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おでん屋奇譚2

おでん・・・?

屋台の脇に、段ボールでも置くように
自転車を寝かせて、おじさんが
手招きしている。

「ウェルカム トゥ マイ ショップ
メイアイヘルプユー?」

どうやら、このおじさんは
悪い人ではなさそうだ。

大学の課題は気になっていたけど
ちょっと休みたいし。
(足も痛い)
座らせてもらおう。

日本人特有の手の角度で
暖簾をかき分けると
すばらしい豊香のグツグツが
そこにあった。

会釈をして
「旨そう・・・・」と座ると
おじさんはにっこり笑って
さい箸を持った。
おでん種をいとおしそうに
返しながら、目尻の下がったおじさんは
「これも何かの縁だよ、兄ちゃん」

「痛みの伴う縁ですねえ。」

「そそ、何事にも痛みは伴うもんさ、名前は?」

「尾上洋介です。職業は大学生。」

「ほぅ。そっかそっか、この辺の学生さんにしては
珍しいタイプだね。」

「珍しい?ですか。」

「いや、気を悪くないでくれよ
その、垢抜けないって言うか
遊び慣れていない感じだけど。」

「あぁ確かに。そうですね。日々に追われて
余裕がないのかもしれませんね。」
ちょっと力のない笑み。

「まぁ いいや。俺の名前は牧村って言うんだ
牧さんって呼ばれてる。
なんか言葉にしてみると、女の子みたいだけど
その実、こんなおっさんだから。あはははは」
と牧さんは紺色のバンダナをスルリと取った。
立派なM字を描いた髪型に
プッと笑い。洋介はワザとらしく

「マキさん。」と呟く

二人はかかかかかかと笑う
奇妙な連帯感と心地よさ
洋介はすっかり牧さんのおでん屋が
気に入ってしまった。

ニコニコ笑いながら無言で出された日本酒をチビリと飲ると

「さて洋介、何にする?」
と牧さんが手を擦り合わせた。

つられて洋介も手を擦り合わせた
それにしても、なんたる出汁の匂いだ
グツグツと揺れる、魅力的なおでん種に目移りしてしまう。

湯気すらも美味しく感じる。
先ほどの転倒で、調子の崩れた
メガネのレンズをひと拭きすると

「じゃあ、昆布とこんにゃくください。」
と注文した。

「え?何」

さっきまでニコニコ待ち構えてたくせに
聞こえなかったのかよぅ
と一瞬口を尖らせた

改めて
「昆布とこんにゃく」

「お、洋介。そう来たか!」

とニコニコ笑いながら、大事そうに
さい箸で種を掬い上げ
小皿に乗せた。
おたまで出汁をスルッとかける。

最初にこんにゃくを頬張る。
だれもがそう食べるように
直角三角形の鋭角部分から
口に入れた。熱いので
前歯で噛むと ぷりん とした
えも言われぬ食感が顎に伝わる。
出汁が染み込むよう、丁寧に
包丁が入れてあって。
何とも素敵な、カツオ風味が
鼻孔を抜けた。

「うわぁぁ。牧さん本当に美味しいよ。僕の知ってるおでんより
出汁の色が透き通ってるけど
カツオの出汁が、凄く効いてますね。」
熱いこんにゃくでハフハフ言いながら
感想というか感嘆を漏らす。

「あはは。そうそう。うん
うちは鰹節が命なんだ。ところで
洋介は理数系の学科だろ?」

思わぬ話の展開に、ちょっとした違和感を感じた

「はい。そうですよ。なんで分かるんですか?」

「いやそのなんだ。頼んだメニューがね理数系っぽかったんだよ。
それに、長男だろ?」

「え?牧さん 占い師とか?
なんで分かるんですか?」
同じセリフを繰り返して
ちょっと照れ臭くなった。

牧さんは丁寧に
おでん種を返しながら
終始ニコニコしている。

「がんもと、はんぺんください」
などと注文するたびに
「彼女いないでしょ?とか
靴のサイズは26.5だね」とか

おでんに関係無い情報を
次々と言い当ててくる。

牧さんの本業は秘密警察なのかなあ・・・?

などとほろ酔いの洋介は
モゴモゴ考えていた。

夜半 雨が上がり
OLさんとビジネスマンが
ひょっこり顔を出した。

それを合図とばかりに
不思議な気分いっぱいで
「ご馳走様でした。」と手を合わせる。

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