「そう!そうです!定款では他に、会費とか理事の選任とか、そういうものは総会で決議することになっています。これはつまり、クラブの一番大切なことは総会で決めるということなんですよ!でね、それを決めるのが会員ということは、このクラブのオーナーは会員だということなんです。このクラブは、会員のものなんです。我々がお店を開いているのではなく、会員がお店を自分たちの為に開いていて、我々は会員に雇われているに過ぎないんです」
 僕は唖然としてしまった。総会のことは僕もちゃんと答えられていて、ちゃんとわかっていた。でも、それが”どういうこと”なのか、”何を意味している”のか、僕は全然分かっていなかったのだ。でも、言われてみればその通りだ。クラブのことは会員が決める。いくら事務局が案を作成し、総会にかけても、もし会員が否決すれば案は通らない。そういう意味ではクラブの方針は、会員が決めていることになる。これまで、事務局が作成した案の通りに総会で通っていたから勘違いしていた。クラブは会員のものなのだ。
 中山さんは、さらに続けた。「そうなると、そのクラブのオーナーである会員に、『ご参加いただきありがとうございます』っておかしいと思いませんか?」
 僕は急に恥ずかしい気持ちになり、「そ、そうですね」と言った。たぶん顔は真っ赤になっていたと思う。「別に会員は、参加してくれていたわけではないってことですよね」と僕は続けていった。
「その通りだと思います。もちろん、人に対して感謝の気持ちを持つことは何も悪くないし、素晴らしいことだと思います。ただ、立場を分かった上で言うのと、そうでないまま何も考えずに言うのとでは、与える影響が全然違ってくるなと思ったので、お伝えしました」と中山さんは言った。でも、ここで僕はちょっと引っ掛かるものを感じた。
「でも、会員自身にオーナーの意識なんてないんじゃないですか?総会に来ない人がほとんどだし、お客さんだと思っているんじゃ・・・」と僕は言った。
「私もそう思います」と中山さんは言った。そして、「だからこそです」と言った。
「だからこそ?」
「そう。本来、クラブに主体的に関わらなければならない会員が、自分のことをお客さんだと思っていて、そこへクラブマネジャーや指導者からお客さん扱いを受けたら、どうなります?」と中山さんが言って、僕ははっとした。実際に、「はっ」と言った。
「そうです。もうそれは完全なお客さんの完成です」中山さんの言葉を、僕はなぜか素直に受け入れられなかった。
「でも、お客さんってそんなに悪いものですか?コンビニだってファミレスだって、みんなお客さんとして利用しているわけだし、それで続いているわけじゃないですか」と、僕はささやかな反論をしてみる。すると中山さんは落ち着いた声で言った。
「お客さんが悪いと言っているわけではありません。それはそれでいいと思います。でも、だったらそういうクラブを理想として掲げて、定款を変えたり、規約を変えるべきです。会員が主体と言いながら、そうしていない現状がチグハグだと言っているんです、私は」中山さんの言葉に、僕はすぐに反論したことを後悔した。その通りだ。黙り込んだ僕をよそに、中山さんはさらに続けた。
「それに私は、千賀村の総合型地域スポーツクラブだったら、会員主体の方がいいと思います。もし主体を他のものに移すと、ビジネスとして成立しなくなったらクラブをつぶしてしまうかもしれない。例えば、村が主体になったとしてら、議会や村民からの理解が得られず、税金を投入できなくなったら潰してしまうかもしれないし、どこかの企業が運営主体になったら、儲からなくなったら潰してしまうかもしれない。でも、会員主体だったら、ボランティアで、自分たちで運営を続けていける。この人口が少ない千賀村でクラブをやるなら、会員主体であるべきだと私は思います」もう僕は、中山さんの言葉に追いついて行けなかった。正直に言えば、何を言っているのか分からなかった。でも、僕は反論する気にはならず、とにかく次からは、会員に「ありがとう」を言わないように気を付けることを胸の内で誓った。

総合型地域スポーツのマネジメントを仕事としています。定期購読マガジンでは、総合型地域スポーツのマネジメントに関して突っ込んだ内容を毎日配信しています。ぜひご覧ください!https://note.com/kenta_manager/m/mf43d909efdb5