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ようこそ新入社員よ

 4月1日。入社式が行われた。

 クリエイターとして会社員になる新入社員よ。僕はあなたに伝えたいことがいくつかある。

会社は場である

 会社とは場である。フィールド。経済社会において利潤を追求し、成長することを求められる組織。それはあなたにとって場である。勘違いする人が多いけれど、会社に人格はない。オーナー企業であったとしても、オーナー社長は人間だが会社は社長ではない。

 当たり前だと思うかもしれないが、これをはき違える人は意外と多い。

 あなたは今日、入社した。入社したというのは、会社と契約を結んだという意味だ。契約というのは履行すべきもの。会社はあなたに対していろいろな保証をする。給与を保証し、国で定められた制度に従ってあなたのあれこれを保証する。あなたはそれに対し、会社への貢献を求められる。それは契約だ。そこに義理も恩義もなにもない。ただの、契約だ。契約は契約として履行すれば良い。

 会社に人格はなく、社員とは会社と契約を結んだ人のことである。これを、忘れてはならない。あなたは採用してもらったわけではなく、会社からしても入社してもらったわけではない。当然ながら、採用してやったわけでもなく、入社してやったわけでもない。単に、契約を交わしただけだ。上も下もない。甲と乙があるだけだ。

 会社には実体がないので、どうしても会社を構成している人員に目が行く。するとその人員の総体が会社であると錯覚するが、それも違う。会社にいるどの社員も、社長でも役員でもなんでも、全員何らかの契約に基づいてそこにいる人間だ。どの人間も会社ではない。

 そして、あなたが契約を交わした相手はその「どの人間でもない」会社である。これを忘れてはならない。

根拠を自分の中にもて

 新人はいろいろなことがわからないだろう。最初は多くの指示を受ける。それをこなすだけでも精一杯になってしまうだろう。それは仕方ない。しかしそれでも、自分で考えることを捨ててはいけない。指示を受けてそれをこなす。必ず、「なぜこういう指示を出されるのだろう」と考える。その指示の目的は何か。いつも考えるようにしなさい。最初のうちは余裕もないかもしれないが、指示されたことを「なぜやるのか」がわからない場合は、聞いてみなさい。「どうしてこういうことをやるのですか?」と。

 そして相手がどう答えるのか、よく見ておきなさい。それによって相手の誠意がわかる。その先輩が信用に足るのかどうかが、よくわかる。指示を受けたらそれを遂行する。あなたに課せられた仕事だからだ。しかし言われるままに何も考えずに動いてはいけない。必ず行動の根拠は自分の中に持つ。意味がわからないままに動いてはいけない。わからなければ聞く。聞いてもまともに答えないような先輩であれば、それは心にメモしておく。

「今はまだわからなくてもいい」と言われるかもしれない。そうしたら「どのぐらいになったらわかるようになりますか?」と聞く。ちゃんと答えられない先輩は、おそらく先輩自身も意味がわかっていない。わからないままに仕事をすることほど恐ろしいことはない。それでは成長が無いからだ。

 わからないことをわからないままにしない、というのはとても重要だ。わからなければ自分の中に根拠を持てない。根拠を持とうとすればおのずと「わかりたい」と思うはずだ。それを適切に教えられる先輩を探しなさい。

会社を利用しろ

 会社を、先輩を、めいっぱい利用しなさい。契約を遂行している限りにおいて、あなたと会社の関係はフラットだ。会社があなたを雇用しているという関係は、マスターとスレーブではない。マスターとスレーブの関係は支配だ。それは雇用ではない。雇用関係というのはフラットなもので、だから双方が合意した契約に基づいている。もちろん会社には規約があり、あなたはそれを遵守することが求められる。一方で会社にもあなたを守る義務があり、会社はそれを遵守しなければ社会的制裁を受けることになる。お互いに不利益がない限り、あなたは会社を利用して良い。

 あなたの成長は会社にとって利益になる。会社の利益を増やす方向にあなたが成長すれば、あなたの発揮できる力が向上し、契約は更新され、報酬が増えるだろう。あなたは会社の目的と自分の目的を照らし、落としどころを見つけて成長すれば良い。あなたの成長はあなた自身に大きなメリットをもたらすだろう。世界の見え方が変わり、その会社で継続的に活躍できる力になるだろう。さらには、その会社から出ても戦っていける力になるだろう。

 何も遠慮することはない。他の会社からも欲しがられるぐらい、成長しなさい。それが会社にとっても大きな利益になる。あなたは会社を利用し、会社もあなたを利用する。それは契約のうちだ。

 あなたはいくらでも成長できるだろう。まったく違う世界を見たくなるかもしれない。そうしたら、羽ばたいていけばいい。会社は場である。会社に恩義を感じる必要はない。あなたが恩義を感じるべきは、会社の中でお世話になった個人だ。会社そのものではない。

