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しあわせの教え

※こちらの作品は過去作「アンマー」を加筆修正したものです。

三鷹みたか 沙耶さや
三鷹 慎吾しんご
三鷹 咲良さくら


沙耶:セミが鳴き始めた頃、アナタは大きな産声を上げて私たちのところに来てくれたね。生まれてきたばかりのアナタは目元がお父さんそっくりだった。アナタには真っ直ぐ生きて欲しい。そんな願いと、お父さんの名前を1文字貰って「慎吾」と名付けた。


慎吾「ねぇねぇ、おかあさーん!ゆうくんがゲーム買ったんだって!僕も欲しいから買ってよー!」
沙耶「慎吾、ごめんね。ゲームはちょっと買えないかな。」
慎吾「えー!じゃあさじゃあさ、自転車は?もう僕が乗ってるの小さいから新しいかっこいいやつが欲しい!」
沙耶「んー…ごめんね。自転車もちょっと無理かな。」
慎吾「えー!なんでなんでー!」

沙耶:慎吾が小学生になる少し前に主人は事故で他界した。私はパートで働きながら女手一つで慎吾を育てていた。家計は苦しく、我慢をさせることが多かった。それでも、元気に育って欲しい。愛情をしっかりと伝えていきたい。そう思っていた。


慎吾:母子家庭で育った俺は中学生の頃から悪い先輩たちとの付き合いが始まった。タバコを覚え、万引きを繰り返し、喧嘩に明け暮れていた。高校生になると家に帰らずに遊ぶことも多くなっていた。たまに真夜中に家に帰ると、食卓の上には茶碗とラップがかけられたおかずが並んでいた。その隣には書き置きもあった。

沙耶「『慎吾、おかえりなさい。鍋に味噌汁があるから温めて食べてね。』」


慎吾:その後も俺は変わることなく遊び回っていた。高校を卒業してからは特に何をする訳でもなく、毎日毎日酒を飲んではダラダラと過ごし、空が明るんでくる頃に寝ると言う不規則な生活を送っていた。玄関のドアが閉まる音を聞きながら。それからまた数日が経ったある日のこと-


沙耶「慎吾、お酒も少し控えてさ、仕事しない?」
慎吾「あ?」
沙耶「ほら、あまり飲みすぎても体によくないし。」
慎吾「別に俺の体なんだから関係ねーだろ!」
沙耶「アナタは私の子どもなんだから心配するのは当然でしょ!」
慎吾「うっせーな!誰が産んでくれって頼んだんだよ!」

慎吾:その言葉を口にした途端ハッとした。バツの悪くなった俺は部屋を出て行った。そしてその日の夜-

沙耶「ねぇ、柊吾、私育て方間違ってたのかな。アナタが居たら違ったのかな?私、わかんないや。」

慎吾:母の部屋から声が聞こえてくる。隙間から中の様子を伺うと、アルバムに向かって話しかけていた。正直父のことはあまりよく覚えていない。しかし、今母を守れるのは俺だけなんだ。そう気付いた。そこから俺は仕事を見付け、いい出会いにも恵まれた。そして今-隣にはこうして咲良が居てくれる。




咲良「ねぇ、お花これで大丈夫?」
慎吾「うん、ありがとう」

慎吾:妻の咲良が父の仏壇に花を飾ってくれている。

咲良「あーあ、私も会ってみたかったな。」
慎吾「ん?」
咲良「お義父さん!」
慎吾「あぁ。」
咲良「どんな人だったの?」
慎吾「うーん、そうだな...」

慎吾:父の記憶を手繰り寄せてみる。正直幼い頃の記憶の中でしか存在しない父はよく思い出せない。しかし、いつも周りには人がいて笑顔の絶えない人だった。

慎吾「一言で言えば騒がしい人、かな。」

慎吾:俺は嘲笑気味にそう言う。

咲良「ふふ、じゃああなたと同じなんだ。」
慎吾「いや、俺はそんなことないだろ?」
咲良「あなたの傍に居て退屈したことなんてないもの。」
慎吾「いや、そのだな...」
咲良「でもね、お義母さん言ってたよ。」
慎吾「ん?」
咲良「お義父さんの最期の時にね、あなたのこと、言ったんだって。」
慎吾「え?」
咲良「『これからどうするの!慎吾の成長一緒に見守るんじゃないの!?』って。」
慎吾「そんな話初めて聞いた...。」
咲良「そしたらね、運ばれた時点で心肺停止してたはずのお義父さんの心電図、一瞬だけど大きく動いたんだって。」
慎吾「...。」
咲良「きっと最後の最後まで、あなたのこと気にかけてたんだと思うよ。」

慎吾:そう言って咲良は父の遺影を見て微笑み、ゆっくりと手を合わせた。

咲良「これからも慎吾さんと、この子と笑顔の絶えない家庭にしていきますね。」

慎吾:咲良は少し膨らんだお腹に目を落とし、優しい表情をする。俺はそっとその隣に座る。

慎吾「親父、ありがとう。」

慎吾:遺影の中の親父の笑顔がいつもに増して明るくなっているように見えた。

慎吾「さ、今日はもう帰るか。」
咲良「うん、そうだね。」
沙耶「あら、もう帰るの?」
慎吾「あぁ、咲良もこんな状態だしあんまり無理するのもな。」
沙耶「そっか。寂しいけどまたいつでも帰ってきてね。」
慎吾「あぁ。」
咲良「お邪魔しました。」
沙耶「咲良ちゃん!いつまでそんな他人行儀なの!もう私たちは家族なんだから。」
咲良「えっと...じゃあ...行ってきます?」
沙耶「んー...そっか、確かにそれはそれで変かもね。」
咲良「なんて言えばいいか難しいですね。」
沙耶「そうね。でもまぁ妊婦さんは体が資本だから!気を付けてね。」
咲良「はい、ありがとうございます。」

慎吾:そんな2人の笑顔のやり取りを俺は微笑ましく、そして嬉しく感じていた。なぁ、親父。親父がいたらきっと咲良のこともたくさん笑顔にしようとしてくれてるんだろうな。



慎吾「こうして、おじいさんとおばあさんはいつまでもしあわせにくらしましたとさ。めでたしめでたし。…あれ?優凛(ゆり)寝ちゃったか。」

慎吾:幼い娘が俺の隣でスヤスヤと寝息を立てる。元気いっぱいに眩しい笑顔で遊ぶ時とは違う、柔らかな表情。大切な大切な宝物。俺は何があっても優凛を守る。小さな手を握りながら改めて思い返してみる。全力で愛情を注いでくれる人が居ることがどんなにも幸せなことなのかを。-なぁ、母さん、今度は優凛も連れて帰るから、そしたら一緒に親父の墓参りにでも行こうか。優凛にもじぃじの話してやってくれよ。そしてさ、恥ずかしいけど、あの頃苦労かけた分、これから咲良と一緒にたくさん親孝行させてくれ。

-END-

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