学歴論、天才論

誰向けに書いていいかわからないが、タイトルに関して言えば、昨日書店に寄ったら、日本の偉人という本と世界の天才という本があって、確かに語られる時、日本と世界の両軸があってややこしいなとは思って、国際競争力がないのはそのせいじゃないかとは思うが。まあ、なんとなく、それとは別に大学受験を中心とした力学のようなものを描いてたのを見て、こんなもんだよなあと思いはしたんだけど、つまり、世界で語られてる天才と自分がどうにかできる学歴とはかなり差があるにはあって、世間ではノーベル賞受賞者がもてはやされ、あるいは数学に関して言えば、数学オリンピックメダリストがいたりもして、東大首席卒業の人や16歳東大合格の人をなんとなく気が狂ったように学歴を追いかける人であるかのように力なくわらっていた。空気感はあるが、すなわち、お前らにはできない事を自分は成し遂げたのだぞという事を天才と称する場合における私は天才ではないかという論理であったり、それとも関係なく、ただできない事ができたというだけで私、天才じゃない!?と思ったり。意外と頑張ってる風ではあったが。山口真由は大学の特任准教授になったり、カリスは医療系のベンチャー企業の役員補佐になっていたり。正しく努力すれば正しく評価されるはずだという信念に基づいて努力した結果だとしたら、まあそこそこじゃないか。見せかけやはったりじゃない実際の実力をちゃんと評価されてるじゃないかという気はした。ただ年齢もそこそこいってて、無闇矢鱈にべらぼうに評価されてるわけでもないし、年齢に相応のポジションが与えられてるだけだけど。まあ世界は広いから、そういう人を受け入れてくれる人が一人いればいいだけだからなあ。

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