 会社に所属して活動していれば、その会社の中で信頼できる人が見つかるだろう。もしも一人も見つからないのなら、別の会社に移った方が良い。

 信頼できる人から多くを得よう。いくらでも学べることはあるはずだ。どんどん質問し、技を見せてもらい、学びたいだけ学びつくそう。同じ会社の仲間から技を学ぶのに、引け目を感じる必要はない。目いっぱい教えてもらったらよい。教えてほしいと言っていけば教えてくれるだろう。意欲ある者を喜ばない先輩はいないはずだ。もしいたら、残念ながらその人はあまり信頼すべき相手ではない。

自分を大切にしろ

「会社のために」何かをしようとするな。そんな必要はない。あなたの行動はすべてあなたのためであるべきだ。それが結果として会社の利益につながれば良い。クリエイターであれば苦しい時は来るだろう。むしろしょっちゅうだ。しかしその苦しみは会社のためであってはならない。苦しさを超えた先にあなたの成長がある。あなたの成長がないところでは頑張らなくて良い。

 あなたに課せられているのは契約を履行することだけだ。体を壊すほど頑張る必要はない。よく会社に迷惑がかかる、と言って無理をする人がいるけれど、無理をして倒れたらその方がよほど迷惑だということに気づいていないだけだ。会社の規模によっては、あなたが休んだら他の人の負担が増えたりすることはあるかもしれない。それでも、休まずに倒れたらもっと巨大な負担になる。ちゃんと将来性をもって動いている会社であれば、あなたが無理をすることなど望まないはずだ。

会社と心中するな

 もはや終身雇用など破綻している。今日入社した会社に定年までいられる保証はない。会社はあなたの定年まで持たないかもしれない。あなたを定年まで支えられないかもしれない。

 最初から一生そこにいようなどと思わない方が良い。むしろそこを足掛かりに、あなた自身の人生のステップを考えなさい。会社を利用して成長し、次のステップへ踏み出す。そのことを遠慮しなくて良い。前にも書いたように、あなたが成長することは会社に利益をもたらす。成長したあなたには契約更改を迫る権利が発生する。折り合いが付けばそのままいれば良いし、つかなければ別のところへ行けば良い。前にも書いたが、あなたが恩義を感じるべきは会社ではなくそこで世話になった個人だ。その個人を無碍にしないようにはする必要があるが、会社そのものには恩義を感じる必要はない。

 僕は自分の会社に入ってきた新人にも、一生ここにいようと思わない方がいいという話はする。会社としてはもちろんなるべく長くいてほしいだろう。でもそれは、安寧と惰性で辞めないことを望んでいるわけではない。むしろ他社が欲しがるぐらいに成長してくれる方が望ましい。そして選択肢が広がったときに引き留めて置けなければ、それは会社に魅力が足りなかったというだけの話だ。他のところへ行けないから残っている、という状態は、だれも求めていない。

とにかく楽しめ

 楽しくなかったら何かが間違っている。

 アニメ業界で仕事をし始めて14年ほどになる。地獄のようにつらかったこともあるが、それも楽しかった。今、楽しかった思い出として語るのはそういう地獄みたいな仕事のことだ。いろんなことがクソでひどかった、と笑いながら話せるのは、結局のところ仲間たちと無理難題の中で奮闘したことが楽しかったからだ。

 楽しいというのは「楽」という字を書くけれど、楽なのとはちょっと違う。ハードな事態でも楽しいということはよくある。むしろただぬるいだけの状態は楽だけれど楽しくはない。

 あなたがこれから仕事をしていく中で、まったく楽しさが見つからない事態になったら、それは立ち止まるべきときだ。苦しくても楽しさがあるうちは大丈夫。楽しいと思えることを続けてほしい。楽しめていれば成長もある。楽しく学べば頭に入るし、楽しければ技術も身につく。頑張って練習しても、楽しんで同じことをやっている人にはかなわない。とにかく楽しんでほしい。仕事も、それに付随したあれこれも。何も楽しくないときには立ち止まることを恐れないでほしい。

 そして、そんなときに「何も楽しくない」と訴えられるぐらい信頼できる人を見つけておいてほしい。

 今あなたが立っているのは長い道のその始まり。赤ん坊からこれまでたどってきた時間よりも、この先の方がさらに長い。そう思うと気が遠くなるかもしれないが、思ったよりあっという間だ。僕はもう、生まれてから今までよりも、今から棺桶までのほうが短いだろう。社会へ出るまでの20年よりも、出てからの20年のほうがはるかに短かった。

 あなたの前途が楽しいものであることを、少し先を歩いている先人として心から願い、最後に僕がアニメの専門学校で講師をしていたときに、一年生の最初の授業でかけていた言葉を贈ろう。

最高に楽しい地獄へようこそ!

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