長編小説[第8話] ネクスト リビング プロダクツ ジャパン

導と仲間と
 「お陰様で完売です。ありがとうございました!」
野外の広い公園で行われた『みちのく健康フェス』。出店テントの裏に輪になって解散ミーティングをしていた私達は、歓喜の色に満ちた導(みち)さんの挨拶をかわきりに、一同拍手で称え合った。
 暑さと闘いながら切り抜けた一日だったけれど、天候にも客足にも恵まれて、どうにか過酷な1日を乗り切る事ができた。とはいえもうクッタクタで、これから打ち上げの飲み会とか言われても、到底ついて行く体力はないんだけどね。

 導さんはすごくストイックな性格をしている。『成功』や『勝ち』にとことんこだわる性分で、『力を出し切る』ことが大好きだ。そして多少強引でも、最後は『みんなのお陰で勝てた』って言って、綺麗に丸くその場をしめる。
 なんて言ったらいいんだろう、いい意味で口が上手いんだろうなぁ。

 そしてまた、絶妙に抜けている。
 今回のイベントも、販売戦略はすっごい練って、広報に力を入れて動いてた。
 それなのに、肝心なイベント出店応募の書類は、ギリギリまで提出しないでしまい込んでいたらしい。
 2週間前に泉さんが気づいて声を掛けていなかったら、私達はきっと、設営すらさせて貰えなかったんだと思う。

 導さんのチームにいると、どんなにすごい人でも完璧ではないんだなって事を、度々考えさせられる。陽気で親しみやすいし、悪い人じゃないんだけどね。

 私、星光(あかり)と渚(なぎさ)さんは、商品の陳列に使っていた棚やらカタログやらの備品達を、持ち帰り用の段ボール箱に詰めていた。
 不意に後ろから肩を叩かれる。誰かと思って振り向くと、そこには2人分の冷たいレモンジュースを持った導(みち)さんが立っていた。

 「星光ちゃん、渚ちゃん、今日はありがとうね。」そう言って導さんは、私達にレモンジュースを差し出した。
 さっき自販機で買ってきてくれたのであろうそのジュースは丁度よく冷えていて、張りっぱなしだった私達の気を、ほんの少しだけ、緩めさせてくれた。


渚の世界
 『みちのく健康フェス』の撤収作業が終わり、案の定浮上した『打ち上げに行こうよ』の誘いをぬるっとかわしてきた、私、星光と渚さんは、渚さんの部屋の敷きっぱなしの布団の上に外着のままダイブして、柄のない天井を、2人でただただ見上げていた。

 「エアコンつけようか、さすがに暑いよね。」渚さんが顔だけを私に向けながら気づいたように声をかけてきた。
「言われてみれば、ちょっと暑い気がします。」疲労で身体が麻痺してる。本当に気づかなかった。

 だるそうに壁のエアコンスイッチを押しに行った渚さんは、スイッチを入れて帰ってくるなり、布団の上にバタリと倒れた。
「今日、泊まってきなよ。」
「ありがとうございます。お言葉に甘えます・・・。」

 室内が心地よく冷えていく。私達は泥のように、眠りの世界に落ちていった。

 開けっぱなしのカーテンから陽の光が差し込む。目が覚めた私は、渚さんの部屋の全貌を初めて目にした。

 2人くらいで食卓が囲めそうなサイズのローテーブルの上には、開けっぱなしのノートPCが置かれている。
 その隣に転がっている開きっぱなしのノートには、黒いボールペンでびっしりと文字が書かれている。
 PC、ノート、手帳、マグカップ、乱雑に積まれた3冊の本・・・。私は一番上に積まれた本を手に取った。

 『ネットワークビジネス -知られざる光と闇-』図書館で借りてきたらしいその本には、悪意に満ちたいかにもなタイトルが付けられている。ネクプロに在籍しながらこの本を手に取るなんて。

 『確かめたいから、かな』
 私はいつかの、渚さんの言葉を思い出す。
 渚さんはきっと、この組織の事をよく思っていない。渚さんがネクプロに入って確かめたかったものって、一体何なんだろう・・・。

 「おはよう。家探ししてるの?悪趣味だねぇ。」
そう言って渚さんは、ちょっと意地悪そうな目で私を見ると、盛大にあくびをしながら、部屋の窓を開けていた。

 ローテーブルに隙間のスペースをこじ開けてマグカップを置き、私達は冷凍庫にストックされていた菓子パンを、レンジでチンしてほおばっていた。
 
 「渚さんがネクプロに入って確かめたかったものって、なんですか?」
単刀直入に私が問いかける。
 渚さんは何かを考えるように私の顔を眺めた後、調子よく口を開いた。
「知ったら星光ちゃん、ネクプロにいるの嫌になっちゃうかも。それでも知りたい?」

 私は困った顔をしていたかもしれない。それでも、深く頷いた。
渚さんはそんな私を見てから、PCの画面で何かを探し出し始めた。




 

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