「しるべなき夜明け」

□ 麻布一ノ橋

――夜。

清河八郎(34)が家路についている。ふと後ろから“清河先生”と呼ぶ声がする。振り向き様に刀が振り下ろされ、清河は血まみれで橋の上に突っ伏す。

タイトル「文久三年四月十三日・清河八郎暗殺」

□ 新撰組壬生屯所の一室

――夜。

タイトル「一年後・新撰組壬生屯所」

――廣川鼎(20)と沖田林太郎(36)並んで正座している。廊下からバタバタ足音が鳴り勢いよく戸が開く。山南敬助(30)が大きく手を広げ入室。沖田の手をガッシリと握る。

山南「林太郎さん!よぐござっしゃった。もう会うことはでぎねど思ってました」

沖田「おお!山南君。いや今や山南副長とお呼びしなきゃいかんか。花の都の京におっても相変わらず仙台訛は抜けんのだね」

廣川「山南先生、ご無沙汰しておりました。廣川でがんす」

――山南、廣川を向き

山南「おお、廣川君。君も花のお江戸に居ながら庄内訛がとれねのがぁ!わははは」

沖田「総司は元気にしているかい?」

山南「義弟君は今や新撰組随一の使い手です。北辰一刀流の天才が不在で並ぶ者が居ない」

――山南、廣川をニコニコと見つめている。

廣川「思い出すなあ。沖田組長と山南先生、総司君と私の新見隊は浪士組の乱取り稽古では負け知らずでしたがら」

山南「生憎と総司君は不在でして。でも明後日には帰ってきます。それまでゆっくりしていってござっしゃい」

沖田「それが、私はこれからすぐに江戸に戻らねばならんのだ。清河殿が斬られ、ようやく我々江戸浪士組も庄内藩抱えの幕府側に就けたのだからね。新徴組組長となった今やることが山のように溜まっている」

山南「残念ですな。だげんども、我々を集め浪士組を結成しておきながら攘夷派に就かせようと謀った清河さんが斬られていがったよ。これで新撰組と新徴組は晴れて同志。なあに、もういづでも会えるでしょう」

――廣川が俯く。山南、それを見て慌てて

山南「ああ、すまん。清河さんは廣川君の叔父君だったっけな……」

廣川「いえ、私も同じ思いです。叔父は忠義に叛している。北辰一刀流の師匠として鍛えてもらった恩はありますが、あのやり方は武士じゃねえでがんす。まるで山師だ」

沖田「山南君、この通り廣川は我々と同じ志なのだが、新徴組には置いておけないのだ」

山南「庄内藩のお許しが出ないのですか?」

廣川「縁者には、どげしてもお許しが……」

沖田「そこで、新撰組に入隊させてもらえぬだろうか?」

――沖田、近藤勇宛の推薦書状を出す。

山南「なるほど。それでわざわざ組長の林太郎さんが。わがりました。なあに、林太郎さんは近藤先生や土方君の兄弟子だ。それに私も北辰一刀流の同門が居てくれると心強い。きっと大丈夫でしょう!」

