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消極的自由

「誰もが自由な選択肢を取れるように、余暇時間を創出できるようなサービスに携わりたいです!」

そんなことを就職活動中しきりに話していた。もちろんこれに嘘偽りはないし、偽善でもないと思っている。実際「いいね」と言ってくれる大人もいた。
でも、その「誰もが」の中に家を持たない浮浪者は考慮されていただろうか、余暇時間があれば誰もが自由な選択肢を取れていただろうか。
そんな疑問が生まれたので忘れないうちに書いておく。


『矛盾社会序説』
女性の生理について道を切り拓いているプロジェクト「illuminate」の青山ブックセンターで行われているポップアップ。その関連書籍の棚に置かれていた。もともとTwitterでハヤカワ五味さんがこの本をおすすめしており読みたい!と思っていたからすぐに購入した。

社会が「自由」を謳歌するには「不自由」をこうむる人柱が必要不可欠であり、耳あたりのよい建前の背後で、疎外された人々の鬱屈がこの世界を追っている。現代社会の「矛盾」に切り込み、語られることのなかった問題を照らし出す。

表紙をめくるとこの文から始まる。(単行本の漫画で作者の一言が書いてあるところ。あそこなんて言うんだろう…)
最近読んだ本のなかでこんなにも引きの強い文章は見たことがない。人柱なんて歴史の教科書でしか見たことの無いキーワードだ。
なにより自分も「自由」とか「選択肢」をテーマにした生き方をしたいと思っているから大きな学びが得られると思った。

内容としては近年、世間を騒がせた事件においてメディアでは語られないような切り口で差別や偏見について問題提起している。基本的に差別主義ではなく、ここ最近ジェンダーについて興味を持っている自分でさえ該当するような差別や選別について書かれておりかなりハードな内容だったように思う。

中でも特に考えさせられたのはBI(ベーシックインカム)によっても解決できない問題はなにかという話。
BIでも埋めることのできないのは「承認」。「自分はここにいていいんだ。社会の役に立っているんだ。」と事故を肯定できることだ。
仮にBIを受け取って労働していた時間が余暇に変わっても、全員が全員「じゃあこの時間を使ってなにするか・したいか」という回答を持っているわけではなかった。何をするかわからずいたずらに長い時間がすぎると幸福度は逆に低下してしまう。そんな調査結果もあるようだ。

僕はここを見誤った、もしくは軽く見ていたんじゃないかと思う。
「多くの人が仕事やバイトに追われて自分の時間がない→効率化して余暇時間を生み出せばみんな好きなものを選んで楽しくなる!」っていう理論で就活を戦った。再現性がないと思われても仕方ないのかもしれない。

好きなものを選ぶことができるということは「選ばれないもの」があるということ。消極的自由ってやつだ。僕はそれを見逃した。いや、見てないふりをしてたのかもしれない。
とはいえ「僕が見なかった人達」も含めてすべての人が生きやすい世の中になるにはどうしたら良いかわからない。そもそもそんなものあるのかどうかすらあやうい。

そうはいっても僕はこの持論で就職が決まった。間違いだとも思っていない。けれどもこのまま変わらなければ口だけで終わってしまう。
11月に小論文を書いたときに出会った社会人は「今もまだ自己分析だよ」と言っていたけど本当にそのとおりだと思う。たった数ヶ月の深掘りでは石油は掘り当てられない。

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