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The Satoshi Trial 21日目

「クレイグ博士はサトシじゃない裁判 by COPA」(通称:COPA裁判、サトシトライアル)最後の週です。2024年3月12日(火)の審理は21日目です。12-13日がCOPA側最終口頭弁論、14-15日がクレイグ博士側が予定されています。今週で審理は全て終わりです。

3月12日(火)本日は、10:30〜16:00まで途中1時間の昼休憩を挟み、全ての時間をCOPA側弁護士Hough氏の長〜い口頭弁論が行われました。内容は、先週までの弁論、証人尋問を踏まえてあらためて「クレイグ博士はサトシじゃない。」という主張でした。

1.Schedule

2.COPA弁護士Hough氏12項目について主張。
以下のそれぞれの項目について長〜い説明が行われました。私はライブ中継を見てましたが、最終弁論文書が無いのと、参照するスクリーンが見れないので途中で寝てしましましたww。以下は項目だけです。

1: ホワイトペーパーはLatexではなくOpen Officeで作成された。本物のサトシなら知っているはずだ。

2: アダム・バックとのやりとり。本物のサトシなら、バックがビットコインを否定的ではなかったことを知っているはずだ。ライトの証言はメールによって虚偽であることが示されている。

3: Wei Daiについて。本物のサトシはバック経由で彼の仕事を知った。ライトは以前からDaiの論文をに入っていたと主張している。

3: PGPキー。本物のサトシは、PGPキーが2011年以前に投稿され、それが主に署名用であったことを知っているはずだ。ライトの証言は、彼がPGPキーを生成していないことを示している。

4: コード: 本物のサトシなら、その仕組みを知っているはず。Unsigned Integerやcheckblockについても知っているはず。ライトは知らなかったことが証言で明らかになった。

5: ホワイトペーパーのアップロードはオーストラリアからのIPアドレスではなく、ドバイの無料ホスティングサービスからだった。

7: マイクロソフトのパッチ・チューズデーはビットコイン誕生の2009年1月3日から1月8日の間には行われなかった。(宍戸健:当時のマイクロソフトのソフトウェアアップデート"Patch Tuesday"(最初は火曜日だったが、その後は火曜日とは限定されなかった。)について、2009年の1月は、1月13日に行われているが、これは一般ユーザー向けであり、クレイグ博士によると研究者等のライセンスの場合一般ユーザーより先行して行われたとの証言に対する反論。尚、このPatch Tuesdayがあったため、Block1が生成されたのが6日目の1月9日になった。)

Microsoft Patch Tuesday (Jan 2009)

https://blog.qualys.com/misc/2009/01/14/microsoft-patch-tuesday-january-2009-security-bulletin

Block1

https://bitails.io/block-height/000001

8: マイニング要件。本物のサトシなら、1万1000ドルも電気代がかからないことを知っているだろう。

9: ビットコインの送信。本物のサトシは、Zookoにビットコインを送っていないことを知っているはずだ。ニック・ボームのように、誰からビットコインを受け取ったかを知っているはずだ。(宍戸健:クレイグ博士はビットコイン稼働時のときから、多くの人にビットコインを送ったが誰に送ったかはいちいち覚えていないと証言したことに対する難癖。一方、クレイグ博士はマイニングをした人についてはより覚えていると証言している。まぁそれはそうですよね。)

10: ジェネシスブロック。本物のサトシはジェネシスブロックの公開鍵があることを知っているはずだ。

11: 本物のサトシなら、サトシが "cryptocurrency "という単語を使ったことを知っている。(宍戸健:クレイグ博士によるとBitcoinは"Electronic Cash"と定義していたが、当時"cryptocurrency"という言葉を否定はしていなかった。"CryptoCurrency"という単語を最初に使ったのはBitcoin. org のWebsiteを任されたMarti Malmiだ、と説明されています。)

クレイグ博士(Satoshi Nakamoto)が最初に作ったwebsite。(2009年8月23日)

https://web.archive.org/web/20090823095446/http://www.bitcoin.org/

Marti MalmiがUpdateしたバージョン。(2010年1月9日)

https://web.archive.org/web/20100106082749/http://www.bitcoin.org:80/

12: 本物のサトシはGavinがGitHubを使うことを拒否しなかっただろう。(宍戸健:クレイグ博士は当初のSource Forgeから移すことに反対していたと証言している。GitHubに移された後にSatoshiのアクセスが剥奪された。)

3.クレイグ博士側の証人についてはディスりまくり。(以下、Hough弁護士の主張最後の部分の抜粋です。)

1.BDOの関係者、DeMorgan(のちのnChain)の関係者でライトのマイニング活動を知っていたはずの同僚いるはずだが、証拠となるものを誰一人として持っていない。

2.ブラックネット(Bitcoinの前身)人々の証人がいないのか?他にもホワイトペーパーの草稿を受け取ったとされる証人がいないのはなぜか?なぜPornhub(宍戸健:クレイグ博士によるとPornhubにも営業したとのこと)やマイクロソフトの証人(宍戸健:Patch Tuesday件)のがいないのか?

