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前略、20歳の僕へ。

『思い返すと充実した毎日がそこにあって、昨日の事のように鮮明に思い出されます。君は今、キラキラとした学生生活を送っているね。学校の友達にバイトの仲間。偉そうに後輩に実習指導なんかもしてさ。バイト先では店長にも認められて本部のビルのある店舗にも引き抜かれて。学校に行ってバイトに行って、たまの休みには彼女とデートをして。学園祭の実行委員なんかもやったりして。そろそろ卒業も迫ってくる時期だけど、特に何も不安視することなく今までと変わらない生活を送っている。それどころか謝恩会の主催と同窓会の会長に任命され、そこに精を出している。でもね?気付いているかい?周りのみんなは必死になって就職活動をしている。君は今までと同じようになんとかなると思っているよね。うん、確かに何とかなるよ。みんなよりも1番最後に就職は決まるけど、働き始めるのは1番最初なんだ。そしてその一ヶ月後にはそこでトップになっている。それから職を転々としながら、結婚をする。そしてそこで新たにバイトから始めた仕事で3ヶ月ほどで正社員に登用される。それから更に半年も経たずにその会社の中では最速、しかも最年少として店長を任される。そしてその2ヶ月後には新規オープンの店をも任されて、最大4店舗兼任。自分の想像していた未来とは少し違って驚いたかな?でも本当に驚くのはまだこれから。その後父の仕事の兼ね合いで自分の店を構えることになる。経営はそこそこ。店も繁盛していた。雑誌の取材なんかも受けてさ。でもそれから僅か数ヶ月後、人手不足で店を畳むことになる。その後元の職種に戻った君は、新しい所でもそれまでのスキルを遺憾なく発揮する。気付けば周りのみんなが君に仕事を聞いてくる。そしてそれが社長の耳に入り一気に主任へと昇進。なかなか波乱万丈だよね。あ、ちなみにこの時にはとっくに離婚してる。そして遠方での園長昇進を断った後すぐに社長からのパワハラもあり、退職。それからようやく再就職した先では気付けば年下の先輩が沢山いる環境。上手く立ち回れずに孤立していく。そして精神を病んでしまった君はそこも退職へと追い込まれてしまう。その後働くことも出来ずに家に引きこもってしまう。そんなある日、君がいつしか放棄した同窓会の案内が届く。悩んだ末に参加することに決めた。性分なのかなんなのか、結局君はいつの間にか実行委員の中核として動いている。周りのみんなは家庭を持ち、仕事をこなし、忙しい日々を送っている。それに引き換え君はずっと家にいるから時間はいくらでもある。さて、ここからが君の人生の中でのいちばん大きな分岐点と言えるだろう。同窓会のその日。珍しく酔っ払った君は些細なことで20年振りに会った友人と口論になる。そして近くにあった陶器の灰皿を手にする。あとは察しのいい君のことだ。何が起きたのかは分かると思う。僕の人生何処から狂って行ったんだろうね。もちろんこの手紙が君に届くことがないことぐらい分かってる。でもね、この思いが届くとすれば、君はこの先の自分の選択一つ一つをもっと慎重にして行って欲しい。-これが僕からの君への願いだ。草々。20年後の君より。』

朝目覚めると見覚えのない封筒が枕元に置いてあった。中身を見るとよく分からない事が書き連ねてある。パワハラ...ってなんだっけ?最近たまに耳にするようになった言葉だけど意味はあまりよく分からない。それにしても前半の僕の生活についてはまるで常に見ているかのように正確に書かれている。初めて見る手紙だけど、文章の書き方、癖のある文字、どうやら僕が書いたもので間違いないようだ。僕は筆を執る。

『前略、10歳の僕へ。君は今、イジメに遭っているね。そしてライターと一緒に常にポケットに忍ばせているカッターナイフで近いうちに学校内で騒ぎを起こす。それを使って自傷行為をしようとすると、それを止めようとしてくれたクラスメイトを切りつけてしまう。もちろん本意では無い。でもね、それがイジメに拍車をかけることとなる。優しかったクラスメイトも次第に距離を置くようになる。もちろん同じ校区の中学に上がってもそれは続く。それどころか高校に上がってももう身に染み付いたイジメられ体質は変わらない。人を心から信じることが出来ずに、壁を作ってしまう。そんな中、成績は昔から読書が好きだったこともあって国語は学年1位。そして読書の一環として読んでいた大学生向けの数学の参考書も役に立つ。君の数学好きに繋がって数学でも学年1位。その他の教科は...まぁそこそこって感じかな。そして楽な道だと感じ放送部に入る。ここでも君の好きな読書は活かされる。更に先生から直々に生徒会長の打診を受ける。けどね、そんな面倒な役回りをしたくないとそれを断り副会長に落ち着く。今になって思えば副会長の方が余程大変だったよ。でもそこで学んだことは決して無駄じゃない。イジメは変わらず続くけど、多少の対人スキルは身に付けることができるから。そして部活も生徒会も引退した頃、学校に行く意味が見いだせなくなり自宅に籠るようになる。所謂不登校ってやつだ。それからしばらくすると先生や両親に説得されて保健室登校を始める。そこで自分の夢を思い出すんだ。幼い頃から憧れていた職業。その為に進学することを決意する。少し勉強すれば遅れは取り返せた。志望校にも受かることができる。そしてそこで少しずつ対人恐怖症を克服して、元来の明るい性格が戻ってくる。意味の無い遠回りなのかもしれない。他の方法でもっといい道を見付けられるのかもしれない。それでも僕は現状には不満はないんだ。けど、全く同じ道を辿って苦労する必要は無いとも思ってる。君のこの先の未来に幸多きことを願ってるよ。草々。10年後の君より。』

書き終えてから自分でも何をやっているんだろうと言う気持ちになる。20年後の僕を名乗る謎の手紙に感化され、こんなものを書いたところで何も変わりはしない。そう思っていた。そして予見されていたかのようにあの手紙の通りに事は進んでいく。40歳にさしかかろうとした頃、同窓会とまではいかないが集まりの知らせが来る。それまで手紙のことを忘れていた訳では無い。寧ろ内容が当たる度に夢であって欲しいとさえ思っていた。僕はふと、沢山のチラシが溜まっている郵便受けを開けてみた。そこには1つの封筒があった。差出人は書かれていない。僕は慎重に封を切る。

『前略、40歳の僕へ。なんとなく、なんとなくだけどここに宛てて出すのが正解だと思ったんだ。10年後の僕から手紙が届いた時はビックリした。これからここに書かれていることが実際に起こることなのかは分からない。そして、その先にどんなことが待っているのかも分からない。けど、僕は30年後を選ぶことにしたよ。きっと立派な大人になっていて、今の僕ぐらいの子どももいるのかな?それとも、どうしようもないクズみたいな人間になって、もう生きてはいないのかな?分からないけど、僕は僕で頑張ってみることにするよ。草々。30年前の僕より。』

-END-

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