日の目を見ないかもしれないので。

目的

大学では、大学公認のサークルでオーケストラに興じていました(卒業式まで続きますが)。3回生の時には団長も務め、今回投稿するような文章を書くことも多々ありました。しかし、公表に至ったものが少なく、4年間の想いを込めたこの文章は自分の宣言になるものとしても公開しておきたいなと思って、noteで投稿することにしました。

おことわり

今回ここに投稿するにあたり、固有名詞を色々変えました。そのため、読みにくい部分もあったり、言い回しも少し変わっていたりします。別に固有名詞を変えずとも、私の知り合いは知っているし、知り合いでなくても調べればどこの団体か分かりますが、関係者に迷惑をかけないように念のため、伏せております。ご承知おきください。

件の文章

会報 2022年度卒業生(2019年度入学) 2023年2月28日
 
OBの皆様、初めまして。私は2021年度に団長を務めましたKyo.Yです。当オケで4年間、コントラバスを弾いておりました。2023年3月に卒業・卒団となり、今回、OB会報の作成にあたって機会をいただきましたので、この場をお借りして、コロナ禍に入ってからの活動報告(思い出話)をさせていただきます。
私が入学・入団したのは2019年で、1回生の間は、今考えれば密の連続でした。高校で始めたコントラバスをどうして続けようかと考えて辿り着いたこのオーケストラは、楽器が弾けるということで初日に4回生に囲まれ、入団してからは毎日部室へ行き、お昼ご飯を食べながら団員と駄弁り、合宿に行けば夜通しふざけ合ったり、定期演奏会の後には長々と飲み会をしたり。我々現4回生は、この時から、誰が団長で、誰がインスペクターで、3回生の冬の定期演奏会はこんなプログラムをしたいなど、このオケでやりたいこと、このオケで楽しみなことを語り合っていました。
新型コロナウイルスが流行病となって、2020年3月3日から同年6月24日までサークル活動が停止となり、予定されていた依頼演奏や新歓行事をはじめ、通常時のサークル活動もできなくなりました。2023年になった今も、段階的に緩和はされているものの、活動に参加できる人数や活動時間、活動回数に大学による制限がある状態です。当オケで1番大きな催し物といえる定期演奏会は、2021年1月は企画段階で中止を決定し、2021年6月は指揮者入り練習が4回中3回できず、さらに直前に県内の感染者が急激に増えたために中止となりました(代替として別日に団員のみで演奏(シューマン・交響曲第1番)、その様子を撮影し、2021年度に本県で開催された大きなイベント(遠隔開催)の作品として提出しました)。コロナ禍に入って初めてホールで演奏できたのは、2022年1月の第76回定期演奏会(メイン:ベートーヴェン・交響曲第5番)です。この時も直前の県内の感染者急増により無観客開催となりましたが、これを皮切りに、2022年6月は大学関係者及び県内に住む団員家族のみ入場可として第77回定期演奏会(メイン:シューベルト・交響曲第7番)が、2023年1月には県内在住の方及び団員家族(県外も可)として第78回定期演奏会(メイン:ドヴォルザーク・交響曲第9番)が開催できました。また、2022年度は山口県で大きなイベントの演奏会が対面で開催となり、当オケも参加しました。対面開催の大きなイベントに単独の演奏で参加するのは、本県で対面開催された時以来、7年か8年ぶりだと私は把握しています。
今年卒業となる我々4回生は、第75回定期演奏会と第76回定期演奏会、2021年度の大きなイベントの開催に執行学年として関わった学年です。大学の制限と、「これまで通りの活動をやりたい」という思いの狭間で、時には顧問の先生に相談して前を向き、時には団員に活動制限の報告をする団長の気持ちを知らない大学からのメールに心を抉られながら、執行学年がこのメンバーなら出来ないことは無いと思って1年間活動をしました。我々はコロナ前を知る最後の学年として、3回生の時は自分たちが執行学年の間になんとしてでも定期演奏会を開催すること、コロナ前の状態を下回生にできるだけ伝えることに注力してきました。その結果として、執行学年の時にはホールで2年ぶりの演奏ができ、そして2022年度の執行学年の成果ですが、彼らの努力をもって、3年ぶりのお客さんを入れての定期演奏会開催や山口県への遠征もできるようになりました。
現在は、練習などの普段の活動には制限があるものの、本番の形は徐々にコロナ前と同規模に戻りつつあり、そしてコロナ禍を経て、それまでの演奏者の半分以上が客演さんという状態から離れ、演奏者の約9割が団員という状態に慣れ、それぞれが演奏者の1人としての責任を負えるようになってきています。コロナ禍に入ってから、やりたいことがスムーズにできないという苦しみを、楽器を弾くという形で昇華できる機会も少なく、やっとの思いで開催した定期演奏会が無観客となるなど、贅沢かもしれませんが、なんとなく報われない気持ちを抱えて過ごした我々の努力が、当オケの音楽を現役の団員が真に背負えるようになってきているという形で報われているのではないかと個人的に、そしてとても烏滸がましいですが思っています。
今の私にとってこのオケの思い出は、喜怒哀楽が全て“ごちゃ混ぜ”に詰められた、いわば子どものおもちゃ箱です。この片付けられない経験を私の感情と共に文章にしてみましたが、コロナ禍の当オケと、当オケの“今”は伝わりましたでしょうか。もし伝わっていないとお思いになれば、是非、定期演奏会に足をお運びください。そして、今後とも、新しくOBとなる我々と共に、“今”の当オケに思いを馳せていただけると幸いです。

おわりに

この文章を書いて、本当は書きたかったけど、先輩方はもちろん、現役団員も読む可能性があることを考えた結果書くに至らなかったことや消した文がたくさんありました。それは今後、私のスタンスとしてこのnoteに残していければと思っています。

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