3.なぜリン・ライト(クレイグ博士の元嫁)の証言がないのか?彼女はビットコインの記憶がないと言った。しかし、CSWは、彼女は薬物治療中で、証言に適さないと言った。彼女はこの法廷に来なかった。

4.最後に、ラモーナ・ワッツ(クレイグ博士の原嫁)は、この法廷の大半に座っており、証拠を提出することもできたが、そうしなかった。

5.ライトによるとビットコインのWPをリリース前に送ったの21人である。21人中2人がコピーを見たと記憶している。ドンおじさんとステファン。しかし、彼らは信頼できない。ジェンキンズは別の文書を見たと記憶しているが、これも信用できない。他は何も覚えていない。

5.ジョン・チェシャーは、2010年までCSWに会っておらず、ガレス・ウィリアムズ(故人)はCSWとの文書によるつながりはないと言った。彼は、2009年4月に何人かにタイムコインの紙を見せたと言おうとした。その後、彼はブリッジズやジェンキンスにビットコインホワイトペーパーの草稿を渡していないと言ったが、これは渡したという彼自身の供述と矛盾する。

6.彼の妹であるダニエル・デモーガンは、ライトが忍者の格好をして地元の子供たちを怖がらせていたことから、サトシと結びつけている。彼女が彼の家でたくさんのコンピューターを見たという事実は、彼のITセキュリティの仕事とは無関係である。

7.BDO在籍時に一緒に働いていたブリッジスは、彼が話しているないようは取引記録を改竄を防止する仕組みだった明言した。彼はその話とビットコインの技術的なつながり言っているわけではない。そして、ITセキュリティ業界ではログはとにかく記録を残すことは常識であり、誰もがやっていることだ。ブリッジスの発言はビットコインとある程度類似性を示したが、それは後知恵だ。

8.パンは、彼とライトと一緒に取り組んだ児童グルーミング事件の証拠を提出し、明らかな関連性がないにもかかわらず、それをビットコインに結びつけようとした。

レゴやバットマンの会話は藁にもすがる思いだ。オフィスの食堂で話すつもりなら、なぜ偽名を使っていたのか?

9.セリアン・ジョーンズについては、ほんの少し触れただけだ。

10.ショーブ・ユスフは、ビットコイン、タイムコイン、タイムスタンプサーバーの単語は一才覚えていなかった。ライトはユセフにホワイトペーパーのドラフトを共有したといったのにだ。彼は、クレイグがサトシであることはニュースで聞いたとさえ言った。

11.マックス・ライナムの証言も無意味だ。彼はドンがコードを実行したことを思い出したが、それは未知のコードだった。彼はそれをライトのハッキングの仕事やTXの検証と結びつけたが、ペンテストにはTXの検証はない。彼はまた、彼らがお互いのコードをテストするのは当たり前のことだとも言った。セキュリティーは関係ない。彼がライトからビットコインについて聞いたのは、ビットコインが公開されたずっとあとだった。また、彼は初期のビットコインのWPのファイルも持っていない。

12.次にジェンキンス氏。彼がタイムコインのホワイトペーパーを受け取っていたことが明らかになり、彼の信用は崩れ去った。このホワイトペーパーが法廷で言及されたことは一度もなかった。私の学識ある友人でさえ、それを意外に思った。彼は試験の過程で、目の前に「timecoin」という文字が書かれていたことを認めざるを得なかった。彼は、この事実が不当であることに気づき、尋問中に他の単語と一緒に用意していたメモ用紙に書いたと言った。私たちは彼が何も書いていないことに気づいていた。クレイグが遅ればせながらタイムコインの存在を言い出した後、彼はそれを思いついたのだ。

13.マシューズは、2008年にクレイグがビットコインに取り組んでいたことを知ることはできなかった。しかし、SMとのWhatsAppでの会話から、ライトの捏造に対する彼の不満の言葉の明白な意味を否定しようとしていることがわかる。CAHを排除した彼の話は当訴訟には関係ない。

また、BitcoinWPを受け取ったという彼の証言はライトの証言と食い違っており、しかもそれは些細な点ではない。SMはUSBメモリーを受け取ったと言っているが、ライトは紙のコピーを持って行ったと証言している。また、ライトはWPはマシューズの机の上に何カ月も放置されていたと証言した。

そしてサトシの件でオヘイガン(イギリスのジャーナリスト)、マシューズはWPを受け取ってすぐに読んだと言ったが、法廷でのしばらく読まなかったという証言と矛盾する。

マシューズは、2008年にWPを見せられたときにはまったく興味がなかったと証言した。それならWPが2009年1月に公開されたことを知ってたという証言を信じることは難しい。

ライトがサトシであることをマシューズがいつマクレガーに伝えたかという問題について、他の証言と食い違う主張もある。ライトの証言によると、マシューズがビットコインのサトシとライトが同一人物だと知ったのは2009年からで、2008年ではないと言っている。

14.ドン・ライナム(クレイグ博士のおじさん)はBitcoin WPを公開前に受け取ったが、自分の頭には理解できなかったとので、編集、校正はできなかったと証言している。(宍戸健:クレイグ博士は編集、校正してもらったと証言していた。)

15.ライトのサルトルのブログについては、サトシのプライベートキー所有を証明するものではなかった。もし彼がサトシキーを保有していれば、ごく単純に証明できたのにだ。

というわけで本日は以上になります。以下、参照資料です。


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