廣川「山南先生!ありがどうでがんす!」

□ 京の町中

――新撰組の隊服に身を包んだ廣川と山南が見廻りをしている。

山南「廣川君、どうだ。江戸もいいが京の方が色があるべ?」

廣川「んですのお。先生、そごに美味い茶屋見つけたんですが休んでいぎませんか」

山南「おお、もう馴染みの茶屋を見つけだが」

――山南、茶屋の縁台に座ろうとした瞬間に廣川が故意にずらした太刀のサヤに足を引っかけて転倒。

廣川「山南先生!ああ、すみません」

――山南、苦痛に顔を歪める。廣川、山南を抱き起こし縁台に座らせる。そこへ薬売りの和泉幸二郎(26)が通る。

廣川「そごの薬売り!頼む、手を貸してけろ」

和泉「は、はい。いかがしましたか」

山南「足をな……。どうも間の抜けたことを」

和泉「これは酷い。でも、ご安心を。私、永田徳本薬を持ち合わせております」

――和泉、山南の足に湿布薬を施す。

山南「すまぬな、助かる」

和泉「これを毎日朝夕二回、施せば三、四日ほどで痛みはなくなりましょう。ですが…」

廣川「どうした?」

和泉「これ以上薬の持ち合せがございませぬ」

廣川「わがった。後でかまわねがら、壬生の屯所さ持ってきてくんねが」

和泉「新撰組屯所に出入りを許されてません」

――廣川、山南に向かって

廣川「先生、この薬売りに出入りの許しを!」

山南「わがった。よろしぐ頼む」

□ 宿屋・裏口

――夜。私服に着替えた廣川が辺りを気にしながら中に入る。奥から和泉が手招き。

□ 同・部屋

――夜。薄暗い部屋に対峙する廣川と和泉。

和泉「廣川君、よくやってくれた」

廣川「山南先生を謀るのは気退けっけど……」

和泉「何を言う。山南は北辰一刀流の兄弟子である君の叔父君を裏切って新撰組に居るんだぞ。気に病むのは無用だ」

廣川「叔父上が志した尊皇攘夷が本当に正しいのか、まだわがんねんでがんすよ。浪士組が集まる前は楽しがった……」

□ 回想。天然理心流道場廣川、山南、清河が沖田と談笑。

清河「山南君、鼎、こちらが天然理心流師範代の沖田林太郎殿だ。我々北辰一刀流との他流試合を快く引き受けて下さった」

           ×    ×    ×

――清河と沖田が竹刀を打ち合っている。なかなか勝負がつかずに引き分ける。

沖田「さすが将軍家指南で天下に名高い北辰一刀流です。清河殿、勉強になりました」

清河「いや、天然理心流こそ。自由でつかみ所がない型だけに怖い。素晴らしい!」

沖田「山南君には、我が師の子息でもある近藤勇君を、廣川君には……、ちょうど良い、歳も同じ我が義弟と試合をしてもらいましょう。おーい、勇君!総司!」

――廣川の瞳がキラキラと輝いている。

□ 宿屋・部屋

――夜。向かい合う廣川と和泉。

廣川「なして剣だけで生ぎでいがんねんでがんすか?志が違うがらって、大事な人達に刃向げねばなんねのすか?」

和泉「何を今更……。夜は明けなきゃならんのだ。我らの攘夷決行がその近道なのだ。廣川君、君の剣も新しい時代を開く刃にならなきゃならんのだよ。それこそが志半ばに凶刃に倒れた君の叔父上の供養だ!」

――自分の太刀を見つめ唇をかむ廣川。

□ 新撰組壬生屯所の一室

――山南が居る。戸が開き廣川が入る。

廣川「失礼します。先生、具合はどうですか」

山南「まあ座りたまえ……。足はもうすっかりこの通りだ」

――山南、ケガした足をぐるぐる回して見せる。

廣川「いがった。さすが永田徳本薬ですね」

山南「実はだな、例の薬屋の事なんだが……」

――一瞬目を伏せる廣川に気づく山南。

廣川「何か……あったのでがんすか?」

山南「君、あの薬屋とはあれから会わんが?」

廣川「……。いえ」

山南「薬を届けてくれる度に、私の部屋を間違うのだ。半時も屯所の中に居ることも」

廣川「討幕派の密偵とお伺いで?」

山南「まさがとは思うのだが……」

――廣川、動揺を必死に隠す様子。

廣川「先生の考えすぎでしょう。ああ、見廻りの刻だ。私はそろそろ……」

――立ち上がる廣川の腕を掴む山南。

山南「廣川君!私もね、尊皇の志だよ。清河さんと同じだ。近藤先生や土方君とは少し違うよ。ただ、攘夷というやり方には賛成しかねる……」

廣川「山南先生……、失礼します」

――廣川、山南の手を振り払い部屋を出る。

□ 京の町中

――夜。返り血を浴びた新撰組隊士数十名が町を闊歩している。侍や町人が数名囚われ連行され、その中に和泉の姿。

タイトル「一ヶ月後・元治元年六月五日/池田屋騒動」

□ 新撰組壬生屯所の中庭

――夜。山南・廣川等数名の隊士が居残っている。門より連絡役の隊士が走ってくる。

隊士「三条小橋の池田屋にて近藤局長隊が倒幕の臣数十名を確保!その中に、我ら新撰組に出入りする薬商人の和泉幸二郎あり」

――脇差しを抜刀する廣川を制止する山南。

山南「廣川君!まだ、君の役割は残っているよ。江戸に、新徴組への報告を頼みたい」

廣川「そんただごと!先生、私は……」

山南「君が腹を切っては、林太郎さんやその義弟の総司君にも迷惑がかかる。それは新撰組と新徴組どちらの為にもならぬものなのだよ」

廣川「私に腹を切る場所はないのでがんすか」

山南「幕府がいいが倒幕がいいがはまだわがらね。君ら若い者は、刀の刃をどっちに向げんのがもっとよぐ考えろと言ってんだ」

廣川「山南先生……」

□ 山中の街道

――夜。月明かりの下、走り去る廣川の後ろ姿。

ナレーション「その半年後。山南敬助は江戸に行くと手紙を残し新撰組を脱走。弟のように愛した沖田総司の介錯で切腹した。


            ――THE END――  

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