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世界からボクが消えたら

山中やまなか 将平しょうへい
吉野よしの 駿しゅん
幾井いくい つかさ
三苫みとま 寿樹としき


将平:確かにここに居るはずなのに。声が届かない。僕の存在は恐らく空気中の二酸化炭素よりも認識されていない。きっとみんなからしてみれば背景の一部。それ以上でもそれ以下でもない。

SE:教室の雑踏

将平:朝教室に着くと僕の席には違う人が座っている。僕の隣の席の幾井くんと後ろの席の吉野くん、その2人と仲のいい三苫くんが、まるで当然と言った顔でその席で談笑をしている。

将平「あ、あの...」
 司「でさ、こいつ結局その先輩ボッコボコにしてやんの。」
寿樹「いや、そりゃアイツがたかだか1年早く生まれたってだけで俺にあんな偉そうな態度取るのがわりぃんだろ?」
 駿「いやぁ、寿樹。そこはさ、もう少し大人になってやれって。そんなことしたらその先輩もう学校来れなくなっちゃうだろ?ギャハハ!」
 司「言えてる!今頃家でママーって泣いてんじゃね?」
寿樹「うーっわ、想像しただけでキメェわ。」
将平「あ、あの...」
 司「にしてもさ、俺らっていつからこんな真面目に学校来るようになったわけ?偉くね?」
寿樹「そりゃな、そろそろ3年にもなるし、ちゃあんと進学しとかなきゃな!」
 駿「それ言うなら進級な!お前もうちょい賢くなれよ。俺みたいに。」
寿樹「はぁ?誰が賢いって?」
 司「お前らどっちもどっちだよ。何つったっけ。猿も歩けばなんとかってやつ!」
 駿「お前もしかして猫に小判って言いたいの?ほら、似たり寄ったりみたいな。」
寿樹「違ぇよ、バカ。あれだろ、ここ掘れわんわんみたいなやつだろ。」
将平「あの!」
 司「ん?」
 駿「ここ掘れわんわんは流石にないって。」
寿樹「お前だって分かんねぇんだろ?」
 司「何?」
寿樹「ん?何?どしたの?」
 司「いや、ほら、コイツが何か言いたいみてぇでさ。」
 駿「あー、山田くん?何?俺らに何か用?」
寿樹「違ぇよ、お前。クラスの奴の名前ぐらい覚えてやれよ!な!山下くん!」
将平「あ、あの、いや...」
 司「山田でも山下でも山本でも何でもいいけどさ、何?何かあるからいるんだろ?」
将平「いや、あの...」
 駿「山岡?山野?で、とりあえず何よ?」
寿樹「ギャハハ!お前らビビらせんなって!山崎くんが可哀想だろ!」
 司「用があるならさっさと言えや。お前なんなん?」
将平「こっ、ここっ、こ、ここっ...」
寿樹「え?山川くん何?ニワトリの真似?」
 駿「ギャハハ!じゃあ卵うんでみろよ!」
 司「やべぇ、それウケんね!できんの?」
将平「あ、あの、そうじゃなくて...」
寿樹「てめぇいい加減にしろよ?こっちが優しく話聞いてやってんのになぁんかボソボソボソボソ。言いたいことあるんならさっさと言えや!オラァ!こっちは貴重な時間使ってやってんだよ!」
 駿「おい、寿樹。もう相手すんな。こいつだりぃ。」
 司「あーあ、なんかシラケたわ。俺購買行ってくる。」
寿樹「え、1人で行くとかないっしょ。」
 駿「俺らも行くわ。」

将平:僕は空いた自分の席に座る。さっきまで三苫くんが座っていたその席は生暖かい。こんな僕が生きてることになんの意味があるのだろう。僕が消えたら悲しむ人は...いないだろうな。僕が消えてこの世の争いが全て終わるのなら今すぐにでも消えてやるのに。さっき僕が消えて悲しむ人はいないと思ったがそれは多分違う。僕をストレスの捌け口にしている人は一瞬だが悲しんでくれるだろう。でもそんなやつらはすぐにまた新しいオモチャを見つけるだけだ。だから生きていることと死んでしまうこと、どちらも同じくらい無意味なんだ。

