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優待メシはなくならない

「ふう……今月はあと4回もコメダに来なといけないのか……朝起きるのツライんだよな……」

眠そうな目をこすりながら起きた。
俺は優待クロスを専業にやっている、毎月10~50社から優待券を受け取り毎日都内を爆走してる。

「嫁には逃げられ、友達も少ないがこれだけが俺を癒やしてくれる。」
男は古びたアパートの一室でそうボヤいた。

男の部屋の壁には期限ごとに分類された優待券と、各社優待でもらったジュースや、ゼリー、食料などで埋め尽くされている。
優待券を眺めながらSNSを見る男はどこか狂気を孕んでいるようだ。

こんな男だが、SNSの世界では有名人だ。
現実世界を捨て、電子の世界で生きることを選んだ男は優待パパと名乗り、日々優待券での食事を投稿することを生きがいとしており、気がついたらフォロワー1万人超えとなった。
今では自称優待インフルエンサーを名乗っている。

「頑張って起きたし、コメダにでもいくか。」
ボサボサの髪を直さずに巷でいう所のチー牛のような見た目だ。
髪型を直さず起きたままの姿でコメダに行くことにした。

「げぇ!コメダこんなに値段あがってんのかよ!!」
チーにも優しいはずのコメダもインフレには抗えなかった。
気がついたらコメダのモーニングもインフレに負けて780円にもなってしまった。
これはお得に優待券を使えないことに男は怒りを覚えた。
優待民は基本ケチなのである。男も例外に漏れず。

「このミニサラダなしでもモーニングは行けますよね?山食パンとジャムとたっぷりサイズのアイスコーヒーでお願いします。」
あたかもサラダまでセットにしないと注文できないようなメニュー構成に怒りを覚えた。
「次の株主総会のときに文句言ってやろうかな……」ボソボソとした声で男はなにかを言っているようだ。実際にはその程度の度胸もないにもかかわらず。

メニューが届いたので写真を撮る。

ハッシュタグ「#優待メシ」
男によれば優待券と優待メシを写真に撮ることは義務だそうだ。
いつものような手慣れた手つきで撮影し、素早い指さばきでSNSへ投稿を行っていた。

「株式で食わせてもらっている者として景気動向は見ておかねば」
そんなことを思ってか、アイスコーヒーに一口をつけて日経新聞を取りに行った。
経済ニュースを呼んでも正直良くわからない。
「どうせここにある内容を読んでもすでにイナゴされてるしな……」
早々に読むことを諦め、結局の所本質を掴んでいない新聞の読み方しかできなかった。

山食パンを一口頬張る。そしてジャムを塗る。
甘くなった口を、砂糖たっぷりのアイスコーヒーで流し込む。
この男にとって半日常化した景色であった。

パンを食べきった頃、おもむろにカバンから特大のゲーミングノートと、モバイルモニターを2つ取り出した。
どう考えても喫茶店に異質な環境だが、男にとってはいつもの光景である。

「去年のシートは……あったあった。今月はこれと……これと……」
スプレッドシートを見ながら今月の取得銘柄を決めているようだった。

そして半時ほどアイスコーヒーを堪能しながら優待銘柄を決めた。
気づくとあたりの客層がサラリーマンから近隣マダムが主体となっている。
どうやら長居しすぎたようだ。場所を移ることにしよう。


そしてマクドナルドへ向った。
かと思いきや店内に姿がない。
なぜか店の前でスマホを触っているのである。

なにか怪しい情報を打ち込んで、「C86今日もGET!」などとのたうち回っている。
周囲のマダム達も男の挙動に不審がってた。

そして店内に入り声高々と宣言した。
「C86 ポテトエス!アゲタテ! ケチャップ!マックシェイクバニラエル!!ユウタイケン!!」意味不明な呪文を詠唱する姿は異質そのものである。

「当店にマックシェイクLは有りません。」店内に木霊する声は無惨であった。
Lサイズの注文に失敗したが、Mサイズなら行けるらしい。
とりあえずMサイズに変更して注文することにした。

席に座り、シェイクを一口喫食する。そして、今回も写真を撮る。

そして今度は優待券管理用のスプレッドシートを開いたようだ。
「今月は、何があったっけ……この後いくのは……」

どうやらこの男は優待を溶かすことだけが生きがいのようだ。
さらに優待を撮影すること義務と勘違いしているらしい。
今日も代り映えのない優待券と食事を撮影し続ける。
最早フォロワーも義務としてイイねを押しているのではないだろうか。

しかしながら、仕事を辞め現実世界から離れた彼を止めるものはいない。
現実世界の友達はどんどんと疎遠になっていく。

SNSに交友関係を求め、FIRE信仰に溺れ、節約思考が身についてしまった彼の生活は一転してしまった。
エコーチェンバーの中に居ることに気づかず、現実世界が見えてないのである。

そして唯一の拠り所の優待も、近年は廃止が相次いてる。
さらに証券会社もBOTの使用にお怒りだ。

優待を取り巻く状況は着実に悪くなっている。
それでも「優待メシはなくならない」そう呟き、男は今日も現実から目を背け続ける。