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クラブばな!(仮)第13話「珍客」

〜佐藤の視点〜

ここ千賀村は、各組合に役場などからのお知らせを配る仕組みがある。いわゆる“隣組”だ。私の自宅は相田という地区にあり、経営している運送会社の事務所は井原という地区にあるから、いつも同じチラシなどを2つ受け取っている。大体が役場主催のイベントのお知らせなどだから、特に気にしないことが多いのだが、今回だけは目に付いた。
『クラブハイツリー会員募集!おかげさまで会員数400名突破!』と書かれたパンフレットが入っていたからだ。
400名だと!?なんであんな金儲けクラブにそんなに人が集まるんだ!?おかしいじゃないか!私が会長を務める千賀村体育協会は、みんなボランティアで子どもに指導している。それに対してこいつらは。
心の中で毒づく。
俺が作り上げてきた千賀村のスポーツを、こんなやつに乱されてたまるか。
手に持っているクラブハイツリーのパンフレットをめくる。中身を見る。小さな文字が読めない。老眼鏡を掛けて、注視する。
テニス、フットサル、ランニング、ヨガ、健康体操・・・。色々あるな。まぁこれなら400人いてもおかしくはないな。むしろ、これで400というのは、少ないくらいだ。大したことない。
しかし眺めていると、どうしても目に止まってしまう名前がある。
『植田隆史』。
テニス教室のいくつかと、小学生向けの学習支援、ドッヂビーとかいうものもコーチをやっているらしい。相変わらず色々なことに手を出しているようだ。そんなやつには誰も付いていかない。
しかし、それにしても硬式テニスの教室がこんなにも増えているとは。
小学生向けのクラスが2つ。一つは選手育成に力を入れるクラスのようだ。
大人向けは3クラスにもなっている。平日夜に2つと、日中に1クラスある。それだけ金を払ってでもスポーツをやりたい人がいるということか。
ほう。ここで私は気付く。
ここに会員募集のパンフレットがある。これは私の家に配られたものだ。ということは、私も誘われているということだ。私にも、このクラブに入る権利がある。このクラブがどんな運営をしているのか、中から探ってやろうではないか。とられた金がどう使われているのか。なぜそんなに金がかかるのか。騙されている皆んなに教えてやる。ふふふ。待ってろ植田。東京なんぞから来たよそ者のお前に、この千賀村のスポーツは渡さんぞ。


クラブハイツリーに入会し、登録したテニス教室の、今日が初日だ。
教室前からコートの周辺をジョギングして、ウォーミングアップは完璧だ。テニスは経験がないが、運動神経には自信がある。大体、何をやっても人よりできる自信がある。もう50歳で腹も出てきたが、まだまだやれる。植田よ、お前の腹の内を暴いてやるからな。
「はい、では大人のクラス始めましょう!」植田が大きな声で呼びかける。前の時間にやっていたジュニアの子供達と入れ替わってコートに入る。
すれ違った子供は誰も私に挨拶をしなかった。ちっ。だから私からも挨拶はしなかった。教育がなってない。

「佐藤さんは今日からですね!よろしくお願いします!植田と申します」植田が挨拶をしてくるが、私は目だけで挨拶を返す。この一見人の良さそうな態度に皆は騙されているわけか。良い人がスポーツで金をとるわけがないだろう。
ウォーミングアップをして、ストロークの球出し練習に入る。クラブの貸し出しラケットを借りて、振ってみる。植田がグリップの説明などをしていたが、そんなものは無視した。大体見てれば分かる。
ストロークの列に並ぶ。順番が来る。植田がボールをトスする。バウンドに合わせてラケットを振る。一球目はラケットの先に当たってしまった。カツン。
二球目。今度は真ん中付近に当たったが、大きくアウトした。パコーン。
三球目。今度はネットにかかる。バスっ。
次の人と交代する。
「おー!佐藤さん、本当にはじめてですか?フォームきれいですね!」などと植田が言うが、コートに入っていないではないか。金儲けコーチはそうやっておだてて金を引き出すわけか。
また私の順番になる。一球目。ラケットを振る。ボールは弧を描いてネットを越え、コートに叩きつけられた。
「ナイスショット!」
「佐藤さん凄い!」
他の参加者から声が挙がる。
二球目。再びコートに入る。よし!
三球目。ネットに掛かる。しまった。力が入ってしまった。
次は三球全部入れてやる!
「佐藤さん、言うことないです!」と植田の声が聞こえたが、当然無視をする。

最後の試合形式の練習が終わり、体操をして教室が終わった。最後のまとめのコメントで植田が、「上手な新人さんも入ったので、皆さんより一層頑張りましょうね!」と言ったのは、私のことだろう。
「ホント、佐藤さん上手!」と隣にいた若い女性が言う。
「いやいや。まだまだ初めてだから」と言いながらも、悪い気はしない。
ただ試合ではミスばかりしてしまった。まだまだなのは本当だ。サーブも全然入らなかったし、ボレーも全然反応できなかった。でも絶対に練習していけば誰よりも上手くなる自信がある。ストロークのコツは掴んだ気がする。要するに面の向きに気をつけて、アウトしないように回転をかければいいのだ。サーブやボレーはこれから教室に通えばやり方を教えてくれるだろう。一回やれば絶対にできるようになる。
見てろ植田!

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今回は総合型地域スポーツクラブを敵視している佐藤が、不純(?)な動機でクラブに入会したシーンを描いてみました。総合型地域スポーツクラブは本当に金儲けの悪徳クラブなのか。佐藤の目に映るクラブハイツリーは、どのように変化していくのか。乞うご期待!

総合型地域スポーツのマネジメントを仕事としています。定期購読マガジンでは、総合型地域スポーツのマネジメントに関して突っ込んだ内容を毎日配信しています。ぜひご覧ください!https://note.com/kenta_manager/m/mf43d909efdb5