SE:チャイム

将平:チャイムが鳴るとみんなぞろぞろと自分の席に座る。先生が入ってきて出欠を摂る。僕は名前を呼ばれるが返事はしない。それでも先生は気にすることなく名簿に丸を付けているようだ。返事を求められることもない。この先の人生において何一つ必要では無いと思われる歴史の授業が始まる。過去の人たちが何をしたかなんて知ったところで意味は無い。それを知って未来が変わるのなら知ろうとするだろう。でも、エリザベート・バートリーが何人もを虐殺してその血を浴びて綺麗だったとか、平賀源内が色々な発明をする傍らで同性愛者だったとか、ライト兄弟は実は7人兄弟だったとか、そんなことは僕が生きる上で何の役にも立たない。クイズ大会に出て優勝を目指すか将来職場の飲み会で雑学として披露する程度だろう。しかし残念なことにどちらも僕の性にあわない。淡々と教科書の内容が読み上げられていくつまらない授業はすすむ。僕はノートに黒板の文字を書き写すふりをしながら『僕が消えたと仮定して』世界にどんな変化が訪れるのかを書き連ねてみる。①世界の人口が1人減る。②空気中の酸素濃度がほんの僅かに濃くなる。③無意味な黙祷がこの教室の中で1分間ぐらい捧げられる。④...もう浮かんでこない。ホントに何も変わらないんだろうな。

寿樹「ねぇ、席貸してくんね?」
将平「あ、うん。」

将平:いつの間にか授業は終わっていた。そして当たり前のように三苫くんに席を奪われる。ここで僕が消えれば彼に罪悪感は芽生えるのだろうか。いや、そんなものは微塵も感じないだろう。

 司「おい、寿樹。あれ、昨日の先輩じゃね?」
寿樹「ん?」
 駿「え?あれ?あの廊下から覗いてるやつ?」
 司「そうそう。あれ昨日コイツがボコした先輩だよ。」
寿樹「へぇ。やり返しに来たんかな?」
 司「1人で?んなことできねぇって!」
 駿「アハハハ!1人じゃねぇじゃん!見てみろって!」
寿樹「うわっ、ガチ?ウケる!」
 司「ちょ、ちょ、山!」
 駿「山?」
 司「コイツ!山なんとかくん!」
将平「え...僕?」
 司「そそ、もうめんどいからお前山!で、山、あの廊下にいる先輩たちにどうしたのー?って聞いてきて!」
寿樹「山って。ウケる。」
 司「ほら、山。早く行けよ。」
将平「えぇ...なんで...」
 駿「つべこべ言ってねぇで早く行けや。俺らがわざわざお迎えに行ってやるのダりぃから。」

将平:僕は言われた通り先輩たちの元へと歩を進める。何人いるんだろう?3...4...5人。流石にあの3人でも5人が相手となると先輩たちがやつけてくれて少しは大人しくなるんじゃないか。...いや、そんなことを期待したところで、だ。僕は先輩たちの前に立つ。

将平「あの...。そこ、通してください。」

将平:僕の突然の言葉に先輩たちは驚いた様子で道を開ける。背中越しに3人の怒声が聞こえる。関係ない。僕があの3人の言うことを聞く道理なんてどこにもないんだ。僕はそのまま廊下を突き進む。そして屋上に続く階段へと向かう。ドアノブに手をかける。こう言うときドラマや漫画なら開け放たれた屋上で心優しい不良が昼寝してたりするもんだけど。ドアは開くはずもなかった。仕方がないので僕は空き教室に入る。うん、ここなら丁度僕たちのクラスの上だ。僕は窓を開ける。柔らかな風が吹き込んでくる。身を乗り出すとそのまま頭を逆さに向ける。あ、一瞬だけど三苫くんと目が合った気がする。

寿樹「...え?今のって...。」
 司「嘘だろ?」
 駿「お?どうした?」
寿樹「いや、山が降ってきた...」
 駿「はぁ?」
 司「あいつ...飛び降りた...のか?」

将平:それから1週間後。僕の机には花が手向けられている。しかし、僕は一命を取り留めてしまったせいで病院にいる。

寿樹「ギャハハ!おいおい!誰だよこんなことしたやつ!」
 司「知らねー!山死んでねぇって!」
 駿「縁起でもないことすんなよなー!」
寿樹「ま、いてもいなくても変わんねぇけど!」
 司「ぷっ!」
 駿「あーっはっはっ!それはそうだけど!」

将平:結局生きてしまっている。僕のせいで病院のベッドがひとつ埋まって、大掛かりな機械が使われてしまっている。これを使うことが出来ずに死んでしまう人がいるかもしれないのに。どうすることが正解だったんだろう。こんなことになるくらいなら、ただそこに存在して消費活動を繰り返すだけのほうがまだマシだったのかもしれない。

-END-

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