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靑白く烟り沇るる霏往くは

岡平おかひら 光希みつき
岩瀬いわせ かける

光希:カチッと言う安物のライターの音と共に俺は軽く息を吸う。ジジっと微かに煙草の先端に火が点る。空気と共に大きく息を吸い、煙を肺に充満させる。それからふぅ、と溜息にも似た息を吐き出す。口から出た白い息はかすみのように拡がり消えて行く。煙草の先からは青白い煙がくすぶる。その行方をじっと見つめていると喫煙室のドアが開いた。

 翔「お疲れ様でーす。あれ?先輩、辞めたんじゃなかったんですか?」
光希「あぁ、辞めるの辞めたよ。」
 翔「どんぐらい続きました?」
光希「1週間ってとこかな。」
 翔「えぇー、勿体ない。てかそれぐらいなら禁煙のうちに入りませんって。」
光希「じゃあ岩瀬、お前ならやれるか?」
 翔「いや、俺は辞めないっすもん。」
光希「そうだよな。ま、無駄な抵抗はすんなってことだ。」
 翔「...なんか、あったんすか?」
光希「ん?」
 翔「いや、急に煙草辞めるって言ったかと思ったらまた1週間で吸い始めるなんて。」
光希「まぁ大したことじゃないよ。」

光希:俺は岩瀬を煙に巻く。まぁ本当に大した理由は無い。辞めようと思ったのは気紛れだし、やっぱり吸い始めたのは吸いたくなったからだ。

 翔「でも安心しましたよ。」
光希「ん?」
 翔「ほら、先輩がタバコ辞めてしまったら喫煙仲間が減って更に肩身狭くなるじゃないですか。」
光希「まぁな。」

光希:俺は煙と一緒に言葉を吐き出す。

 翔「女子社員だって頻繁に『すいません、御手洗に...』とか言っていなくなるくせに俺らが煙草吸いに出るのは休憩時間がどーたらこーたら言って...」
光希「おい、岩瀬。それ本人たちの前では絶対言うなよ?」
 翔「え?なんでですか?似たようなもんじゃないですか!」
光希「馬鹿。トイレは生理現象。俺らのは嗜好品だ。」
 翔「でも席離れてる時間トータルしたらあんま変わんなくないですか?」
光希「そりゃそうだ。でも俺らの煙草は我慢しても病気にはならない。トイレは我慢したら膀胱炎になる可能性だってあるだろ?」
 翔「吸ってる張本人がそれ言います?」
光希「あぁ。だから俺は一旦辞めてみた。」
 翔「え?」
光希「煙草を辞めたら仕事が捗るかどうか。」
 翔「なるほど!ちゃんと理由あるんじゃないですか!」
光希「いや、大した理由ではないだろ。で、結局作業効率あんま変わんねーなぁと思って。」
 翔「あー確かに。吸えないってなると余計イライラして作業効率悪そうですね。」
光希「んー...イライラってよりも何か気合いが入んないんだよな。こう、スイッチのオンオフっての?」
 翔「わかりますわかります!」
光希「お前は本当に分かってんのか?」
 翔「分かってますよー!」
光希「でな、俺が思うに女子社員たちは席でチョコなんか食いながら仕事してるだろ?」
 翔「あぁ、そうっすね。」
光希「あれが許されることの方が疑問なんだ。」
 翔「でもその場でパクっといけるからいいんじゃないですか?」
光希「だったら俺らもその場で煙草吸えばいいだけだろ?なのに分煙法だかなんだかでこんな片隅に追いやられてる。」
 翔「なるほどー。」
光希「だからトイレの時間とチョコを食う作業、俺らがここまで移動する時間と煙草を吸うこと。これでイコールになってると思ってる。」
 翔「じゃあ、煙草も吸わない、トイレにも行かない、チョコも食わない人はどうなんですか?」
光希「さぁ?それは知ったこっちゃない。その人が全てを糾弾きゅうだんすれば話は変わってくるだろうな。」
 翔「じゃあどうすりゃいいんですかね。」
光希「そんなの簡単だ。偉くなってルールを変えたらいいんだ。」
 翔「と言いますと?」
光希「例えば昼の1時間休憩から煙草やらトイレやらで席を外した時間分を全部差し引く。30分離席してたんなら昼の休憩は残りの30分だけ。午後からまた離席したらそれは翌日に繰り越す。」
 翔「それあんまりじゃないですか?」
光希「だろ?だから逆に1時間に1回全員が5分休憩を挟む。」
 翔「それいいじゃないですか!」
光希「でもな、そうなったら必ず1時間に1回は煙草吸いたくなるぞ?今まではキリのいいところまでやって一服とかしてたのが、時計ばっかり気にしてしまう。」
 翔「えー?じゃあ結局何が正解なんですか?」
光希「正解か?現状が正解だよ。上から煙草に行くなってお達しが出るまでは今のまま好きなタイミングで吸わせてもらう。そして他の人の行動にケチをつけない。これに限る。」
 翔「はぁ、まぁそうですよね。」
光希「でも喫煙場所ってのは情報交換の場でもあると思っている。だから無意味ってことはないんだけどな。」
 翔「まぁ確かに1種の社交場ですよね。ここで別の部署の人と話したり、人事のこと聞けたりしますもんね。」
光希「あぁ。まぁ保守的な言い訳に過ぎないことは分かってるんだけどな。さ、ちょっと長くなったな。戻るか。」
 翔「そうっすね。」

光希:喫煙室のドアを開ける。立ち込めていた白い煙が少しだけ薄まる。自分の行動を正当化するだけの言葉を並べてるだけだ。しかしそれはあながち間違いではないと思うし、それがまかり通る環境ならば、自分と他人の言動を比較して羨ましいだの狡いだの言う必要はないと思う。自分のペースでやるべき事をやるだけだ。但し、そこにしっかりとした信念を持って。そうすれば自ずと置かれた環境に溶け込むことだろう。そして、そこに自分の責任が因果となり返ってくることだろう。そう、この靑白あおじろけぶながれるもやの様に。

-END-

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